第十三章 金のない世界

第十三章 金のない世界



 俺達の抱える子どもたちは、持ち回りで大邸宅へ出勤するのかと思っていたが、どうやらそうではない。

 日々、入れ代わり立ち代わりやってくるゲスト達が、うちの子どもたちを指名した際に出勤をする。都内でやっていたデリバリーと形は変わらない。

 変わらないが、その下準備は少々狂ったものだった。

 大邸宅を中心とした城下町の店には、品物の現品がほとんどおいていない。

 多くはバーコードで管理されたカタログであり、店主に「これが欲しいんだが」と注文すると数日後には自分たちの宿舎へと届く。

 ネット注文のように思えて、実はそうではない。

 海外や国内の有名ブランドメーカーの洋服やアクセサリーが、平然とカタログには記載されている。しかも新作と思われるものまで日々ラインナップが変わる。

 それらが無料で自分たちの宿舎へと届けられるのだ。

 どうしてそのような秩序が成り立っているのか、俺は深い詮索をするのをやめた。

 竜胆が言うように、俺達は相乗りしている業者と戦い、多くの支持を得続けることが出来るのならば……この狂った世界に長く居続けることが出来るのだろう。


 それだけを念頭に、俺は金額制限のないコーディネートに没頭した。



 香港と台北の業者が消えた。

 ゲストはうちのふたりの少年をいたく気に入り、ひとりを買い取りたいと申し出てきた。竜胆はそれを丁重に断り、またの利用の際には特別なプランを用意して待っていると告げたらしい。

 ゲストは夜が明ける前に島を発ち、入れ替わるようにフランス人のゲストが空港へと降り立ったという……。

 こうしたゲストに関する個人情報は機密情報のように扱われている。

 どこの誰が現れ、どこの誰が去っていったか。

 それは俺達には関係のない事なのだ。知るべきことではない事なのだ。

 けれども、酒に酔った竜胆は「やってやったぜ! 香港野郎も台湾野郎も、消えたぜ!」とくだを巻いていた。

 彼は元締めとして大変な苦労をしているのだろう。

 あまり香港の業者とはウマが合わないと最初期の頃から話していた。そのライバルがひとり消えたのだ。


 一方で俺は健次郎の方が気になった。


 一度、二度と子どもたちを大邸宅へ派遣すると、そのぶん彼らは酷使される。

 いつまた使えなくなり、新しい素体が必要になるか……そこが気になっていた。

 しかし健次郎は明るい返答をしてくれた。


「やはりゲストの方々は無理をしない。国内でやっていたころよりも、丁寧に扱ってくれていますよ。今回は出血もほとんどないわけですから」


 子どもたちの精神状態もそこまで悪くない。

 幸いなことに、これまでのゲストは上客であり、暴力や流血とは無縁の客であったという。



 入島当日に竜胆から言われた言葉は、ある意味で当たっていたのかもしれない。

 竜胆が率いる俺達の売春集団は、ほかの同業者を押しのけて島に残り続けた。大邸宅からも出勤依頼が連日のように入り、専属業者としての地位は確固たるものになろうとしていた。

 その最大の理由が、男性でありながら完全な女性を派遣する、という事だった。

 まるで映画評論家がつけるような評価を頂き、ますます俺達の仕事は忙しくなった。


 素体の確保のために幾度か俺は島を出た。


 しかし、うまく素体は確保できなかった。


 島で使われている公用語は英語で、俺達はそれらの勉強もしなくてはいけなかった。この年になって英語の勉強をするようになるとは……と思っていたが、それは生活に必要なものである以上、学校教育とは異なる水準で頭や身体に叩き込まれる。

 また素体の確保が難しい、という点を竜胆を通じて大邸宅の管理者に伝えたところ、驚くべきシステムが導入された。

 それはブランド物の品物を購入するのと同様で、モニター越しに子どもたちの顔や身体の写真が映し出され、俺が島にいながら素体を取り寄せるというものだ。

 どういう仕組みで子どもたちの全裸写真や体型の数値などが把握されているのかはわからない。しかし、黒人も白人も黄色人も、俺がマウスをクリックすれば数日後には宿舎に届いた。

 素体候補の使用言語が英語ばかりなのは、たぶん英語圏から仕入れられているからだろう。ときどき画面上に現れる日本人の素体候補もあったが、それらの多くは女性的な変化にとは耐えられない子どもたちだった。

 このような気の狂ったシステムを利用しながら、支配下の子どもたちを三十名ほどにまで伸ばした。これは島内でも二番目に支配人数の多い業者であった。


 そのような順風満帆な日々の中で、恐れていた事件が起きた。

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