第2話 放課後×女子高生

あっという間に放課後。

待ってくれ、まだ心の準備が出来てないんだ。

せめて明日の放課後に、来週に、一か月後に……

と予定を無限遠まで伸ばしても心の準備が出来る気が全くしない。

ならいっそ今日がいいかもしれない。

無理やりに自分を納得させて、させて、どうしよう。

教室はがやがやとしていて、この状況で声をかけに行くのは恥ずかしい。

しかも、誰か2人と話してるみたいだ。

いつもはいち早く帰っていく私は、この放課後特有の雰囲気に慣れていない。

ばつが悪くなって、もう帰ろうとした時だった。


「今日は春香さんと予定があるから」


このがやついた教室の中でもはっきりと聞こえてきた。

なんで自分の名前というのはやけに真っすぐ耳に入ってくるのだろうか。

私はふらふらと引き寄せられるように高野さんの横に歩いて行った。

何を言っていいのかわからず、軽く裾を引っ張ってみる。

それに気づいたようでこちらを少し見て、前を向く。


「こちら、西野春香さん」


小さくなっている私に視線が集まるのがわかった。

悪意のないものだとしても怖いという感触は拭えない。

それからすぐ、彼女たちは何かを感じ取ったようで、

「よろしく」と言った後「また話そうね」と言ってその場を去っていった。


「ごめんね。こういうの嫌だったよね」


「嫌、ではないけど。 あんまり得意じゃない」


「ごめん、これからは気を付けるね」


なんだか私が拗ねてて、それをあやされてる感じがして少し恥ずかしい。


「じゃあ行きましょうか」

と高野さんが言って、私たちは教室を出る。

すでに生徒の数は少なくなっていて、運動部の声と沈みがちな夕日。

いつもなら何も感じないすべてが、今日は特別に思えた。

放課後に女子高生が2人。

それだけで何か新しい物語が始まりそうな気さえする。

それはそうと、少し気になっていたことを聞いておく。


「その髪って染めてるの?」

茶色がかった髪は一見染めてるように見える。


「染めてないよ。 よく言われるんだけどね。何、染めてみたいの?」


「いや、そうでもないかな」


「確かに春香にはあんまり似合わないかもね」


確かに私に明るい髪は似合いそうにない。

黒い短めの髪があっているような気がする。

変化が怖い臆病者の自己暗示かもしれないけど、今はこのままでいい。

さらっと名前で呼ばれたことも気にしなくていい。

でもちょっとだけ仕返しをしたくなって、今付けたあだ名で呼んでみる。


「みふは似合ってるよね、その髪」


「え、なんていった?」


「髪似合ってるねって言った」


「私のことなんて呼んだ?」


「……みふ」


「何その取って付けたような呼び名は」

と言って、まるで友達に見せるような笑顔で笑った。

一方私は浅はかないたずらごころを叱りつけるのに必死で、とてもじゃないけど笑えなかった。

多分今の私は、長年想ってた初恋の相手を放課後に呼び出して、積年の思いを伝えているいじらしい少女のような顔をしている。

無論、自画自賛をしているわけではないが。

まぁ、有体に言ってしまえば「死ぬほど恥ずかしい」ってことだ。


私が勝手に恥ずかしがっている間に駅前の本屋に到着した。

入ってすぐにでかでかとあの本が並んでいる。

私はここまでの会話で半ば確信しながら質問を飛ばす。


「小説、ほんとに読んでる?」


「たまに……」


「具体的には?」


「一生に一度ぐらい」


やっぱり。そうだと思った。

全く本を読みそうなタイプではないのだ。

そもそも本屋に来る女子高生なんてほとんどいないし、よく来ているなら一度くらい顔を見かけてもいいはずだ。

私はさっきの仕返しと言わんばかりに責め立てる。


「なんでそんな嘘ついたの」


「なんでだと思う?」


そりゃあ私が本を読んでいたからで、私に声をかけるために話題を振るために……

そこまで考えたところで急に恥ずかしくなって言葉が出なくなってしまう。

もう!なんで私ばっかりどぎまぎさせられなくちゃならないんだ。

みふは、にやにやとした顔でこっちを覗いてくる。


「私に勝とうなんて1世紀早いよ」


「さいですか」


もう私は突っ込む気力もなくなって、力なく返事した。

しかしこのまま本屋にいてもなぁ、と思っているとタイミングよく言葉が飛んでくる。


「さて、これからどうしよっか」


「漫画とかなら読むの?」


「よなまいなー」


「じゃあ本当にどうするの」


「あそこにカフェがあるから入ろうよ」


なるほど、カフェね。いかにもおしゃれっぽい。

いつもこの駅を通っているけど気にしたこともなかった。

入ってみると意外と悪くない、ほっとする感じだ。

それは今日少し疲れてるせいなのか、店内のよくわからないBGMのせいなのか、はたまた目の前に座っている誰かさんのせいなのか

判然としないけど、今日はそれでいい。

私は鞄を下ろして向き直った。

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