第26話「舐められたままじゃあ格好つかないでしょ」
そして土曜日。
市立睡蓮高校剣道部は、交流試合の会場にやってきた。
一度、高校に集合してから来たのだけれど、全員顔が強張っている。緊張しているのだろう。かくいう俺もどこかぎこちなかった。
鈴木と将野先生が先に入って、打ち合わせや俺たちの休憩場を作っている間、俺たちは外で待たされていた。まだ会場はできていないらしい。
会場は市民体育館で、なかなか大きな建物だった。まだ中を見ていないが、剣道の大会でも使われていることを俺は知っていた――出られなかった中学の大会の会場がここだったからだ。
三村さんが狙って選んだのかは定かではないが、どこか因縁を感じてしまう。俺の勝手な考えだけど、あのとき出られなかった後悔を少しでも払拭できそうな気がした。それに鷲尾と戦うのに相応しいとも思った。
「意外と観客とかいるんだな。見ろよ、俺らと同年代の奴らも来ているぜ」
飛田先輩の言うとおりだった。どこから噂を聞きつけたのかは分からないけど、先ほどから高校生が出入りしている。大人数ではなく、二人か三人が固まって中に入っていて、彼らはおそらく見学ではなく偵察で来たのだろう。
「どうして人が見に来るんですか?」
「そりゃあ、俺たちの試合を見に来たんだろう?」
金井の疑問に香田先輩は気楽そうに答えた。
それを角谷先輩が「違うな」と否定する。
「俺たちじゃない。黄桜高校と双葉工業の試合を見に来たんだよ」
「けっ。俺たちは当て馬ってわけかよ」
飛田先輩が毒づくと「まあそうとも言えるなあ」と後ろから声がした。
振り返ると、男子高校生たちがいた。全員、白がベースで黒のストライプの入っているジャージ。全員、髪は短かった。彼らの先頭にいる、角谷先輩と同じくらいの背丈の高校生が「あんたら、市立睡蓮高校だろう?」と話しかけてきた。
「ああ、そうだ。部長の角谷という。お前は?」
「俺は双葉工業三年生の藤田だ。今日は世話になるな」
藤田はにやにや笑いながら「あんたらのおかげで黄桜高校と戦えるなあ」と言う。
その笑みはなんだか嫌な感じがした。こっちを見下しているような……
「ま、あんたらと戦うレギュラーは俺だけだけどな」
「……どういうことだ?」
「俺たちが全力を出すのは黄桜高校だけだ。あんたらには一年生の相手でも十分なくらいだぜ」
挑発ではない。こちらを明らかに舐めきっている。
飛田先輩が一歩前に出ようとするのを角谷先輩が制する。
「そいつは酷く舐められたもんだな」
「まあな。格下の高校に相応しいだろ?」
他の部員もくすくす笑っている。
嫌な奴らだ。本音を言えば今すぐ叩きのめしたいのだが……
「今までの睡蓮高校だと思ってもらっちゃあ困るな」
「はあ? 何言ってんだ?」
「俺たちは――強い」
角谷先輩が藤田に向かって見得を切った。
困惑する双葉工業の面々に対して、はっきりと言ってくれた。
「レギュラーがお前だけなら、案外あっさりと勝っちまうかもな」
「……訳分からねえ。緊張で頭おかしくなったのか?」
すると香田先輩が「藤田先輩だけレギュラーなんですよね?」と問いかけた。
急に訊かれたものだから、藤田はほとんど反射的に「そうだ」と答えた。
「じゃあ藤田先輩、大変ですね」
「……何が大変なんだ?」
「もしも俺たちに負けたりしたら……責任取らされちゃいますね」
藤田はきょとんとして「責任?」と繰り返した。
香田先輩は「だってそうじゃないですか」と笑った。
「勝ち抜き戦で藤田先輩がいるのに、格下の弱小校に負けたりしたら……立場無くなりますよね?」
「…………」
「最悪、レギュラー外されたりするかも」
双葉工業は強豪校だ。レギュラー争いは激しいだろう。苦労して取ったレギュラーを、試合で負けたら失うと思うのは、相当な重圧だろう。
それに気づいた藤田は顔を真っ赤にして「そ、そんなことあるか!」と余裕なく怒鳴った。
「あんたらなんかに負けるわけねえだろ!」
