平日夜の路地裏で
9.平日夜の路地裏で <前編>
世間一般の高校生は夏休みに入っている頃。
僕には関係の無い事で、去年からの変わらぬバイト生活が続いていた。
夏真っ盛りといった感じの日差しが照り付ける屋外を窓越しに見ながら、冷房の効いたカフェかボーリング場でバイトをして…
それが終われば日差しと暑さの支配する中をバイクで駆け抜けて、家でアイスでも食べながら映画を見るなり本を読むなりして過ごす。
ループする日々の中で、僕は表には出さないものの常に気を張って生活していた。
…と、言うのも、先週あたりまで、1週間に1度は霧の中に取り込まれていたからだ。
慧と共に祭りの最中の神社に取り込まれ、墜落遺体と階段落ちをした遺体を見て…髪の黒い僕を見たあの日から、既にもう3回も霧の中に巻き込まれている。
1回目は今までも数回あった中学校…
慧と共に取り込まれて、屋上で遺体を見つけて解放された。
2回目は駅だ。
僕一人で、深い霧に包まれた駅のコンコースに立っていて…遺体はその近くに居たから直ぐに見つかった。
それでも霧は晴れなくて…駅の中を歩き、駅前のロータリーに角張った車を見つけてようやく解放された。
そして直近で最後の霧の中は高校だった。
葵や一博、慧が通う高校だから、僕には見覚えの無い景色だったが…取り込まれたときの制服で理解できた。
そこで彷徨い歩くうちに慧と会えて…彼に色々と案内されている中で、何処かの階段の踊り場で遺体を発見して、そこから直ぐに解放された。
その状況は、踊り場であれ…僕が高校を辞める切欠になった光景とよく似ていて、その後暫くは気分を悪くしてバイトを休んだ程だった。
この3回で見てきた遺体は全て顔と名前を確認している。
中学校では辺見という30代の女…駅では三影という50代の男…高校では七海という僕と同い年の女がそれぞれ死んでいて…僕はバイトや何かの用事で外に出る度に彼らと遭遇しないか確認していた。
唯一、高校で見た七海という女子生徒だけは、やっぱり名前が違えど慧が知っていて…良く話す間柄ではないものの、彼のクラスメイトとして存在するらしい。
だから、確認したいのは前者2人だ。
これまででも、霧の中で見た遺体は…霧が晴れればちゃんと生きた人間として存在している。
名前は違うが…顔と年齢はしっかりと一致していたのだ。
だから、今回も、彼らがちゃんと生きていることを確認したかった。
決して、確認できたからどうだとかがあるわけでもないが…
彼らが生きていると確認できれば、心の何処かでホッとしている自分が居る。
その安心感を得たいが為の行動だった。
「……」
今日も収穫らしい収穫は無し。
僕は車庫の隅にバイクを収めると、家の中に入り、着ていた薄手の上着を脱ぎ捨ててラフな格好に着替えた。
そのまま自室に上がり…エアコンを付けてベッドの上にダイブする。
「暑い……」
独り言が出る位に暑い。
霧の中の世界のことが頭から簡単に抜け落ちる程の暑さだ。
ベッドにダイブして数分。
僕は何もせずにうだっていたが、そんな僕の耳に携帯の着信音が聞こえてきた。
のそのそとベッドから降りて、机に置いた携帯を取ってみてみると、相手は慧のようだ。
「もしもし」
携帯を開いて電話に出る。
僕の気だるげな声を聞いた彼は少し笑っていた。
「彩希か?大丈夫じゃなさそうだな。暑さにでもやられてんだろ」
「あー…ご名答」
「熱中症に気を付けろよ?…って所で、今良いか?」
「うん」
彼は僕を気遣ってくれつつも、本題に入る。
僕はエアコンの温度を更に2度ほど下げて椅子に座った。
「見つけたぜ。中学校で見た奴」」
彼の言葉を聞いた僕は目を少し大きく開ける。
ほんの少し気怠さが無くなった。
「本当?」
「ああ。昼にラーメン屋行ってたんだけどよ、風来坊って」
「知ってる。慧の高校の近くだ」
「そこだ。そこでフラッと横の席に座って来たんだ。流石に名前は聞けなかったが…顔は間違いないぜ」
「ありがとう。後は一人か…ま、3分の2がちゃんと居ることだし、これまでもそうだったから気負う必要もないよね」
僕は何処かホッとした気持ちになりながらそう言うと、彼も同じような感覚に居るらしい。
少し気の抜けた、肩の荷が下りたような声色になっていた。
「そうだな…もういいんじゃないか?探さなくても」
「そうかも。なら、そろそろ僕達が取り込まれなくても済む手立てを探したいものだよね」
「ああ…いい加減なんとかしてやりたいが…」
「どうするか…ね」
僕はそう言って考え込む。
霧の中の世界…取り込まれて、そこで死を経た人間はちゃんと現実の世界では生きている。
全員を確認できたではないが…恐らくそうで間違いないのだろうという確信は得られた。
次の問題は…と言うか、これまでも探っていたもう一つの問題が最後に残ることになる。
霧の中に、どうすれば僕達は取り込まれなくなるのだろうか?という事…
