第24話 諸島の空を飛ぶ

 先程フェアトが口にしたが、この世界で大陸と称されるほどの広大な陸地は──たった一つしかない。


 今、スタークたちの視界に映っている諸島などとは別に島国もいくつか点在しているが、それらはあくまでもその大陸とは独立した国家であるらしい。


 ヴィルファルト──それは、『多様性』を意味する古い言葉であり、そこには人間以外の種族も住まう。


 例えば、人間と同じ二足歩行でありながら、その身体に哺乳類や爬虫類、鳥類といった獣の特徴をも持ち合わせている【獣人】と呼ばれる種族だったり。


 遠い昔、八つの属性を司る【精霊】から派生したと云われる【森人エルフ】や【鉱人ドワーフ】が属している【霊人スピリタル】と呼ばれる種族だったりが人間と共存している。


 また、ヴィルファルト大陸を空から見下ろすと綺麗な円形となっており、それぞれ東西南北の方角を冠する四つの国が、そして大陸の中心を陣取るように最も国土面積の大きな一つの国が旗を掲げているとの事。


 同じ大陸にあるからか使用される言語だけは同じであるものの、それぞれが異なる国風や文化を有している兼ね合いで他国との諍いも少なくはないようだ。



 人類の敵は──とうに消えているというのに。



 尤も、その人類の敵の一部が復活したからこそ、スタークたちはこうして旅に出ているのだが──。



「──で、私たちが目指すべきは……そのヴィルファルト大陸に存在する五つの国のうちの一つ、高度な魔法技術を有する【魔導国家】“東ルペラシオ”ですね」


 そんな世界の情勢など微塵も興味がないスタークに対し、なるだけ簡潔に説明したフェアトが地図を見せながら次の目的地を指し示すと、それを見たスタークは何やら思い出したかのように『あぁ』と頷いた。


「確か……お前の【先生】がいる国だったか?」


「……えぇ、そうですね」


 半年ほど前を境に、ぱったりと自分たちが暮らしていた辺境の地にレイティアの【光扉ゲート】で連れてこられる事がなくなっていた、フェアトが師事する魔法の熟練者が住まう国の名は何とか覚えていたらしい。


 無論、住んでいるのが街なのか村なのかは覚えていないし、そもそも聞いたかどうかもピンとこないが。


 ちなみに、魔法を使えないフェアトが魔法の熟練者に教えを乞うてどうするんだと思うかもしれない。


 しかし、そこには──『何とか魔法を使えるようになりたい』という不屈の意思と、『防ぐ以外の魔法への対抗手段の模索』という確かな目的があった。


 前者に関しては残念ながら成就する事はなかったものの、後者については彼女の中で確立されており、図らずも魔法だけでなく物理に対しての対抗手段にも繋がっていたのだが──それは、また別の機会に。


「外の世界に出るのは初めてなんですし、ちょっとくらい頼ってもいいとは思いませんか? それに……どうして急に来なくなったのかも聞きたいんですよね」


 フェアトは地図を畳んで鞄の中に納め、知識はあれど経験はないのだから知己に頼るべきだと語るも、姉に対する想いほどではないが中々に慕っていた先生に会いたいという気持ちを隠しきれていなかった。


「だから、そこに辿り着くまでは空の旅を楽しみましょう。 焦ってもいい事ないですよ、姉さん」


「……まぁ、そりゃそうなんだろうが……」


 そして、フェアトが優しい笑みを浮かべたまま姉と景色を交互に見遣り、どうやらスタークがとある考えを持ち始めている事を察してそう告げたものの、やはりというべきかスタークは納得がいっていない様子。



 それが何故なのかと問われれば──。



「……パイク、お前もうちょっと速く飛べねぇの?」



 ──そう。



 スタークは、すでに空の旅に飽きがきていた。



『りゅ? りゅ〜……』


 そんなスタークからの何気ない質問を受けたパイクは首をかしげてから、『できるけど……いいの?』とでも言いたげにスタークからフェアトへ視線を移す。


「駄目ですよ、パイク。 私たちの旅は目立ってはいけないんです。 シルドもゆっくりでいいですからね」


『『りゅー』』


 しかし、フェアトが首を横に振りながら姉の言葉を否定し、あくまでも目的が目的だから目立つ行為をするわけにはいかないのだと告げた事で、パイクとシルドは持ち前の聞き分けの良さを発揮して一鳴きした。


「……竜に乗って旅してる時点で目立つも目立たないもねぇだろ。 他に竜に乗ってるやつなんて早々──」


 一方、拗ねた様子で鞍に寝転がったスタークが、いよいよ眠りにつこうとしているらしく目を閉じながら竜の背に乗って旅をする事の奇抜さを指摘しようと。



 ──した、その時。



「いると思いますよ」


「……あ? どこにだよ」


 スタークの想定では、『まぁ、そうですけど』と曖昧な肯定をしてくる筈だったのだが、フェアトから返ってきたのは正反対の発言であり、その言葉の真意を問うべく身体を起こしてフェアトに視線を向ける。


「うーん……今は諸島の上ですし、どこかに飛んでてもいい筈なんですが──あっ! あれですよ、あれ!」


 すると、フェアトは何やらブツブツと独り言ちながらキョロキョロと辺りを見回した後、不意に空を飛ぶ自分たちの下を覗き込み──を、発見した。


 パイクたちは人目につかないようにと結構な高度で飛行していたものの、それを加味してもフェアトが探していたものは割と海面から近い高度で飛んでおり。


「ん? 何が──あ……?」


 フェアトに釣られるようにして、パイクやシルドとともに下を見たスタークの視界に──が映る。


「……竜? いや、船か? どっちだ?」


 は明らかにパイクやシルドより大きく、ジェイデンよりは小さい竜であったが、その胴体の部分を覆い隠すように、一隻の客船が取り付けられていた。


 また、よくよく見れば竜の顔や翼も普通のものとは随分と異なり──その瞳は照明のように、その両翼は水上機特有の浮舟フロートのような変化を遂げている。


「どっちも、というのが正しいですね。 あれは──」


 そんな折、困惑した様子で頭に疑問符を浮かべる姉を見て、フェアトは微笑ましげな──或いは愛おしそうな笑みを湛えて姉の発言のどちらもを肯定し。



「──“竜覧船りゅうらんせん”ですから」



 その奇妙な存在につけられた名を口にした。

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