第16話 息吹と見紛うほどの


 先手を取ったのは──ジェイデンだった。



『言っとくがなぁ! 俺は普段、餓鬼なんざ相手にしねぇ! だが、お前らは絶対に強ぇ!! そうだろ!?』



 ジェイデンは基本的に自分から弱者に喧嘩を売る事はせず、かつて魔族だった頃も自分の矜持に従って強者とだけ戦い、ろくに他種族の制圧なども行わなかった為、自身の主たる魔王を困らせる事も多かった。



 しかし、今回は事情が違う。



 何せ、相手は聖女の娘が二人と──。



 ──幼体とはいえ、神晶竜の転生体が二体である。



『っつー事だからよぉ! 一切の容赦はしねぇぜ! まずは、こいつを──受けてみろやぁ!!!』



 それを分かっているからこそ、ジェイデンは目の前にいる二人の少女と二体の仔竜を相手に最初から全力をぶつけるべく──凶暴な牙の生え揃った口を大きく開けて、そこに煌々と燃える業炎を蓄え始めた。


 竜と名のつく魔物たちは、その殆どが属性袋プロパタンクと呼ばれる器官を体内に備えており、それぞれが持つ属性に応じた【息吹ブレス】を放出する事が可能となっている。


 それは属性こそあれど魔法とは異なる為、特定の属性の魔法に耐性のある防具なども意味を為さない、ただただ圧倒的な破壊力を持つ──力の塊である。


「っ! 息吹ブレスが来ます! 怒赤竜どせきりゅうの属性は──」


「火だろ!? 知ってるわそんくらい!!」


 当然、竜種に対しての知識も有していたフェアトが怒赤竜どせきりゅうの得意とする属性を伝えんとしたが、スタークもそこまで無知ではなく、その緋色の鱗が火属性に強い適性を持つ証だという事は理解していた。


 しかし、『知っている』のと『対抗手段がある』のとはまた別であり、あれほどの熱量を誇る息吹ブレスをその身に受けようものなら、おそらく熱いと感じる前に肉体の一片も残さず焼失するだろうとも理解していた。


(……どうせフェアトこいつは放っといても死なねぇ、問題はあたしだ。 とにかく躱すっきゃねぇが──)


 大して焦っているようにも見えない妹を横目で見つつ、スタークは地面に亀裂が入るほどに両足に力を込めて息吹ブレスが届かない場所まで避難しようとする。



 ──その瞬間。



『『りゅーっ!!』』


「なっ!? お前ら──」



 今にも業炎を放たんとするジェイデンとスタークの間に、ジェイデンほどではないが中々の体躯を誇るパイクとシルドが割って入ってきた事に、『何のつもりだ』とスタークが叫ぼうと思ったのも束の間──。


