第50話 魔女と一位との別れ
随分と豪勢な朝食を終えた後、『念の為に、もう少し休んでいった方がいいです』とフルールが告げてきた事で、スタークは療養と
それから三日後の──早朝。
家の外で身体を大きくしつつ竜覧船に擬態したパイクとシルドが、今か今かと出立の時を待つ中で──。
「──フェアト、これを」
「これは……あぁ、例の」
二体と同じく出立の準備を済ませ、すでに家の外へと足を運んでいたフェアトに対し、ご丁寧に魔法による封蝋までされた手紙をフルールが手渡した事で、フェアトはこれこそが
「それを騎士団長に手渡せば、きっと何とかしてくれる筈ですが……そもそもアポなしでは会う事も難しいでしょうから念の為に話も通しておきました。 だから門前払いを食らうような事はないと思いますよ」
「ありがとうございます、先生」
その後、『余計なお節介かもしれないとは思ったんですが』と付け加えたうえで、確実にクラリア本人に目を通してもらう為、【
「……おい、アストリット──」
そんな中、朝から渋面を湛えたスタークは何やらアストリットに言いたい事があるらしく、緩慢としつつも確かな足取りで少女に近づいた──その時。
「君ってさぁ、見た目は勇者にそっくりなのに中身は全く似てないよね。 その好戦的なところとか」
「……何の話だよ」
まだ名前を呼んだだけだというのに、アストリットはスタークと彼女の父親である勇者ディーリヒトの外見が瓜二つでありながらも、その性格は全くの正反対だと告げてきたが、何故それをこのタイミングで言う必要があるのか分からずスタークは首をかしげる。
すると、アストリットはその羅針盤のような瞳でスタークを見上げ、くつくつと喉を鳴らしながら──。
「君の言いたい事は読めてる。 『いつか必ず、お前を超える』ってなところだよね。 返事は欲しい?」
「……」
「ふふっ、それじゃあ──」
全てを知り、全てを能う称号の力がなかったとしても分かっただろうという口ぶりを持って、スタークが言おうとしていた事と、それに対しての返答が必要かどうかを問うと、スタークは無言で舌打つだけに留まったが、アストリットにはそれで充分であり。
身体が触れる一歩手前の距離まで近寄ってから、フェアトたちには聞こえないほどの小声で、されど序列一位たる者の確かな力持つ気迫を纏わせた声で──。
「『その時まで、ボクは牙を磨いて待っている。 今よりもっと強くなって、ここに戻っておいで──」
「──
「……っ、上等だ」
とても七、八歳の少女のものとは思えないほどに挑発的な、或いは蠱惑的な笑みとともに『二人で強くなるんだよ』と暗に告げた事で、それを察する事ができたスタークは武者震いをしながら応えてみせていた。
「姉さん! そろそろ行きますよ! ただでさえ姉さんのせいで出発が遅れてしまっているんですから!」
「わーってるよ! 悪かったっつったろ!」
その時、緊迫した空気を破るかのようにフェアトの嫌味たらしい声が聞こえてきた事で、スタークは逆ギレにも近い返答をしつつ妹が待つ方へと向かい、アストリットも何やら愉しげに笑いながらも後を追う。
そして、いよいよ──出立の時を迎えた。
「さて──シルド、準備はいいですか?」
『りゅー♪』
竜覧船と化したシルドに乗り込む前に、フェアトがシルドの頭を撫でつつ『よろしくお願いします』と伝え、それに対してシルドが嬉しそうに鳴く一方で。
「……あたしは寝る。 揺らすなよ」
『りゅっ!』
スタークはパイクを労ったりする事もなく、あっさりと乗り込んだうえで仮眠をとる旨の言葉を伝えており、一見薄情にも思えるかもしれないが、それを受けたパイクは『任せて!』と言いたげに頷いていた。
……ここだけ見ると、とても双子とは思えない。
そんな風に考えていたアストリットをよそに。
「先生、十日間お世話になりました。 姉さんが死んでる間にも色々と試させてもらっちゃいましたし……」
シルドの操縦席に乗り込む寸前のフェアトが、スタークが仮死状態にあった間に、『【盾】なりの反撃手段』が完成した事も含めてフルールに礼を述べる。
