第56話 高さを活かして

 その後、少なく見積もっても小一時間ほど眠ってしまった双子が目を覚ましたのは、てっぺんに昇りかけていた太陽が少しずつ昇ってきた方角とは逆の方角へと沈むべく傾き始めていた穏やかな昼下がり。


 最初に目を覚ましたのはフェアトであり、しばらくぼんやりしていた彼女だったが自分の失態に気がついたのか、その整った表情を青くさせつつ跳ね起きた。


 しかし、あわあわとする妹とは対照的にスタークは未だに寝息を立てて安らかに眠りについている。


 そして、もはや負傷がどうとか言っている場合ではないと判断した彼女は、シルドに【スパイク】という属性を帯びた鋭い棘を身体や武具から生やしたりできる魔法を雷属性で行使してもらい、それを限界まで加減した事で小さな針のようになった棘を姉の腕に刺した。


 すると、スタークは一瞬だけ身体を跳ねさせて。


「──い"っ、あ"っ!? いってぇええ!!」


 その辺の一般人でもここまで痛がらないだろうという大袈裟な反応を見せつつ、まず間違いなく痛みの原因である妹に突っかからんとするも、『それどころじゃないんです!』と叫ぶ妹の気迫に押されてしまう。


 完全に自分の事を棚に上げていたフェアトのお説教もそこそこに、もうすでに町を後にしていても不思議ではない騎士団の仮の詰所に向かうべく、パイクとシルドを剣と指輪に変えた双子は港町を駆けていく。



 そう、駆けていく──とはいったものの、それは決して普通に走る事ではなく、ましてや馬か何かに乗って人混みを掻き分けながら進むわけでもなかった。



 では、一体どういう事なのかと問われれば──。



「──……さん! 姉さんってば! 目立つような事はやめてってあれほど言ったじゃないですかぁ!!」


 そんな風に声を荒げるフェアトは今、港町ヒュティカに並び建てられた中でもできるだけ高さのある家々を選び、その屋根の上を次々と足蹴にしながら軽やかに駆けていくスタークに背負われる形となっていた。


 同じくらいの体型の少女を一人、背負っているとは思えないほどの速度で屋根から屋根へと駆け抜ける少女の姿に、『何事か』と町の人々は目を奪われる。



 ……目立ち放題だった。



 無論、二体の神晶竜に乗っていくよりは比較的マシだと──そう言えなくはないかもしれないが。



 何故、普通に走っていくのでは駄目なのか?



 その答えは、スタークの次の言葉にあった。



「うるせぇ黙ってろ!! 鈍臭ぇお前の足に合わせてたら間に合うもんも間に合わなくなんだよ!!」



 ──そう。



 もはや言うまでもない事だが、スタークの言葉通りフェアトの身体能力は一般人どころかその辺の子供にも劣り、おまけに体力も並以下である為に彼女の走りに合わせてしまうと絶対に間に合わないのである。


 尤も、それもこれもスタークが一度で起きてさえいれば、こんな事をする必要もなかった──という事実はフェアトとしても理解しているところであり。


「そっ、それは姉さんのせいじゃないですか! 姉さんがちゃんと起きてくれれば……いや、もっと言えば仮眠なんて取ろうとしなければこんな事には……!」


 本来なら姉の背中を堪能したい筈のフェアトは声を荒げて姉を非難し、そもそもの原因は貴女にあるのだと告げるも、スタークは少しだけ振り返ってから。


「そんなに言うなら下ろしてやろうか!? つーか、お前も一緒になって寝てたんだから同罪だろうがよ!」


「う、それは……そうですけど……もぅ」


 実のところ、フェアトがしがみつく力など高が知れており、スタークがしっかりと背負っていないと落ちてしまう事を理解したうえで力を緩めつつ、『あたし一人が悪いとは言わせねぇ』と彼女なりに反論する。


 どう考えても悪いのはスタークなのだが、『痛いところを突かれた』とでも思ったのか、フェアトは口を噤んで姉の栗色の後ろ髪に顔を埋めるに留まった。


 そんな中、見た感じ最も高い家屋──二人は知らないが、それは町長の屋敷だった──の屋根の上で足を止めたスタークは、きょろきょろと周囲を見回し。


「さて──おいフェアト、騎士団がいる場所ってのぁどこだ? あたしは場所なんざ覚えてねぇからな」


 フルールから騎士団が仮の詰所としている家屋の所在についても聞いていたが、さも当然だと言わんばかりに『忘れた』と口にする姉に、フェアトは呆れてものも言えないといった風に溜息をこぼしてしまう。


「何を得意げに……あっ、あそこですよ!」


 とはいえ、そんな事はフェアトとしても想定の範囲内である為、一旦姉の背中から降りた彼女は姉と同じく周囲を見回し──すぐに目当ての建物を発見する。


 その建物は、ヒュティカに建てられた魔法で補強済みの家屋と比べても特に頑丈そうで、どう見ても普通の暮らしには適していなさそうな無骨な外観の石造建築であり、いつもは衛兵たちの屯所や訓練所を兼ねているらしい事も納得できると言って差し支えない。


 そんな建物の前に、およそ三十人ほどの甲冑姿の騎士たちが乗馬した状態で並んでいるのを目視できたスタークは、『出立間近』だという事を嫌でも悟り。


「……やっべ、もう町出んのか」


 現実を目にした事で、ようやく若干の危機感を覚えたのか気まずそうに髪を掻きつつそう呟いたものの。


「え、まだ町に……? 流石に間に合わないかと思ってたん──あ、あぁいや、だったら急ぎましょう!」


 フェアトとしては、フルールから聞いていた出立の時刻を完全に過ぎているのに騎士団がまだ町にいる事の方が不思議だったのだが、それはそれとして間に合うなら急いで向かいましょうと姉に対して提案する。


 とある一つの可能性に辿り着いてしまったから。


「……? まぁいい。 ほら、乗れよ」


「お願いしますね」


「ん……あぁ、そうだ。 意味ねぇとは思うが──」


「?」


 少しだけ挙動不審な妹に違和感を覚えたスタークだったが、どうせ考えても分からないのだから考えるだけ無駄だと首を横に振って、しゃがみ込みつつ再び妹を背負い──その後、意地の悪い笑みを見せて。



「──舌、噛まねぇようにな?」


「えっ、う──うわぁああああああああっ!?」



 と──そう告げた瞬間、屋根を壊さぬ程度に力を込めたスタークは一瞬で港町を一望できる高さまで飛び上がり、そのまま詰所の前に集合している騎士たちのところへ文字通りひとっ飛びで駆けつけんとする。


 舌など噛んでも傷はつかないし、そもそもフェアトの咬筋力で傷などつけられる筈もないし、もっと言えばこの程度の高さから落ちたところで問題はないのだが、その事と更に目立ってしまう事はまた別問題。



 ゆえに、フェアトは珍しく大声で叫んでしまい。



 その声は町の人々にも届き──しばらくの間、港町では『屋根から屋根へ飛び交う少女』と『空から聞こえる少女の悲鳴』、そんな噂で持ちきりだったとか。

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