エピローグ
「トンボの翅みたいなリボンですねって、それ、褒めているおつもり?」
「シャーロット様、カメレオンは誉め言葉ではございません!」
「ちょっと本の読みすぎで視力がおかしいんじゃない? 一度お医者様に診て頂いたほうがいいかもしれないわよ」
「それについては、わたくしも同感です」
「………」
シャーロットはクッキーを咀嚼しながら、意気投合してシャーロットを責め立ててくる目の前の二人を恨めし気に見やった。
シャーロットの教育係に収まったカミラ夫人と女官長は、なぜか意気投合して、シャーロットの社交性とセンスのなさについてだめだししてくる。
口に入れたクッキーは最近お気に入りのアーモンドがふんだんに入ったものだったが、どうしてだろう、全然味がしない。
「あなた、本をたくさん読むんでしょう? その中に素敵な比喩表現はなかったの? 誰が美しさを虫や爬虫類に例えているの。というか、どうしてこのリボンがトンボの翅に見えるのよ?」
カミラ夫人がひらひらと目の前でリボンを振る。
(……その透け感とか、トンボの翅じゃなかったら何なのよ)
もちろん、思っていても口には出さない。女官長一人だけでも怖かったのに、二人がかりで責められては太刀打ちできるはずもない。一言言い返せば何倍にもなって戻ってくるのだ。ぐうの音も出ないとはこのことである。
シャーロットはぐったりとソファの背もたれに寄りかかった。すかさず「姿勢が悪い!」と二人から叱責が飛ぶ。
(もうやだぁ、この二人……)
何かあったらいつでも相談してちょうだいね、と第三妃に言われていたから、シャーロットはすぐに相談をしに行ったが、第三妃は「あらあら、がんばってね」と微笑むだけで助けてくれなかった。嘘つき!
そして何より腹立たしいのは、自分への一難が去って、人ごとのように笑っているアレックスである。
閨の教育がなくなって自分の部屋での生活に戻ったくせに、暇さえあればシャーロットの部屋に来ては女官長とカミラ夫人に攻められる彼女を見て楽しんで知るのだ。
筋トレの道具たちは部屋から回収させたが、ただ一つ、懸垂用の棒だけはまだ天井からつるされたままで、シャーロットは忌々しくて仕方がない。あれで懸垂できないように、今度ドレスでもぶら下げておいてやろうか。
「さあ、次はわたくしのドレスを褒めてみてちょうだい」
どうして貴婦人方はドレスや宝飾品や髪形を褒めあうのが楽しいのだろう?
シャーロットはすぐそばで肩を揺らして笑っているアレックスを一睨みして、口を開いた。
「ザリガニに青魚を食べさせ続けると青く変色するのですが、その青い色にそっくりな――」
「どこにドレスをザリガニに例える人がいますか――ー!」
すかさず飛んできた女官長の一喝に、シャーロットはうへっと首をすくめる。
だって、カントリーハウスで飼っていたザリガニの色にそっくりだったんだもの、何が悪いのよ――。心の中で悪態をつきつつ、とうとう声を上げて笑い出したアレックスの足を思いっきり蹴飛ばした。
「いい加減、出ていきなさいよこの筋肉バカのアホ王子―――!」
もちろんそのあと、女官長とカミラ夫人の二人から叱責されて、シャーロットは不貞腐れる。
王妃教育がこんなに大変だなんて聞いてない。
シャーロットはこの先を思って、泣きたくなった。
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