第80話 魔法都市へ遠征です
「虚無の者が暗躍しているようだ」
私の言葉に、ケルトとメルは揃って顔を見合わせた。ネセレだけは干し肉を齧りながらテーブルの上のコインを数えているが。
いつもの宿のいつもの卓で、皆を集めた私は、調査してわかったことを教えた。
なにやら、魔法都市で虚無が動いているようなのだ。
先日、魔法都市の議長が暗殺されたのだが、犯人は判明しなかった。それに嫌な予感を感じた私は、現場を見に行ってみたのだが…死した議長の魂はどこにもなく、冥府にもいなかった。間違い無く、虚無連中が喰ったのだろう。
「おそらくだが、クレイビーの仕業だろうな。魔法への偏執ぶりを見るに、奴は喜々としてあそこで暗躍しているのだろう」
「クレイビー…ならば、アーメリーンは…」
「さて、あの娘はおそらく、ヴェシレアあたりに居そうだがなぁ。あちらで戦争の為に扇動している素振りがあるし」
それにケルトが眉を顰めている。うむ、因縁を感じているようだな。
一方、メルが険しい顔で言う。
「ではおじい様、すぐにでもカルヴァンへ向かって…」
「当然、クレイビーは確実に殺さねばならない存在だ。しかしな、奴を引きずり出さねば、殺しようがないのだ。私では警戒されて出てこないかもしれん」
私へ妙な感銘を抱いていたようだが、まあエーティバルトと間違えていたようだしなぁ。それに魔法への偏執と仕事は別に扱うだろ、たぶん。
「だからな、二人共。お前たちでクレイビーを引きずり出してきてくれんかね」
「それは…私たちがカルヴァンへ?」
頷けば、二人は渋い顔をした。ま、当然か。ケルトは言うまでもなく、メルも正体バレして戻りにくかろう。
だがしかし、私としてはここで二人に、クレイビーと対峙してほしいと思っているのだ。
いえね、虚無連中が居る以上、連中を絶対ぶっ殺すマンになるのは神界会議で決まった事なんが、しかしそれとは別に思うところもある。
そう、虚公。連中の親玉である虚無の根。
こいつが出現したら、私達は全力で排除せねばならない。以前の泥闇や腫瘍のように、放置すればあまりにも甚大な被害が出るとわかっている以上、文字通り一片の余地なく排除せねばならないのだが。
だが以前にも言ったとおり、我々が虚無を排除するには、大陸一つをダメにするレベルの犠牲が出るだろう。転移で一定数の者を救えると言っても、エネルギー効率の問題で全ては不可能だ。あまりにも犠牲は大きすぎる。
だから、猶予を与えたいのだ。
私は虚無を排除するために全力でぶっ殺す準備を始めるが、その間にその地に居る者たちが抵抗する猶予を与えたい。まあつまり、ダメ元でぶつかって最低限の犠牲で済むならそれで良し、駄目なら私が、という塩梅だ。
で、その猶予の間に頑張ってもらうためにも、戦力増強は急務。
ハディを闇の神殿に突っ込んだのも、ケルトに切っ掛け与えたのも、それが狙いなのだ。
つまり、この先に訪れる世界の危機は、それほどまでに凄まじい、ということ。
世界の奴が警告を促す程度にはね。
…え、化身でぶっ飛ばせばいいじゃん、だって?私も最初はそう思ったんだけどねー。
このカロン爺さんの肉体は、私の力で作られている。つまりは神の力の一端というか、奇跡の体現そのものだ。もしも万が一、この体が連中に捕まったり食われたりしたどうなると思う?
