第2章  藍月都市編②

新装備

 翌々日の休み明け、キリアが慌てて学園へと登校してゆく。

 世間一般の休日だった昨日は、しかし少女に恩恵をもたらさなかった。

 迷惑行為の罰として、外出禁止と研究施設を含む家の清掃を言い渡されていたのだ。

 正直、監視役に任命された千明にとってもいい迷惑だった。

 連日の折檻が効いているのか、キリアの眼下には薄っすらとした隈が残っている。

 だが、少女が「ちこく~!!」と叫び、家を飛び出すのは平常運転。

 呆れを含んだ視線で見送った千明とヒューゴは、研究所の〈工作室〉へと移動する。

 千明が初めて立ち入る部屋だ。

 見たことのない工具や、ロボットアームを備え付けた作業台。

 診察室とはおもむきの違った煩雑さである。

 そして、その中央に鎮座するのが、


「これが、その装備ですか……」

「うん、名付けて〈アダマスティア〉。君の要望に合わせて設計してみた。個人的にもなかなかいい出来になっていると思うよ」


 パッと見た目は、角を補強されたガンケースといったところか。

 各部からは持ち手と思わしきハンドルが幾つか突き出ている。

 表面を覆うのは、千明の銀鎧同様にミスリルの装甲。

 全高2メルナ、全幅0.8メルナ、厚さ0.6メルナのそれは、正に銀色の壁だった。

 千明は恐る恐る表面中央のハンドルに手をかけて、


「……まずは、持てますね」


 霊奏機関の体を持つ今の千明は、常人を凌駕する膂力を持っている。

 故に、こんな超重量兵装ですらも運用可能なのだ。

 取り回しを確認するように動かして、


「大丈夫そうです。次の試験をお願いします」

「……みたいだね。わかった、そうしよう」


 様子を見ていたヒューゴに応えつつ、千明は装備を手に部屋の空きスペースへと向かう。

 ちらりと振り返った先、ヒューゴが頷いて測定機器を起動。

 それを確認した千明は、ゆっくりとアダマスティアの表面に霊素をまとわせる。

 霊奏術を使用できない千明だが、リハビリの過程で霊素操作は習得済みだ。

 時間を置き、アダマスティアの表面に白い粒子が浮かび、波紋のように広がる。

 やがてアダマスティアの表面を完全に覆ったことを確認した2人は首肯して向き直り、


「さて、行くよ千明。まずは〈盾〉としての機能試験だ」

「大丈夫です」


 千明の返事を聞いたヒューゴは制御陣を展開し、


「――ファイアボルト」


 千明に向けて小さな火矢を飛ばした。

 それはアダマスティアの表面に衝突する間際、白い霊素によって散らされ、消滅する。

 以降も幾度か属性や威力を変えて試すも、結果は同様。

 ある程度の攻撃であれば完全に打ち消すことを実証できた。


「……うん、今のところはいい感じだね」


「はい。衝撃もなくて、当たっている実感が全然ないです」 


「今のところは必要スペックを満たしているみたいだね。じゃあこのまま残りの機能も試してしまおう。君からの依頼通り、音声認証で動作するように設定してあるよ」

「了解です!」


 ヒューゴに促され、千明はアダマスティアを床に立てて数歩程距離を開け、


「ラスター、レイド」


 直後、銀盾にスリットが展開し、そこから2つの物体が射出された。

 千明はそれらを掴み取り、自身の前に翳す。

 自動拳銃に似た矩形バレルから、フリントロック式拳銃じみた細いグリップが伸びる。

 接続された半円形のアームガードと、その先端から伸びた厚みある片刃の短剣。

 第2兵装〈ラスター〉、第3兵装〈レイド〉。

 それらは銃撃と剣撃双方に対応した、1対の銃剣ブラスターブレイドだ。


「どうかな、気になる点があれば遠慮なく言ってくれていいよ」

「……いえ、凄くオレ好みのデザインです」


 ヒューゴに応えた千明は双銃剣を構え、軽く素振りする。

 最初こそ剣の差異に戸惑ったものの、その動きは少しずつ滑らかになってゆく。

 ある程度様になってきた頃、ヒューゴが、


「次は刀身の方に霊素を通してみてくれるかい」


 指示された千明は刀身に霊素を這わせるべく、精神を集中。

 徐々に放たれる白い光が短剣先端部に収束し、長剣ほど刀身と化す。

 両の剣がその場で5度瞬き、白刃が弧を描いた。


「おお……。これはこれで魔術っぽい」


 自身の起こした現象に、感動する千明。

 横でデータを取っていたヒューゴは鷹揚に頷き、


「使い方は大丈夫みたいだね。他の試験は……〈実験室〉に移動してから試そうか」

「わかりました」


 千明はアダマスティアへと双銃剣を戻し、実験室へ足を向ける。

 以前、千明とキリアの模擬戦が繰り広げられた部屋だ。

 試作機器稼働実験のための空間は、金属の床壁で補強され、術式で強度を高めている。

 千明はヒューゴの指示に従って部屋の中で次々と装備を展開し、使用感を確認してゆく。

 一通りの装備の動作確認が終わった頃、実験室にルチルがやってきた。


「ヒューゴ、昼食の用意ができたわよ」

「ありがとうルチル。千明、僕は休憩に入るけど」

「オレはこの部屋で装備の確認をしています」


 分かり切った千明の返答に苦笑したヒューゴは、ルチルと連れ立って部屋を後にする。

 1人残された千明は、いきいきと装備の試験を続けるのだった。

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