『りゅー、りゅーっ!』


『りゅー! りゅう〜……!』


 パイクとシルドは『りゅー』という鳴き声だけで互いにしか通じない会話を短く済ませてから、それぞれが口の前辺りに色違いの魔方陣を展開する。


 パイクが緑で、シルドが青だ。


 パイクがスタークを助けた後に身体の大きさを変化させた際に、その身体を四つの光が覆っていたが、それはパイクが扱う事ができる属性を指していた。



 パイクが持つ属性は──火、風、氷、光の四つ。



 シルドが持つ属性は──水、土、雷、闇の四つ。



 かつて二体が神晶竜だった時、扱う事ができた八つ全ての属性が転生先の二体に振り分けられていた。



 そして、いよいよジェイデンの口から真紅の業炎が放たれた時、二つの魔方陣が強い輝きを放ち──。



『『りゅあーーーーっ!!!』』


「「!?」」



 二体の甲高い咆哮とともに、それぞれの魔方陣の中心から──途方もない勢いの暴風と激流が放たれた。



「ぶっ……息吹ブレスか!?」


 魔方陣の展開を見ていたにも関わらず、スタークは混乱して息吹ブレスと見紛っていたが──無理はない。


 それは、もはや竜巻や渦潮といった災害と称する方が正しいとも思えるほどの規模を誇っていたからだ。


 ……まぁ、そもそも。


 神晶竜は唯一、属性袋プロパタンクを持たない竜種であるがゆえに、他と同じような息吹ブレスなど放てる筈もないのだが。


「いえ、魔法です! 水と風の【ボルテックス】ですよ!」


 一方のフェアトは至って冷静に、されどレイティア以外でここまでの威力を持つ魔法は見た事がなかった為か、若干の興奮とともに解説してみせた。


 【ボルテックス】──それは、術者の持つ属性に応じて放射状、或いは半球状の渦を発生させる魔法。


 今、双子らしく息の揃った水と風の【ボルテックス】が合わさり暴風雨と化した魔法と、ジェイデンが全身全霊を持って放った業炎の息吹ブレスが──衝突した。


『く……っ!? おぉおおおお……っ!!!』


『『りゅうぅうううう……!!』』


 瞬時に竜たちは、互いの力量を察する。


 かたや──思っていたより強い、と。


 かたや──押し切るのは難しい、と。


 しばらく拮抗していた業炎と暴風雨だったが、ジェイデンとパイクとシルド、三体の竜が殆ど同時に瞳の輝きを強めた瞬間、比例するように息吹ブレスと魔法の勢いも一瞬で増幅し──二つの力が大爆発を引き起こす。


「──!? ぅ、おぉおおおおおおおお!?」


 身体の耐久性自体は非常に低くとも、それが攻撃でないのなら耐える事はできるスタークが、爆発の余波を何とか両足に力を込めて飛ばされまいとする一方。


「……相殺、しちゃった……! 凄い……!」


 本当に同じ次元に存在しているのかどうかも怪しいほどに、フェアトは火と水と風の爆発の中で平然としており、それの一因となった二体の仔竜を称賛する。


 そんな中、完全に蚊帳の外だったレイティアは。


(……まぁ、この程度よね)


 先程、【光創クリエイト】で創った椅子に再び腰掛けつつ、半球状の神々しい光の壁に覆われたまま寛いでいた。


 それは、【バリア】という属性に応じた障壁を発生させる防御魔法の一種であり、さほど防御に優れているわけでもない【光壁バリア】でこの爆発を防ぐ事ができているのは、レイティアが他でもない聖女ゆえである。


 そして、ようやく爆発が収まってきた頃。


『……くくっ、くぁーっはっはっは!! おいおいマジかよ!! いくら神晶竜とはいえ仔竜だろ!? まさか俺の息吹ブレスと同じ威力の魔法が撃てるとはなぁ!!』


『『りゅ〜……っ!!』』


 全力の息吹が二体がかりとはいえ仔竜に相殺されたというのに、ジェイデンは心から愉しげな高笑いを浮かべながらパイクたちを称賛し、それを見たパイクとシルドは何やら悔しげな鳴き声を漏らしている。


 それもその筈、残念ながら完全に相殺しきれてはおらず、僅かにとはいえパイクたちだけが一方的にダメージを負う形となっている事を理解していたからだ。


『一丁前に睨んできやがって……! いいぜぇ! だったら、とことんやり合おうじゃねぇかぁ!!!』


『『……っ、りゅーっ!!』』


 しかし、興奮状態にあるジェイデンはその事に気づいておらず、二体の仔竜はまだ戦えると踏んで再び大きく口を開けると、パイクとシルドも一拍置いてから甲高い咆哮を轟かせて緋色の竜の声に呼応する。


 心なしか、その身体は小さくなってもいた。


 そんな中、三体の竜のやりとりを見ていたスタークとフェアトは、いつの間にか互いに近寄りつつ何やらヒソヒソと小声での密談をしており──。


「もっかい今の威力と同じか、それ以上の息吹ブレスが来たら……あいつらと、あたしはどうなると思う」


 ようやく冷静さを取り戻していたスタークは、パイクたちが健常な状態にない事を見抜き、『二度目の相殺は無理だろう』と判断したうえで妹に問いかける。


「まぁ……死ぬでしょうね。 どうします?」


 すると、フェアトが極めて平然とした態度で、『私を除いて』と冷酷ささえ感じさせる答えを口にしてから問い返すと、スタークは深い溜息をこぼし──。



「……フェアト、悪いが──」



 あくまでも緋色の竜へと視線を向けたまま、『とある提案』を妹に対してしようとした──その時。



「──『囮になれ』、ですか?」



 フェアトは、スタークが口にしようとしていた『とある提案』を、あっさりと見抜いてみせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る