虚無は進化する。
ならば次の虚無の襲撃では、連中が私の化身から力を解析して、私の力…奇跡も魔法も纏めて無効化しかねないのだ。私だけならばいざ知らず、原初神全員が無効化されたら…お手上げだ。それに、繋がりを介して攻撃されたら、その被害は甚大になるだろう。ほら、以前腫瘍にカウンター食らったけど、あれで時エネがごっそり、世エネも少々持ってかれたんだよね。私の領域にも被害が出たし、あんなのがまた起きたらマジで洒落にならない。
というわけで、カロン爺さんで虚公を迎撃する気はないのだ。当然、虚公が出てきたら私は引っ込むので、どうにかするのはメル達だけの力で、となる。
この決定に関して、ティニマが最後まで食って掛かっていたのだが、代案はリスクが高すぎるってことで却下された。まだティニマは諦めていないようだが…正直、私は最悪手だと思っているので、頷くことはない。ヴァーベルはティニマ寄りの考えなんだが、エレゲル達も駄目だの一点張りだから、承認はされないだろう。
ともあれ、私としては今後の事も見据えて、二人だけでクレイビーを倒してほしいと思うのだが。
話を聞いて、ケルトは考えながら口を開く。
「カルヴァンへ向かうのは構いませんが…しかし、理由はどうするのですか?私は退学されていますし、メルさんは勇者だとバレてますし…」
「そうですわね、調査するのに何か理由が必要ですけど…」
「その心配は無用です、姫」
唐突な声に振り向けば、そこには歩み寄ってくる白騎士がいた。
白騎士、ラーツェルはお硬い表情で、メルを見ながら口を開く。
「姫、陛下より伝令です。カルヴァンで起きた騒動に関して調査をせよ、と」
「…陛下が?」
奴を見て険しい顔のメルだが、ラーツェルは真顔で頷く。勇者に睨まれてるのに胆力あるなぁ。
「議長が亡くなり、次期議長を決めるために、カルヴァンは浮足立っております。評議が終わるまでに議長を暗殺した下手人を見つけねば、カルヴァンが後の戦争で足を引っ張る可能性が有る、と陛下はお考えのようです」
「ほう、渡りに船じゃないか、メル」
「………」
メルとしてはすごい嫌そうな顔だが、内心では悪いことではないと理解はしているようで、拒否はしなかった。昔だったら絶対に駄々こねてただろうになぁ。
そんな二人を見ながら、ケルトが尋ねてくる。
「では、私たちが下手人…クレイビーを捜索し、見つけ次第にカロン老が倒す、という事でよろしいですか?」
「問題ない。それに魔法士であるお前たちならば、怪しまれることもないだろう」
「…それ以外で問題はありそうですが」
ケルト的に、あの噛ませのカーマスだっけ?ああいうのに関わるのは嫌そうだけども。まあ頑張れ、今のお前なら連中だって余裕でぶっ飛ばせるから。
メルは不承不承、ものすっごい嫌そうに渋面しつつも、了承した。
「…わかりましたわ。その依頼、承諾しましょう、ラーツェル。ですが、帝都がこの件にこれ以上の首を突っ込まれるのは、遠慮していただけますわね?」
「信用は成されませんか」
「できると思いますの?」
メルの目線が怖い。
まあ帝国が首突っ込めば、いらん権力闘争でカルヴァンがハチャメチャになる可能性もあるしなぁ。その懸念はごもっとも。
メルをじっと見た後、ラーツェルは重々しく頷いた。
「わかりました、お伝えしましょう。それでは私はこれで」
「ラーツェル。…貴方、自身は皇家の為にあるといいましたわね」
おっとメルが据わった目つきで声をかけた。立ち止まるラーツェル、背中越しにメルを見ている。
「ええ、そう言いましたね」
「なら結構。その言葉、お忘れなきように」
含み有りげなメルの言葉に、ラーツェルは僅かに黙礼だけして、帰っていった。
う~む、メルめ。これはまさかとは思うが…。
「覚悟を決めたのかね?」
「ええ、いろいろと」
いい笑顔のメル。
ははぁ~、これはまあ…うん、頑張れ。私は応援しよう。心の中だけでな。
「ええと、その…それでメルさんと私はカルヴァンへ行く、という事でいいんですよね。カロン老とネセレは?」
「あぁん?アタイが行くわけねーだろ、魔法は管轄外。帝都でいつもどおりだ」
「私もいつもどおり食べ巡りを」
「仕事してくださいませ」
メルの小言を華麗にスルーし、背後の罵声を受け流しつつ私は高笑いしながらさっさと逃げるぞ。はははーメルが最近小姑みたいだなー。
「おいクソジジイ」
「ん、なんだネセレか」
どさくさに紛れて一緒に宿を出たネセレが、なんか微妙な顔でこっちに話しかけてくる。
「前に大暴れしてやがった「断ち切り男」、覚えてっか?」
「ああ、お前がハディ達の横から掻っ攫っていった殺人鬼だったか。それが何か?」
「奴さんの持っていたハサミな、こいつがなかなか面白い道具でなぁ…魔法道具だったんだよ」
あ~まあ、そうだろうなぁ。っていうか、そうじゃなきゃハサミで人体切断とか無理だし。
しかしネセレは、更に驚愕な事を口にする。
「で、こいつを調べたところ…どうやら錬金術によって作られたシロモンだが、存在する錬金術のどれとも合致しねぇ作りだったらしいぜ?」
「なに?」
「ようは、あの勇者サマが作った錬金術とは、大きく違う作りだったってこったな」
…ふむ、メルお手製の錬金術ではない?全ての錬金術はメルが作り出した錬金術を祖とする。つまり、根本的に違う術式で作られた技法…。
ははぁ、あいつか。
「…なるほどな。つまり、メル並に魔法に長けた存在が、理論を元に一から作り出した亜流の錬金術か」
「しかも、そのハサミに込められた魔法だが…どんな物質も斬っちまうらしいぜ。回数制限があるが、鉄でも岩でも、さして力を込めずともスッパリ切れちまう魔法のハサミ。その属性は既存の6属性のどれとも違う…ここまで言やぁ、わかんだろ?」
「ああ、虚無魔法による錬金術だな」
これは厄介な。クレイビーめ、メルの錬金術を真似て、虚無魔法を込めた魔法道具を作り出したのか。それを例の殺人鬼に与えて騒ぎを起こしていた、と?その目的は…まあ、見た感じは道具の使用感のレポートってところか。騒ぎを起こすなら、もっと大騒動になってるだろうし。
「ああ、後な。最近、部下連中が浮足立ってやがるぜ。クーデターが起きそうだ、ってな」
「あ~、そうか。まあ、そういうこともあるだろうさ」
「ジジイは何もしねーのかよ」
「する必要もなかろう。私は俗世のことには無関心を貫く」
「飯には真剣なくせに何いってんだか」
ケッ、と吐き捨てるネセレだが、まあ、こいつもわかってるんだろう。
「なあに、悪いことにはならんよ。メルが居るんだからな」
「そりゃ結構、アタイ達が活動しにくくなりそうで涙が出そうだぜ!」
と言い捨てながら、ネセレは去っていく。あいつもいろいろ気にするようになったんだなぁ、と感慨深い気持ちになるな。
ともあれ、路地裏転移で場所移動しよう。
…で、飛び出たのは森の奥だ。
「あら、主さま」
「なんだ、主上も来たのか」
「…な、なによ、爺さん。何しに来たのよ」
おっと三者三様な出迎え。
闇の神殿の前に、セイラとヴェイユ姉弟、それとダーナちゃんがケームズの傍で座り込んでいた。変わらぬ周囲の様子に、私はわかってて尋ねる。
「どんな感じかね?」
「現状、変化はありませんが、悪い状況ではありません。むしろ驚異的です」
「勇者でもない人間が、試練に食ってかかれるだけ大したものだな。とはいえ、まだまだ時間がかかりそうだが」
座り込んでいるヴェイユの嘆息に、セイラが何か言いたそうだが、私が居るので遠慮しているようだ。まあこういう物言いは好きだから別にいいけど。
「…ちょっと爺さん!あ、あそこの奴は何なのよ!?」
「うん?」
私のローブの裾を引っ張りながらも、ビクビクしてるダーナお嬢さん。その指している先を見てみれば、そこには木陰で体操座りしている人影が一つ。
…ああ、こいつか。
双子を顕現させた時、こいつも一緒くたに顕現されちゃったのか。
「大丈夫だ、今は何もできんよ」
「今はって…な、なんなのよ?こいつは」
「大した事はしておらんよ。せいぜい、百人規模の人間を拷問で虐殺しまくった人でなしなだけだ」
「普通に大したことじゃないのっ!?」
悲鳴を上げながらセイラに抱きつくダーナちゃん。しかしダーナちゃんや、君が抱きついてるセイラも、なかなか怖い存在なんだが…ま、いいか。
ともあれ、私は座り込んでブツブツ呟いている半獣へ近づく。
狼の耳と尻尾を持つ、ザンバラな長い茶髪を振り乱した30才独身男の元貴族。血まみれな衣装はボロボロで、貴族服とは思えんなぁ。
「…主よ、我が主よ…虚無の御方よ、我が贄を捧げ魂を喰らいて全てを無へ帰すべき…いや違う違う…俺が称えるべきは夜の御方だ、虚無ではない、塵のような俺に友を授けて下さった我が神にして主…嗚呼、主よ、全てを喰らい尽くす我が神よ、全ての存在に災い有れかし…」
うん、ヤバイわ。訳解んないことブツクサ言ってる様はどうみてもキ印さんである。
生暖かい目線で見ていると、彼は急に顔上げて虚空を睨みながら叫んだ。
「そうだ、贄を作らねば!我が神へ捧げるべき贄を…我が神が喜ぶ多くの贄を捧げねばならないんだ!殺さねば、子供を、男を、老婆を、司祭を、あらゆる浄罪を籠めて全てを壊さねばならないんだ…!!殺さねば、殺さねば殺さねば殺さねば…!!」
「おい、なんか急に電波受信し始めたぞ、こいつ」
「あ~、またジェイの発作ですよ。まあお気になさらず」
ヴェイユ、面倒臭そうに笑うんじゃない。
「…ジェイラドリク、主の御前です。正気に返ろとは言いませんが、無様を晒すのはお止めなさい」
セイラがそう嗜めるも、当の本人は聞いちゃいねぇ。
う~ん、目覚めてから発狂モードは続いてるのか。まあ、グリムちゃんの影響が濃いせいかもしれんが。とはいえ、当然の報いだがね。
しかして、まかり間違ってダーナちゃんに殺意が向くのも問題なので、落ち着かせる道具でも作ってやるか…なんで私がこんな奴の為に…。
ブツブツ言いながらも、ちゃんと作る私、やっさし~、という自画自賛。
適当に作ったつば広帽に、強制沈静化の加護を籠めておく。これで被った者はどんな状態でも一瞬で平常に戻る。たとえどれほどパニック状態だろうと一瞬でスンッ、と真顔になるのだ。なにそれ面白そう。
ともあれ、できた帽子を男に被せれば、男はピタリと動きを止めて、こっちを見た。
黒い歪んだグルグルお目々なんだが、焦点が合っているので私を認識しているようだな。
そんな相手へ、覗き込むように言ってやる。
「良いかね、ジェイラドリク。その帽子は、私の許し無く外すことは許さん。必ず、肌身離さずそれを被りなさい」
いいね?と念押しすれば、男は静かに頷いてから、ボーッとした様子で帽子を掴んで、小さな声で呟いた。
「…わかりました、我が神よ」
「結構…まったく、グリムにお前を託したは良いが、浄化までは難航しそうだな」
「いやぁ、我が主上の優しさには臣下として感謝の念に絶えませんよ、ホントに」
「ヴェイユ!」
双子がじゃれ合っているのを尻目に、男の方は放置しておく。まあ、大丈夫だろ、たぶん。
そんな中、ダーナちゃんが怪訝な顔でセイラの後ろから尋ねてくる。
「そ、それより爺さん、ハディは大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫だ。この程度でやられるほど、あやつも弱くはない」
「でも…」
「信じてやれ。これを乗り越えられれば、ハディは大きく前進できる。あいつが戻ってくるまで待っていてやるんだ、ダーナ」
「………」
ダーナお嬢さんはしょんぼりしている。なんだか悪いことをしている気になるが、まあ今回は本当に悪い事ではないのだ。
ともあれ、私も神殿前に座り込んで、ハディが出てくるのを待とうか。
「…主上も変わりましたねぇ。あの冷血漢が随分とお優しくなったことで」
「ヴェイユ!」
「おっと失礼」
ヴェイユの減らず口に、私も少しだけ同意して笑う。
実際、私も人間臭くなったものだ。
…人としての心か。
ジャドを見送ったときもそうだが、どうにも、慣れぬ代物に思えるな。
ううむ、昔は人間だったはずなんだけどなぁ。
「…ハディ」
そしてあの子供に、思った以上に固執しているという自分に、どこか自嘲的な笑みを浮かべてしまう。
人間性は弱さだ。
だが、おそらく私にとって、必要な感情でもあるのだろう。
「…負けるなよ」
その小さな言葉は誰にも届くこと無く、何処かへと消えていく…。
先は、長そうだな。
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