第101話 一番槍
場面は、ナタナエルと対峙する師団長と少女へ。
スタークは、もちろん『
「さーて、お手並み拝見と──」
いこうじゃねぇか──と、この瞬間も自分こそが王といったような尊大さで玉座に腰掛けているナタナエルを見据えつつ、バキバキと手を鳴らしながら標的目掛けて駆け出そうとする足に力を込めていたのだが。
「──スターク殿。 一番槍は、どうか私に」
そんな臨戦態勢の彼女に水を差したのは、シュツェル近衛師団の師団長であるとはいえ、この場で最も力で劣ると言わざるを得ない存在であった──ノエル。
「あぁ? 何で──……あー……まぁ、そうか……」
出鼻を挫かれたスタークは誰から見ても不機嫌な様子で振り返り、ノエルに対して苦言を呈しようとするも、それと同時に彼の真剣な表情に秘められた強い覚悟と決意を感じた事で声が段々と小さくなっていく。
彼が王族を護る立場にあるという事以上に、この事態に最初に気がついたという事にも責任を感じているのだろう事も何となく理解できたからこそなのだが。
(人柱にするみてぇで気分悪ぃけど……仕方ねぇか)
この『元魔族を相手取る』という場面で一番槍を任せるのは、どうにも捨て石にしてしまうようで良い気分はしないのも一切の嘘偽りがない本音ではあった。
しかし、どれだけ強く睨んでみても彼は怯まず、おそらく譲るつもりはないのだろう事を理解した為に。
「わーったよ。 その代わり、無理だと思ったら──」
「えぇ、すぐにでも交代しましょう」
やはり自分では絶対に敵わないと悟った場合、即座に戦闘を引き継ぐという事を条件に一番槍を譲った。
それから、スタークが後方に控えるべく退屈そうに引き下がるのと同時に、ノエルは一歩、また一歩と玉座に向けて歩を進める度に身体や剣へ光と闇、相反する二つの属性を纏わせ臨戦態勢を整えていたものの。
「……すでに貴様への興味は無いに等しいのだがな」
この数ヶ月で、ノエルの強さや戦い方を充分すぎるほどに把握していたナタナエルとしては、スターク以上の退屈を感じずにはおれず溜息をこぼしてしまう。
無論、彼の切り札である【
「……これは私が始めた戦い。 もはや敵わないと分かっていても、その全てを彼女に託すなどという無責任な事、近衛師団長として許されよう筈もない……!」
しかし、ノエルにも近衛師団長としての誇りというものがあり、たとえ無駄だと分かっていようが引き下がる事はできないのだと宣言しつつ、その白と紫の閃光を帯びた剣の鋒を未だ不動のナタナエルへ向ける。
「……律儀な事よ──とでも言ってやろうか?」
「黙れ……! その顔と声で物を言うなぁ!!」
そんな風に真剣な表情を湛えたノエルとは随分と対照的に、ナタナエルが『パチパチ』と乾いた拍手をしつつ心にもない称賛を彼に与えんとするも、それを受けて怒りが臨界点に達したノエルの咆哮を皮切りに。
この数ヶ月で幾度となく行われてきた、ノエルとナタナエルによる最期になるだろう戦いが幕を開ける。
スタークと比べる事に意味はないが、クラリアやハキムさえも上回る体格の良さを誇りながらも、ノエルは鈍重さなど全く感じさせない動きを持って肉薄し。
光と闇、二つの属性を強制的に纏わせ振り下ろされたのは、たとえ相手が
いくら元魔族の精霊が乗り憑っているとはいえ、まず間違いなく腕の一本くらいは飛ばせる筈の一撃だろう──そう踏んでいたスタークの視界に映ったのは。
「……変わり映えせんな、ノエルよ」
「っ! 駄目か……!」
ノエルの一撃を受けてもなお玉座から立ち上がるどころか、その剣を受け止める事もせず受け流す事もせず右肩で袈裟斬りを止める、ナタナエルの姿だった。
(微動だにしてねぇだと……? あれじゃ、まるで──)
ろくな負傷を与えられない可能性もある──そういう考えも持ってはいたが、それでも衣服にすら傷がつかないのは一体どういう原理なのだろうと眉を顰めるスタークの脳裏には、とある少女の姿が映っている。
もちろん、そのとある少女とはフェアトの事。
あれほどの一撃を無傷でやりすごすなどという人並み外れた──まぁ人ではないのだが──【守備力】を持っているのはフェアトくらいだろうと思っていたからなのか、スタークは割と心から驚いていたものの。
(……何か、ちょっと前に似たような事が……あったような、なかったような……どこで、だったか……?)
忘れっぽく移り気しやすく、おまけに学習しない。
そんな
ほんの十日ほど前の出来事であるし、スタークとは対照的に記憶力の良いフェアトなら──いや、フェアトでなくても簡単に思い出せる筈の一大事なのだが。
その一方、先の一撃を一歩も動かず防がれても決して諦める事なく、ノエルは剣と魔法、持てる全てを出し尽くして国王陛下を救うべく戦っていたとはいえ。
「やはり魔法すら使わせられないか……! スターク殿の為にも魔力消費くらいの働きはしたかったが……」
こちらは全力だというのに、
「……言った筈だ。 もはや貴様程度に魔法なぞ──」
どういうわけか、ナタナエルは表情に影を落としつつ一瞬だけ間を置き、されど何事もなかったかのような尊大さを持ってノエルを見下し始めていたのだが。
その一瞬の空白に込められた彼の感情から──。
「──……!!」
──スタークは、ある事を思い出していた。
だが、ある事とはイザイアス自体の事ではなく。
「あー……そういう事かぁ……」
「「!」」
ゆえに、スタークは晴れやかな──とはいえないニヤニヤした表情のまま一歩、また一歩と歩を進め始めており、そんな少女の妙な気迫と雰囲気に思わず気圧されてしまった二人は戦いの手を止めて目を向けた。
「なぁ、ナタナエルっつったか。 お前、確か『死んだ同族の力』を使えるとか言ってたよな? それって、あたしら以外のやつが殺してても適用されんのか?」
「……?」
翻って、スタークが口にした言葉の内容は何の突拍子もない【
「……無論だ。 いつどこで誰が殺めたかなど──」
しかし、どうやらナタナエルはスタークからの問いかけの真意を理解できているらしく、ほんの少しだが表情を苦々しく歪めて彼女の質問に答えんとするも。
「あー、もういい。 ノエル、いい事教えてやるよ」
「い、いい事とは……?」
その回答は質問してきた本人にあっさりと遮られてしまい、そんな彼を尻目にスタークはノエルへと視線を移しつつ話しかけ始めたが、ノエルとしては二人の間に何が起こったのかも分からず反復するしかない。
精悍な顔に似合わない、きょとんとした表情を湛えるノエルを見て、スタークはくつくつと喉を鳴らし。
「……こいつは魔法を
使わねぇ──という部分を不必要なほど強調し、ノエルが『ごくり』と喉を鳴らし終えたのをわざわざ待ち、ナタナエルを妖しく光る真紅の瞳で射抜きつつ。
「──
「「!!」」
ナタナエルとの短いやりとりで確信した、『今のこいつは魔法を使えない』という事実を告げてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます