火祭り




 忽然と姿を消した時。

 まあいいかと最初は思ったそうだ。

 思わぬ拾いものだけれど、固執するほどのものではない。

 残念だとは思う。遊ぶ機会が減って残念だ。

 ただそれだけ。遊ぶ機会はまた作ればいい。よって、捜す必要はない。

 今回は縁がなかったのだと見切りをつけたはずだ。なのに。どうした事でしょう。

 ふくふくして、ぼさぼさして、さらさらして、ほそほそしているあの子が頭から離れない。




 気付けば走り出していた。

 もう会えないかもしれないのだ。あの愛らしい子には。だから。




「おにいさまにくっついていれば会えるでしょう」

「めろめろ対象が増えたわけな」

「言っておくけど、寿の代わりじゃないから。寿は寿。いとちゃんはいとちゃん」

「はいはい」


 面倒だなあと思いつつ、一本でも縁が多い方がいいかと追い払いはしなかった尚斗。馬型自転車(普通の自転車より速く走れるけれど、降りた時に体力がごっそり減っているよ)のペダルをせっせと漕ぎながら、ぴったりくっついてくる糸遊を恨めし気に見た。自分でペダルを漕がずに、護衛役にまかせっきりなのだ。


「俺も任せたいなあ」

「若は体力をつけた方がよろしいですから」

「今じゃなくてもいいよーな気がするんですけどねえ」


 尚斗は恨めしげな眼を銀哉に向けた。同じくぴったりくっついてくる銀哉は爽やかに笑った。


「つーか。何で自転車?鶴式小型飛行機(二酸化炭素が動力源の小型飛行機だよ)か、犬型自動車(太陽光、水、広告紙。いずれかの動力源を気紛れで請求してくるよ)だろうここは」

「若は体力をつけた方がよろしいですから」

「………」


 もう何を言ってもこの答えしか帰って来ない気がする尚斗は閉口して前を見た。

 連絡が取れた寿と竹蔵はすでに姿が見えないほど先を進んでいた。


(流石は忍び。そして俺は忍びでもなければ体力もそんなにないおっさんに近いお兄さん)


 おかしいなあれおかしいな。馬型自転車に乗っている間は疲労なんてこれっっっぽっちも感じないんじゃなかったっけ。おかしいなあれおかしいな何で俺の呼吸はこんなに荒いの足がこんなに重たいのおかしいなあれおかしいな。


「これまで甘やかし過ぎましたね。今からビシバシ鍛え上げなければいけません」

「おにいさまは本当に軟弱ね」

「もっと優しい言葉をくれよ」


 これっきりもうこれっきりですからと言わんばかりに、ペダルを漕ぎ続ける尚斗に合わせていた速度を少し落として、銀哉と糸遊は顔を見合わせた。糸遊は銀哉に掌を向けた。銀哉は小さく頷いた。


「整えられたこの道をあと小一時間ほど、ひたすら進めばいいのですから楽勝ですよね」

「い、一時間も。休憩は?」

「一時間ですよ。休憩なんて不要です」

「忍び感覚で言うんじゃないよ」

「弱音を言っても足は動かし続けているんですから。若は本当にお優しいですね」

「………待機しとけばよかった」


 日付盗賊改の三人組は旅館で待機するようと伝えてあったが、自分もそうしておけばよかった。後悔しつつ、尚斗は上半身を前に倒して、ひたすらにペダルを漕ぎ続けるのであった。











「竹蔵」

「なーに?」

「先に行きたいです」

「ええ、いいわよ」


 竹蔵は寿が無事にその場を走り去ったのを確認してのち、馬型自転車に乗ったまま突っ込んだ。前方で佇む相手に。

 永久に一番手であり続ける忍びに。


「すぐに追いつくから」

「すぐは無理だな」


 馬型自転車を片手で押さえるばかりか竹蔵を乗せたまま持ち上げた一番手の忍びは、不遜な笑みを浮かべた。











(2023.2.22)


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