第38話 食事処を後にして

 その後、情報などは関係のない他愛のない話をしながらも食事を終えたスタークたちとトリィテは、それぞれが会計を済ませてから食事処を後にした。


「──二人とも、ありがとうね。 貴女たちと話せたお陰で少しだけ気持ちが楽になった気がするわ」


「……そんなに大した事ぁしてねぇと思うが」


 邪魔にならないようにと少しだけ店から離れた場所でトリィテが微笑みながら双子に謝意を示すも、スタークとしては彼女から情報を引き出そうとしただけである為、感謝される謂れはないと口にする。


 しかし、それでもトリィテはゆっくり首を横に振って、『……実はね?』と前置きしてから──。


「……あの一件で町の人たちは被害者や遺族に気を遣いがちでね。 ありがたいんだけど、よそよそしく感じちゃうの。 だから普通に接してくれて嬉しかったわ」


 今のヒュティカの民はイザイアスの件で住民同士の繋がりが強く、あの男の凶行による被害者や遺族を極端なほど気遣う姿勢を取る事が殆どであるとの事。


 それは、先程の店員の態度からも分かるだろう。


 加えて、服飾店を営んでいたという事もあってそれなりに顔が売れており、窃盗の被害者であると同時に妹を亡くした遺族でもある彼女に対し、ヒュティカの住民たちはさも腫れ物に触るような扱いを──。



 ──してしまっていたのかもしれない。



 無論、そう感じてしまっていたのはトリィテだけであり、ヒュティカの住民たちにそんなつもりはない。


 それでも、その気遣いが逆に辛い──というのは被害者や遺族になってみなければ分からないのだろう。


 被害者だの遺族だのと大して気にもせずに接してくれた事が、トリィテにとっては何よりの救いだった。


「……そうかよ」


 一応、自分も父親を亡くしているとはいえ顔も見た事がない為に、いまいち実感の湧かないスタークだったが、それでもトリィテの言いたい事は何となく理解できたからこそ照れ臭そうに頬を掻きつつ返事した。


 そして、六花の魔女が住む丘の方向だけ教えてもらった後、『いつか店を再開するから、その時はぜひ来てね』と微笑んだトリィテと別れたはいいものの。



 ……おや、フェアトは?



 と思うかもしれないが、先程からフェアトはずっとスタークの隣で沈黙を貫いたまま佇んでおり──。


「おい、いつまでへこんでんだよお前は」


「だって……私以外に弟子なんて……」


 原因はハッキリしていても、どうしてそんなに意気消沈する事があるのか理解できないスタークが妹の肩を軽く叩きながら喝を入れると、フェアトは相変わらず伏し目がちな表情とともに暗い声音で小さく呟く。


 やはり、自分以外に弟子──というか教え子ができた事がどうにも納得できないらしかったのだが。


「大体よぉ、“先生”っつーくらいなんだからお前の他に教え子の一人や二人いてもおかしくねぇだろ?」


「それは……そうなんですけど……でも」


 普段は脳筋な彼女としては非常に珍しく、スタークが完全な正論を武器に妹を元気づけようとするも、フェアトはいじいじとした態度を変えようとしない。


 そんな煮え切らない妹に一瞬カチンときそうになったスタークだったが、気を取り直すべく首を振り。


「とにかく行ってみりゃ分かるだろ、な?」


「……そう、ですね」


 俯いている為に少しだけ低い位置にある妹の頭をガシガシと乱暴に撫でながら、ニカッと笑って妹を覗き込んだスタークが声をかけると、フェアトは少しだけ機嫌がよくなったのか軽く笑みを湛えつつ返事した。


「……丘は、あっちみたいですけど……ここからでは見えませんね。 どうせなら歩いていきますか?」


 ようやく調子を取り戻したフェアトが、トリィテに教えてもらった丘がある方向を見遣りながら移動手段について姉に意見を求めるも、せっかくパイクたちがいるのにわざわざ歩く意味が分からないスタークは。


「いやいや、めんどくせぇわ。 飛んでいこうぜ」


 ヒラヒラと片手を振りつつ妹の意見を却下し、パイクたちを竜覧船に偽装させる為に港へと歩き出したのだが、そんな姉の背を見ていたフェアトはといえば。


(……気晴らしに港町の観光デートとかもしてみたかったけど……姉さんにそれを期待する方が間違いだよね)


 気晴らしに──という大義名分がなくとも、おそらく元よりそのつもりだったのだろう事はさておき、諦めからくる溜息をこぼしながらも姉を追っていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 その後、最初の港に戻ってきたスタークたちは、まずはパイクとシルドに持ち帰ったご飯を食べさせる為にできるだけ目立たないだろう場所に移動していた。


「……誰も見てねぇよな?」


「大丈夫です」


「っし、それじゃあ──戻っていいぞ」


 そして、きょろきょろと辺りを見回して人の目が無い事を確認してから、スタークが腰に差した剣を、フェアトが嵌めていた四つの指輪を外すと、それらは淡い四色の光を放ちつつ小さな神晶竜の姿に戻り──。


『『……りゅう〜……』』


 そのまま飛び上がるかと思いきや──ぺたんと石畳に身体を伏せて元気なさげに間延びした鳴き声を上げるに留まり、見るからに空腹が限界なようだった。


「あぁ……お腹空きましたよね。 ごめんなさい」


「ほら、飯はあるから遠慮せずに食えよ」


 それを見て心から申し訳なさそうな声を上げて二体の頭を撫でるフェアトをよそに、スタークが鞄から食事処で注文した持ち帰りテイクアウト用の海の幸を取り出し近くにあった大きめの樽の上に置いた──その瞬間。


『『りゅーっ♪』』


 先程の消沈した様子などどこへやら、パイクとシルドは四枚の翼をはためかせて食事にありつき始めた。


「よかった、ちゃんと食べてくれて……人間と同じ食べ物で生きていけるとお母さんは言ってましたけど」


 一方、母親であるレイティアから神晶竜の生態は聞いていたし、レイティアの手料理を食べている姿は見たものの、それ以外の食べ物も口にしてくれるのか自信がなかったフェアトは胸を撫で下ろして安堵する。


だとか言い出すんだもんな。 不安になるのも分かるが、お袋がそんな嘘はつかねぇだろ」


 そんな折、路地裏の壁にもたれかかっていたスタークが腕組みをしつつ、レイティアが口にしていた言葉をそのまま伝えて『分からなくはねぇけど』と妹に同意する旨の発言をするも、当のフェアトは何故かニヤニヤとした表情を浮かべてしまっており──。


「……今の、洒落ですか?」


 ──鉱物と、好物。


 姉にそんなつもりはなかっただろうと分かったうえで、からかうような笑みとともに冷やかしてしまう。


「……はっ倒すぞ」


「どうぞ?」


「……ちっ、できねぇの知っててよぉ」


 すると、もちろんそんなつもりはなかったスタークが、イラッとしつつバキバキと手を鳴らすも、『やれるものなら』という声が聞こえてきそうな表情で腕を広げた妹の姿に、その手を下ろして溜息をこぼした。


「ふふ……ごめんなさい」


 それを見たフェアトは全く悪いと思っていなさそうな謝罪を口にしながら、くつくつと喉を鳴らす。



 それもその筈、フェアトは姉と今のような何気ない会話をする時間も──ちょっとだけ好きだったから。



 ──そう、ちょっとだけ。

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