第35話 相席の女性
──チリンチリン。
そんな小気味良い鈴の音を伴って開いた木製の扉の先には、これまでの五軒とは少し異なる落ち着いた空間が広がりつつも、やはり客が多いのは変わらない。
それを見たスタークが諦めからくる深い溜息をこぼした瞬間、来店した二人に気がついたエプロン姿で見るからに若い女性店員がパタパタと駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」
「……席が空いてるようには見えねぇが」
そして、いかにも溌剌とした声音と表情で来店を歓迎する旨の声をかけてくるも、スタークの目からは席は埋まってしまっているように見えた為、店員の後ろを覗き込むようにしながらジトッとした視線を送る。
「えぇ、なので今は相席をお願いしておりまして。 それでもよろしければご案内しますが……」
「……あー……どうする?」
すると、店員は少しだけ眉尻を落として苦笑し、いくつか空いている席を視線で示しながら、『いかがですか?』と尋ねてきた事で、それまで店員と話していたスタークは妹に判断を丸投げする事にした。
正直──空腹に限界がきていた為に、いつも以上に頭が回っていないからという事もあるのだろうが。
(……私たちの目的は情報収集。 元より他の店でも相席か、カウンター席にしてもらうつもりでしたから)
そんな姉の姿に溜息をこぼしたフェアトは、コソッと耳打ちするように顔を近づけつつ自分たちが立てていた当初の目的を考えれば願ってもない事だと語る。
「……じゃあ、
それを聞いて『……そうか』と納得したのかしてないのか微妙な反応を返したスタークだったが、スッと右の人差し指と中指を立てたのを見るに、とにもかくにも店員からの相席の提案は受ける事にしたらしい。
「かしこまりました! 二名様ご案内です!」
「「「いらっしゃいませー!!」」」
「お、おぉ」
一方、店員はペコッと頭を下げて店の奥にある厨房らしい場所に立つ料理番たちに元気よく客の来店を報せ、その厨房からは同じく元気な声が返ってきた。
「えーと、相席可能なのは──あっ、うーん……」
その後、落ち着きがあるとはいっても酒が入ってるせいか、ガヤガヤと楽しげに食事をする客の間を縫いつつ二人分の空席を探していた店員の目が、ある女性が一人で座っていた為に三つの空席がある机に向く。
本来ならば、お客様にご案内できる席が見つかってよかったと安堵するべきだろうに──店員の表情は何故か後ろめたさを前面に押し出してしまっていた。
とはいえ、いつまでもそうしていてはいられないと考えた店員は意を決してその女性に近寄り──。
「……す、すみません、“トリィテ”さん。 お店に来てもらった時にお伝えしたとは思うんですが……」
トリィテ──というらしい、その店員よりは年上だろう紅色の長髪が特徴的な女性に対し、『相席になるかも』と来店の際に伝えていた事実を、そして実際に相席をお願いしたい事を申し訳なさそうに頼み込む。
そんな店員の声でチラリとこちらを向いた女性の瞳は赤く、その瞳は今の今まで泣いていたのかもしれないと思うほどに潤み、それに加えて瞳の下には充分に眠れていないのだろうと分かる濃い隈ができており。
「……相席、よね? いいわよ」
一見すると少し怖くも思える表情ではあれど、トリィテと呼ばれたおそらく常連の女性は潤んだ瞳を手で隠しながらも軽く微笑み、あっさり相席を了承した。
「……ありがとうございます。 では──ご注文お決まりになりましたら、お声をかけてくださいね」
「あぁ──あ?」
「姉さん? どうしました」
相席を了承してくれたトリィテにも、そして来店しれくれたスタークたちにも頭を下げて一旦この場を離れた店員に返事したスタークだったが──。
(……確か、さっきの……)
普段から物覚えの悪い彼女としては珍しく、『どっかで見たような』という旨の考えを脳内で持ちながら女性をまじまじと見つめていると、トリィテはそんなスタークの行動に不思議そうに首をかしげており。
「……座ったら?」
「え、あぁ……それじゃあ失礼して」
未だ席にすら座っていない双子に対して、『とりあえず』とでも言わんばかりに対面の二つの空席を指し示しつつ手招きした事で、姉の様子に注意がいっていたフェアトは動揺しながらも返答し、着席する。
その後、店で出される料理の一覧表を見つつ、『注文は任せる』とスタークから頼まれたフェアトが、この場では竜の姿になれないパイクとシルドの事を考えて、『
「貴女たち、ここらじゃ見ない顔ね。 旅人とか?」
手に持つ透明なグラスに注がれた葡萄酒と思わしき飲み物を嗜みつつ、せっかくの相席だからとトリィテが見た目にそぐわない低めの声音で話を振ってきた。
「……まぁ、似たようなもんだ。 あんたは?」
しかし、『素性を明かすな』と母から言われているスタークは、いかにも怪しく曖昧な返し方をしながらも話題を逸らすべく同じような質問をし返す。
「私はトリィテ。 この港町、ヒュティカで服飾店を営んでる──いや、営んでたというべきかしらね」
「今は、お休みを?」
一方で、トリィテは特に怪しむ事もなく自分の職業を明らかにしつつ、されど今は違うという旨の妙な答えを返してきた為に、すでに注文を終えて彼女の発言を聞き何かを悟ったフェアトが更に質問を重ねた。
「えぇ、どうにも気力が湧かなくてね。 あのイザイアスとかいう悪漢に妹を殺されてから、ずっと休業中」
すると、トリィテが力無い笑みを湛えながら、一ヶ月ほど前──イザイアスに妹を乱暴されたうえに無残に殺されたのだと話し、そのせいで何をする気も起きないのだという事と、そしてお金が足りなかったせいで【
(妹……あぁ、そうだ)
妹──という単語を聞いて何かが引っかかっていたスタークだが、ハッとその何かを思い出したらしく。
「あんた、処刑場にいたよな」
──『私の妹を返してよぉ!』
民衆の怒声が飛び交う中で、とびきり悲憤に満ちた叫びを上げていた女性を覚えていたスタークは、その女性の容姿が目の前のトリィテと一致している事に気がつき、特に臆面もなく確認するように話を振る。
「見られてたの? やだ、恥ずかしいわ……年甲斐もなく大泣きしちゃってたわよね。 忘れてちょうだい」
それを聞いたトリィテは気恥ずかしそうに若干だが顔を赤らめつつ視線を逸らし、あの時は我を忘れていたのだと弁明するかのように手をヒラヒラと振った。
瞬間、ちょうどよく処刑の話に移行した事を好機だと踏んだフェアトは、本来の目的を果たすべく──。
「……トリィテさん。 貴女は、あの時の処刑人の事は知ってますか? 随分と人気があるようでしたが──」
自分たちが手に入れなければならない情報の一つであるところの──並び立つ者たちの可能性が高い、あの処刑人について色々と聞いてみようとしたのだが。
いざ話を振ってみると、トリィテは先程までの悲哀に満ちた表情でも力無い笑みでもなく──。
「……え? セリシア様を知らない……の?」
「「?」」
さも『冗談でしょう』と言いたげに──いや、何なら『非常識にもほどが』とでも言わんばかりの、若干だが引いたような表情と視線で双子を見つめていた。
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