襲撃された街

 唐突な揺れは、研究所をも襲っていた。


「……地震、いや、月震か?」


 揺れを何とかやり過ごした千明は部屋を出て、夫妻に合流するも、


「博士、何があったんですか?」

「分からない。この規模の揺れは今までなかったはずだけど」


 事態を確認するべく、三人は研究所中央へと移動する。

 この部屋には、研究所周辺の状況をリアルタイムでモニタしている端末が存在していた。

 ヒューゴは部屋に入り、モニタを見た途端に血相を変え、


「これはっ⁉ モントサフィール各所で、千明と出会ったときの異常現象が起きている⁉」

「そんなっ」

「なんですって⁉」


 震えるヒューゴが口にした言葉に、千明とルチルは衝撃を受けた。

 研究所の所在都市であり、ニュクス・セレーネの都市の一つ、モントサフィール。

 今、そこには――


「――学園には、キリアがいるっ!」


 ヒューゴとルチルが、揃って通信機でキリアへと連絡を取ろうとした瞬間、

〖父さん、母さん!〗


 向こうから連絡が来た。


「キリアっ! 良かった、無事なのね⁉」

〖うん、私は大丈夫! でも――〗


 ルチルの安堵する声に、しかしキリアは依然切羽詰まった様子で、


〖――アルティが、部屋に忘れ物を取りに行ったきり戻ってきてないの!〗

「そんなっ、あの子が⁉」


 口を押さえて悲鳴を上げるルチル。

 そんな彼女に応えるかのように、通信機から先程とは別の音が鳴り響き、


「……不味い事態かもしれない。アルティからの救難信号だ」


 ヒューゴが苦虫を噛み潰した表情で呻いた。

 固く握られた拳は常以上に白くなり、微かに震えていた。

 先日顔を合わせた、もの悲しい表情を浮かべた可憐な少女。

 そのアルティが、危険に晒されている。

 一刻を争う事態だ。


「博士、ルチルさん、ともかく街に行きましょう!!」


 はっとした2人は千明へと顔を向け、


「……ごめん。冷静じゃなかった。急ごう!!」


 3人は揃って車庫へと駆け出したのだった。



§



 研究所を出てしばし。

 ファルスマイアー家保有のホバービークルを運転した千明は、街中を疾走する。

 浮遊機関を有す車体は振動も少なく、慣れない千明の運転でも支障を感じさせない。

 並び立つ月光樹のお陰で道に迷う心配もなかった。

 助手席のヒューゴは情報収集、後部座席のルチルはアルティへの連絡を試みている。

 途中ですれ違う幾台ものビークルや、避難施設へと駆けだす人々。

 嫌な緊張の中、千明たちはそのまま進み続け、


「……一体何が起きているんだ」


 ヒューゴたちの表情は一層険しいものとなる。

 ニュクス・セレーネの建築物は、資源の関係で石造のものが一般的だ。

 霊奏術や霊奏機関による建築技術で整えられた街並みは、先日の千明を圧倒していた。

 だが、今現在のモントサフィールは照明が疎らに照らすのみ。

 明らかな異常事態だ。


「……なんて、ことだ」

「ああ、そんな……」


 呟くヒューゴたちは街の惨状に手を止めて茫然とし、代わりと千明は車体を加速。

 大勢の人々やホバービークルが行きかっていた通りは、瓦礫に埋もれている。

 立ち並ぶ建造物は至る所がひび割れ、球状に刳り貫かれ、今にも崩壊しそうな有様だ。

 馴染み切っていない千明には、街に住んでいる2人の心境は計り知れない。

 瓦礫の下敷きとなり倒れ伏す人々。

 そして、その血肉を食らっているのは――


「……あれは、マガツキなのか? あんな個体僕は知らない。ルチルはどうだい?」

「いいえ、私も初めて見るわ」


 モントサフィールの街を彷徨う、黒い体色に青く光る瞳を持つ異形。

 しかしその姿は、マガツキと酷似したものである。

 そもそも街には結界が敷かれ、マガツキは侵入できない。

 事実、今までそのような事件は一度も起きたことが無かったらしい――今までは。


「――博士、運転をお願いしますっ!!」

「千明、何をっ⁉」


 ヒューゴの制止を振り切り、千明が運転席のドアを開放した。

 運転手を失ったビークルが緩やかに減速する。

 車の屋根に手をかけて倒立の要領で身を躍らせ、車上に設置された銀盾の上に着地。

 すぐさま頭部に内蔵されている通信機を起動し、


「流石に見過ごせません。オレが上から迎撃します」

〖――わかった。荒っぽく行くから振り落とされないように気をつけてくれ〗

「やっちゃってください!!」


 直後、ビークルが一気に加速し、街中を駆け抜ける。

 片膝をついた千明は、両手を左右に翳し、


「ラスター、レイド」


 足場のアダマスティアからスリットが展開。

 射出された双銃剣が千明の手に収まった。

 そのまま正面に視線を移し、敵を睨みつける。

 狼の体躯にガーゴイルの頭部と翼を持つ獣。

 蟹のハサミのような四肢を持つ、4足歩行のゴーレム。

 進路に立ちふさがる2体の敵に、照準。

 いずれも人より幾分か大きな個体だ。

 恐らく生身で対峙した場合、恐怖で動けなかっただろう。

 だが、今の千明にその制約はない。

 あるのは人々の日常を脅かす脅威への――純粋な、怒り。


「さぁ、かかってこいっ!!」


 初陣の己を鼓舞するように、千明が咆哮する。

 迫る黒い影へ向けて躊躇なくトリガーを引き、銃声。

 内部ジェネレーターで生成された白い霊弾が異形の翼を貫き、次弾で頭部が吹き飛ぶ。

 幾条も走る閃光が容赦なく弾雨を浴びせ、直撃を受けた敵が塵芥と崩れ去る。

 漂う粒子を突き破り、一行を乗せたホバービークルがさらに加速。


「流石博士、いい武器ですっ!」

〖まさかいきなり役立つとはね。その調子で頼むよ、千明〗

「了解っ!」


 言葉とともに、車体がドリフトじみた軌道で左に滑る。

 次なる異形6体を正面に捉え、千明が立て続けにトリガーを引いた。

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