「そうですねえ。でも万が一ということもありますから」
しれっと香田先輩が言ったときに会場から鈴木が出てきて「準備できましたよ」と呼んでくれた。
「もう入って練習していいらしいですよ」
「……分かった。行こう、みんな」
角谷先輩の言葉に従って俺たちは会場に向かう。
双葉工業の藤田は何も言えなくなってしまった。
市民体育館に入ると飛田先輩が香田先輩に「よくやった!」と背中を叩いた。
「お前、相変わらず口が上手いなあ! これであいつ、かなりプレッシャー感じるはずだ!」
「へへへ。そうですね」
香田先輩は不敵に笑った。
俺は香田先輩を見直した。この人はなんだかんだ言いながら、一度も稽古を休んだこともなかった。
香田先輩は「俺だって睡蓮高校剣道部の部員なんですよ」と言う。
「舐められたままじゃあ格好つかないでしょ」
◆◇◆◇
市民体育館には二階席があり、そこに観客が座って観戦できるようになっていた。
その観客の中には板崎さんがいた。俺と目が合ったとき、軽く会釈をしてくれた。見に来てくれているのは嬉しかった。
胴着に着替えて試合の前の最後の練習をする。
先ほどの緊張はどこかに消えたみたいな動きを全員がしている。
双葉工業とのやりとりで気合が入ったのだろう。
「高橋先輩、久しぶり!」
それが一段落した頃、面を外した俺に鷲尾の妹、ゆかりが挨拶に来てくれた。隣には久美子もいる。
「おお、ゆかり。久しぶりだな。やっぱり見に来てくれたのか」
「当たり前だよ。お兄ちゃんとの試合、楽しみにしてたんだから……ううん、ちょっと心配もしているのが正直な気持ちかな」
「心配? どういうことだ――」
ゆかりに詳しく訊こうとしたとき、飛田先輩と香田先輩がこっちにやって来た。
香田先輩は「なんだお前。モテるんだな」と感心していた。
飛田先輩は「試合の前だぞ?」と呆れていた。
「そんなんじゃないですよ。ゆかり――この子は鷲尾の妹で、そっちの久美子は鈴木の妹です」
「鷲尾って例のあいつか。よく分からんが応援してくれるのか?」
飛田先輩の問いにゆかりは「はい。応援します」と答えた。
香田先輩が「兄貴の応援しなくていいのか?」と何気なく問う。
「大丈夫です。私、高橋先輩の応援がしたいんですから」
「好きなの? 高橋のこと」
「はい好き――って、え、あ、その……」
あたふたするゆかり。
俺は目を丸くして何も言えなかった。
「……憎しみって感情、初めて生まれましたよ」
「馬鹿なこと言ってないで行くぞ。集合の時間だ。ほれ、高橋も固まるな」
俺はドキマギしながら「じゃあ、行ってくる」と顔を真っ赤にしているゆかりに告げた。
久美子が「楽しくなってきたわ」と呟いたが、聞かなかったことにする。
角谷先輩のところに行くと「顔が赤いな。どうかしたのか?」と指摘された。
俺は「なんでもありません」と香田先輩の視線を感じながら答えた。
「そうか。無理するなよ……いや、お前にとって大事な試合だもんな」
「角谷。そんなんじゃねえよ。いいから話続けてくれ」
飛田先輩が促すと「まず初戦は双葉工業とだ」と言う。
「順番は香田、飛田、高橋、金井、そして俺だ」
「決めたとおりだな。それで、藤田って奴は大将か?」
「いや、中堅だ。そりゃぎりぎりで勝つより二人残して勝ったほうが見栄えは良いよな」
角谷先輩は「本来ならこういうこと言わないほうがいいと思うが」と言う。
「絶対に勝とう。あの藤田に一泡吹かせてやろうぜ」
俺たちは全員「応!」と声を揃えた。
事情が分からない鈴木だったが「みんな、気合入っていますね!」と笑った。
「どういうわけか、みんなの緊張解れているし。これなら勝てそうですよ!」
気合の入った俺たちは試合場へと向かう。
双葉工業より一足早く整列して、主導権を取るのだ。
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