元より、あの辺境の地で教わっていた頃から物理や魔法に対する反撃手段はあったが、どうやらこの十日間で完全に確立させる事に成功していたらしく。
「いいんですよ、先生である私の務めですし。 成長した貴女の力を間近で感じられてよかったです」
「先生……! それも全部、先生のお陰です!」
それは、フェアトが成長したからに他ならないのだとフルールが先生然とした優しい言葉をかけるも、フェアトとしてはその全てが先生のお陰であると心から思っていた為、改めて礼を述べつつ抱きついていた。
その後、フルールに向けたものとは対照的に、アストリットには簡単な別れの挨拶を済ませてから──。
「また必ず来ます! その時までお元気で!」
「……えぇ、貴女たちも壮健で」
すでにパイクの操縦席で寝入ってしまっていた姉の分まで、シルドやパイクとともに別れを告げたフェアトに、フルールは名残惜しそうに手を振った。
……とても、名残惜しそうに。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「さて、行っちゃったけど──本当によかったの?」
「……何がですか」
二体の神晶竜の姿が見えなくなってから、ようやく振っていた手を下ろしたフルールに対し、アストリットはニヤニヤとした気味の悪い笑顔で声をかけ、それを受けたフルールはふいっと少女から視線を逸らす。
何が──とは言いつつも、少女が口にした問いかけの意味を自分が一番理解していたからに他ならない。
「おや、
「……厄介な居候ですね、本当に」
もちろん、それは【
アストリットは一体、何を読み取ったのか。
そして、フルールは何を隠そうとしたのか。
それは紛れもない──
いや、もう少し正確に表現するのであれば──。
聖女レイティアによく似た──その娘への好意。
フルールは──レイティアの事が好きだったのだ。
最初は一目惚れだったと記憶しているが、それでも互いを知るうちにフルールは彼女の儚げな美しさや聖女としての人々を憂う優しい想いに惹かれていく。
だが、そんな聖女の隣にはいつも──勇者がいた。
誰が見ても二人は相思相愛であり、この世界では同性愛など当たり前だという事実を差し引いても、フルールの割り込む余地など存在し得なかったのだ。
ゆえに──かどうかは今でも分からないが、フルールはレイティアに瓜二つの彼女の娘の一人である当時五歳フェアトを初めて見た時、胸が高鳴っていた。
日に日にレイティアとそっくりになっていくフェアトの姿に、フルールは段々とその想いが強くなる。
代替品──なんて失礼な事は思っていない。
最初は確かに外見こそ肝だったかもしれないが、今では素直に慕ってくれるフェアトに心からの好意を抱き、いつかは一緒に暮らせたら──と考えてもいた。
この丘の花畑や彼女が住む家の外観が、あの辺境の地でレイティアやフェアトたちが住んでいた場所に瓜二つだったのも、この地を第二の故郷にしてほしいと考えたフルールが魔法で創りあげていたのである。
だからこそ、復活した厄介な魔族たちの討伐なんてやめて、普通の人間として生きてほしかったという意味も込めて引き留める事も視野に入れていたのだが。
結局、自分の身勝手な感情で世界を危機に陥らせる事になっては本末転倒だと、そして何よりレイティアの意思に背く事はできないと考え、それはやめた。
「……それより、貴女こそ伝えなくてよかったんですか? わざわざスタークを煽ってまで
そんな折、『私の事はいいです』と前置きしたフルールは、どうやらアストリットが『悪意や敵意を持たない
「……いずれ分かる事だからね」
しかし、そんな彼女とは対照的にアストリットは普段と違う力無い笑みとともに──そう呟くだけ。
その後、納得はしておらずともそれ以上は聞けそうにないと判断したフルールが、『仕事、今日も手伝ってくださいよ』と告げて家の中に戻っていく一方。
(……
アストリットは脳内で、そう独り言ちていた。
あの、勇者と聖女にそれぞれよく似た双子にも。
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