第19話 後悔はない
「姉さん! 大丈夫ですか!?」
『りゅー!』
初となる並び立つ者たちとの戦いを終え、まるで遊覧飛行であるかのような速度で緩やかに滑空してきたパイクに、フェアトとシルドが駆け寄っていく。
銘々、心から姉の事を心配していた。
その一方、世界最高峰の硬度と柔軟性を併せ持つ竜種である神晶竜のパイクはともかくとして──。
「だ、大丈夫だ……さっきから身体の外も中も焼けてるみたいに熱くて痛ぇけど、きっと大丈夫……」
どうやら、スタークはジェイデンの攻撃だけでなくパイクが行使していた【
「それ大丈夫じゃないですよ! すぐに回復を──」
今までにない凄惨な状態の姉を見たフェアトが、ほんの少し涙目になりながらも、パイクとシルドにスタークを治すようにお願いしようとした──その時。
「【
「っ、これ、は……!」
そんな彼女たちの背後から透き通るような声が聞こえてきたかと思うと、スタークの──というより、スタークを乗せているパイクの足下に純白の魔方陣が展開され、パイクの【
「……やっぱ、治りが早ぇな。 お袋のは」
『『りゅう〜……』』
時間としては、ほんの数秒ほどでスタークの身体は完治し、そのついでだと言わんばかりにパイクやシルドの欠けた身体も丁寧に治っており、まるで風呂にでも入っているかのようなホッとした声を上げていた。
そんな中、当のレイティアは極めて真剣味を帯びた表情を浮かべたままスタークたちに近寄り──。
「今みたいな戦いが、あと二十五回──やれる?」
残り二十五体の並び立つ者たちとの戦いも、これと同じかそれ以上である事は疑いようもなく、それでも最後までやり切れるのかと二人と二体に問いかける。
とはいえ、すでに『拒否権はない』と伝えている事に加えて、もし仮に娘たちが『無理かもしれない』と口にしても強制的に向かってもらうつもりでいた。
そうしなければならない──理由があったから。
「……もっと強くなれってんだろ? やってやるさ」
「まぁ……そうですね。 頑張りましょう」
『『りゅー!!』』
しかし、そんなレイティアの考えは杞憂に終わったようで、スタークは立ち上がりつつ覚悟を示し、フェアトは暗に『姉さんが行くなら』と口にして、二人に釣られるようにパイクとシルドも一鳴きしてみせる。
「……そう。 それじゃあ──」
そして、それを聞いたレイティアが安堵からの溜息をこぼし、『旅の準備をしなきゃ』と言おうとした。
──その瞬間。
『──おい』
「「『『!?』』」」
突如、腹の底に響く低音で声をかけられた事に驚いたスタークたちが一斉に振り返ると、そこには仰向けに吹き飛んだ筈のジェイデンが、いつの間にか起き上がってから満身創痍の状態で伏せていた。
その巨体を覆っていた緋色の鱗も殆どが剥がれ、剥がれていない部分も酷くヒビ割れており、翼や尻尾も千切れた身体は、もはや竜とは形容できないほどだ。
そんな状態にあっても元魔族である事には違いない為、スタークたちが臨戦態勢を整える一方、ジェイデンは『くくっ』と苦しげに喉を鳴らして笑う。
『そう構えなくてもいい、もう俺は動けねぇからな』
「……死ぬのか?」
どうやら、これ以上は一切の身動きが取れないらしい事を明かし、それを受けたスタークが『まさか』と目の前の竜の命の終わりを察して声をかけると、ジェイデンは無言で頷き彼女の言葉を肯定する。
『本来、魔族に寿命はねぇ。 それは転生してからも同じだ。 そんな俺たちが命を落とす条件は──二つ』
その後、ジェイデンは
では、どうすれば魔族は命を落とすのか。
かの勇者はどのようにして魔族たちを斃したのか。
その方法は──大きく分けて二つあった。
『一つは単純に──外的要因によって殺される事。 俺たちは普通に傷を負う。