霧の中での僕達は、手を掛けた殺人者でもあり、遺体を発見してきた観測者でもあった。
そして何より、彼と共に自分の本心に気が付いた場所でもある。
僕と彼は、心の何処かで"人を殺してみたい"という褒められたものではない衝動を抱えていた。
「最近は見る側ばっかだから、あんまりにならないけど…なぁ?」
「正直、神社で見かけた彼女が僕と同じ顔してなかったら、僕はちょっと危うかったかも」
僕達はそれをしっかりと自覚して自制しながらも…何処かでは抑えきれなくなってきているのだろうなという自覚があった。
間違っても現実でその自制心が外れるなどという事は無いだろう。
その分別は出来ている。
だが、殺しても現実に何も影響が無いと分かった霧の世界を知っている僕達は、その自制心が何時迄続けられるかなんて知ったことではない。
ストレートな物言いはしないけれど…
霧の中に取り込まれて、手に凶器を持っていれば…いや、持っていなくても、自ずとゴーサインを出してしまいそうな自分が居た。
「結局さ、葵も一博もあれから何も無いんでしょ?」
「俺の見れる範囲だとな。怪しいも何も無い」
「だよね…聞けるわけも無いしなぁ…」
「せめて僕達以外の誰かが同じ目に会っていればな」
「三人寄れば文殊の知恵って?同じようにあたふたするだけさ」
僕はそう言いながら窓の外を見る。
クーラーのおかげで大分過ごしやすくなった室内から見る外は、カンカンに照り付ける太陽が容赦なく注ぎ込んでくる灼熱地獄の様相を呈していた。
「さて、慧。ふと思い浮かんだことを言っていい?」
「ああ…全然」
僕はふと…本当に何気なく頭に思い浮かんだことを彼に言ってみる事にした。
「僕達が霧の中に取り込まれるのには何か切欠があると思うんだ」
僕は頭の中を整理しながら、ふとした思い付きを話し始める。
正解だとは思わないが…それでも正解に近いのでは無いかと思えた内容を…
「考えたくは無いけれど、僕は葵と一博はまだ白だと思ってない」
「ほう?」
「理由は2つ…薬大海岸の1件と神社の1件だ。彼らは僕達がそこに居るのを知っていた。前者はまぁ、その場に居たんだけど、神社の時だって慧が誘ってるわけだし、そこに居るって知ってたことになるよね?」
「ああ…そうなるが」
「葵たちと遊んだのはそれ以外にもあるけれど、何かしら特別な事が絡んだのはあの2回だけだよね。どっちも祭りっていうのが絡んでる」
「そこを狙って俺等を巻き込んだってか?」
「そう…その時を狙って巻き込んだ…まだ理由としては弱いけれど、取っ掛かりとしてはどうだろう?」
僕は彼に意見を求める。
自分でも、徐々に追い込まれて追い込まれて…余裕が無くなった状態での勘だから、変な方向で考えてしまっているのではないかと思ってはいた。
だけど、考えれば考え込む程、彼らの影が頭をチラつく。
だから、当たらずしも遠からずだろうとも思っている。
そんな中途半端な僕の感情を慧は知らないだろうが、電話越しの彼は少し唸って考え込んでいる。
慧にも慧なりの考えがあるのだろう。
それを僕に言ってほしかったが…決して強制するつもりは無かった。
「……その2つじゃ当然、理由として弱いのは理解してるよな?」
「重々ね」
「それ以外の時はどう説明を付けるかは…考えてないよな」
「強いてあげるなら、殆どの場合で僕達に縁の深い場所…位かな」
「例外はあれど…か」
「そう。ひょっとすれば、彼らにとっては全部が馴染み深い場所なのかも知れないけれど」
僕がそう言うと、慧は少しの間言葉を発してこなかった。
そこから数秒間は互いに何も言わず、静寂が包み込んでいた。
「疑いたくないって思って、変に足掻いてもぐちゃぐちゃになってくだけだな」
静寂を破ったのは慧の方。
僕は彼が次に何を言うかを待っていた。
「ちょっとハッキリさせてみようぜ」
「ハッキリさせる?」
「ああ、何かが起きそうな場所に4人で行って、その後で霧の中に取り込まれるかを確かめるんだ。巻き込まれれば、きっとそれは偶々じゃない」
僕は彼の提案を聞いて少し呆気に取られたような表情を浮かべていたが、直ぐに表情を消す。
「場所に心当たりでもあるの?」
彼の提案に異論は一つも無かった。
何より、今は黙って巻き込まれ続けるよりも…何か行動を起こしたかったのだ。
「一つあると言ったら?」
「慧の勘に賭けてみる」
「良いのか?山カンも良いところだぜ?」
「慧の勘は少し計算づくだからね。それに今は否定してもしょうがないじゃないか」
「じゃ、オールインってことで」
そう言うと、彼は電話越しに笑ったのが分かった。
僕もつられて口元に笑みを浮かべる。
「ちょっと準備に時間をくれ。あと…夜は開けとけよ?」
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