第3話 双子の帰り道

 その後、組み手という名の一方的な新技披露会を終えた双子は、『あたしの新技どうだった?』『まだまだ努力不足ですね』と他愛のない会話をしつつ、まるで絵本の中から飛び出したかのように綺麗な花畑の中心に建てられた一軒家に帰ろうとしていた。


「いやー、やっぱ七日に一度くらいは派手に運動しねぇと駄目だなぁ。 ほら、料理の腕も楽器の腕も毎日のように磨かねぇと鈍っちまうだろ?」


 短髪の少女は先程の運動の衝撃でボロボロになってしまった服など気にもかけず、いつぞやに聞きかじった事をさも自論であるかのように語り出す。


「……ジャンルが違うので何とも言えませんが、まぁ理屈としては概ね正しい気がしますね」


「だろ? なのに、お袋ときたら勉強勉強ってよぉ」


 一方、対照的に服や髪も綺麗なままの一つ結びの少女が呆れたように溜息をこぼしながらも、『分からなくはないです』と同調するやいなや、短髪の少女は笑みを浮かべつつ母親の教育理念に陰口を叩いた。


 現に、彼女たちの母親は毎日のように二人に対して世界情勢だったり魔法や魔物の知識だったりを叩き込んでおり、もはや二人はそこらの学者や研究者を上回るほどの頭脳を有する事ができてしまっている。


 尤も、二人ぐらいの年齢ならば普通は学院だの何だのといった教育機関に通っている筈なのだが──。


 何せ二人が母親と暮らす辺境の地には彼女たちを除いて一切の人間が存在せず、それ以外にもがあって母親が教える以外の選択肢が取れなかったというのもあるだろう。


 とはいえ二人の母親は優れた光魔法の使い手であると同時に、この世界の大抵の知識を得ている為、教師としても……そして、すぐにボロボロになってしまいがちな姉専属の治癒士としても最高の逸材だった。


「そうは言っても知識は大切です、それは姉さんだって分かっているでしょう? 幼子じゃないんですから」


 その事を充分に理解しているうえに、【世界を支配せんとする存在】が既に討滅されたこの世界においては力よりも過分なほどの知恵や知識の方がよほど大切だと妹は考えていたからこそ、彼女は親の如き口ぶりで不貞腐れる姉に言い聞かせようとしたものの。


「それは分かってんだよ! そうじゃなくてだな──」


 それでも姉は納得がいかないらしく、脳筋たる彼女なりの考えを口にしたかった……のだろうが。



「あ」



「──あ? 何だよ、どうし……た……」



 突然、足を止めなければいけないほどの何かが妹の視界に映り、それと同時に彼女の口から漏れた『やっちゃった感』溢れる一文字に反応した姉が、ふいっと妹の視線の先に目を遣ると──そこには。



「……」



 慎ましやかな造りの一軒家の扉の前に、随分と迫力のある笑みを湛えて腕を組む……金髪碧眼で修道女のような白い服を着た麗しい妙齢の女性が立っていた。


 ……その微笑みからは明らかな怒りの感情が見て取れるが、それも無理はないだろう。


「あー……バレてんのか? 今回こそ見つからねぇようにって、あんだけ離れた場所で暴れたのに」


 そう。


 ただでさえ二人は……というより姉である短髪の少女は手加減が苦手で、少し加減を間違えただけで家の立つ大地ごと美しい花畑を滅茶苦茶にした事がある。


 その際は、二人揃ってしこたま叱られた。


 それからというもの、あまりに派手な運動や組み手は母親に禁止されていたのだが、だからといって大して辛抱強くもない姉が我慢できる筈もなく。


 七日に一度は妹を共犯に家を抜け出し、派手に身体を動かすといった事を繰り返していたのだった。


 ちなみに、『離れた場所』とは言っても人里から完全に隔離されたこの辺境の地は言うほど広大ではない為、姉が妹を背負った状態で速度を落とさず全力疾走できる程度の距離にある場所という程度である。


 尤も、姉の脚力が普通ならば……だが。


 これまでも、『分かってるからね』とでも言いたげな口ぶりをしつつ母は黙認してくれていたと妹は思っていたものの、どうやら考えが甘かったようで──。


「無駄な足掻きだった、って事ですね。 紛れもなく私たちの母親な訳ですし。 早いとこ謝りましょうよ」


 諦めの感情からくる溜息とともに、扉の前で仁王立ちする母親を視界に映しつつ姉の肩に手を置くと。


「……はぁああああ……」


 姉は妹のそれよりも遥かに深い溜息をこぼし、その手を軽く払いながら母の下へと重い足取りで向かう。



 その後、自分の目の前まで歩いてきた娘たちに対して、妙に迫力のある笑みを崩さないまま──。



「──何か、申し開きはあるかしら?」



 そう、口にしてみせた。

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