そう、何も魔族たちはフェアトと違って傷つかないわけでも殺されないわけでもない為、敵意や殺意を持って攻撃されれば、それが原因で死ぬ事もある。
「一言多いですけど……今回のは、それですか?」
そんなジェイデンの物言いに若干カチンときたフェアトが気を取り直しつつ、スタークとパイクの合体技が引き金となって死ぬのかと問いかけた。
『それもあるが……今回の俺の場合は、もう一つの条件の方が当て嵌まってるだろうな。 それは──』
だが、ジェイデンは重々しく首を横に振って、『間違ってはいないが』とでも言いたげに二つ目の条件を語らんとし、スタークとフェアトが注目する中で。
『──自ら命を、手放す事だ』
「「……!!」」
ジェイデンが二つ目の条件の明かしたその瞬間、すでにボロボロだった
『……俺は今、最高に満足してる。 二度目の生の最期にも、お前たちのような強者と戦えた。 全く──』
そんな二人をよそにジェイデンは心から満足そうな表情と声音を持って、魔王より賜った二度目の命の幕を自分で下ろす事に一切の後悔がない事を語り──。
『──
「「え?」」
魔王軍随一の
それとは全く別のところで双子は驚いていた。
「お、お前……女だったのか?」
『あ? あぁ、この姿じゃ分かりにくいか』
「いや、そういう問題じゃないような……」
その勝ち気な性格はスタークもほぼ同じゆえにまだ分かるものの──『俺』という男のような一人称に加えて、どうやったら性別を判断できるのかという巨大かつ恐ろしい竜の姿と、それを助長する低い声音。
これらの要素がある以上、目の前の竜を女と判断しろという方が無理があると言わざるを得ないだろう。
(魔族だった時から分かりにくかった気もするけど)
尤も、どうやらそれはジェイデンが魔族だった頃から同じだったようで、かつての彼女も見た目は完全に筋肉質な男にしか見えなかったらしく、レイティアは脳内でのみそれを思い返して苦笑していたのだった。
自分の性別を明かした後の双子の反応を不思議がっていたジェイデンだったが、『まぁ、ともかくだ』と自分に時間がない事を察して話を進め──。
『お前たち二人の名は、いずれこの世界中に轟くだろうぜ……それこそ、あの時の、勇者みてぇ、に……』
「「……」」
もはや光の灯らない瞳で双子を射抜き、かつて戦った世界を救った勇者と彼女たちを重ねながら静かに息を引き取らんとする中で、スタークとフェアトは互いに顔を見合わせて頷き──ある一つの決意をする。
「……お前に、言ってなかった事がある」
『……? なん、だ……?』
そして、スタークが一歩前に出て声をかけると、一度は目蓋を閉じたジェイデンが反応しつつ、声を出すのも苦しいのだろう掠れた声音で返答した。
「私たちは聖女レイティアの娘であると同時に──」
それを聞いて、まだ僅かに時間があると判断したフェアトは、スタークの隣に移動しながら自分たちが聖女たるレイティアの双子の娘であるとともに──。
「──勇者ディーリヒトの娘でもあるんです」
『……!!』
魔王カタストロを討伐し、この世界を救った英雄である勇者ディーリヒトの娘でもあるのだと明かした瞬間、再び閉じかけていたジェイデンの瞳が開く。
彼女にとって勇者とは、好敵手であると同時に目指すべき強者としての高みに位置する存在でもあった。
『そう、か……! そうか、そうだったのか……! くぁはははは……! 道理で強くて、真っ直ぐで──』
そんな勇者と聖女の娘がこの世界にいた事、そんな双子の娘たちが立派に強く成長していた事、そして何よりもそんな双子の娘たちと死力を尽くして戦えた事を誇りに思い、心から嬉しそうに高笑いして──。
『──懐かしい、わけ、だ……』
そう呟いた言葉を最期に──
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