野遊び
「いつまでだんまりを決め込んでいるんですかね。さっさと違いますって言えば、すぐに解放しますよ。あんた、幻灰じゃないし」
「………」
「どうしたもんですかね。一応こっちにも立場ってもんがあるんですけど」
「滝」
やれやれと、やおら頭を振った滝が正面にある机の上で、億劫そうに書類を記しているのを後ろから見て、貴は米神を引き攣らせながら名を呼んだ。
その書類はどう見ても、
「何を勝手に解放許可証を書いてんだ?」
「貴さん。僕を疑ってんですか?」
「疑ってないが、それだけで解放すんのは不十分だろうが」
目を三角にする貴にも、滝はどこ吹く風である。唇を尖らせて、めんどいんですもんと答えた。
「娘さんは何も話してくれませんし。よっぽど僕たちに信用がないんでしょうね」
雷を落とそうと限界まで開いた口はしかし、一旦その形を保ったまま、あえなく閉じた。
確かに、と、思わないではなかったのだ。
ここまで頑なに無言を貫いている理由。
疚しい気持ちを持っているからか。
日付盗賊改を含む司法組織を信用していないからか。
もしかしたら、閑雲出身というだけで、あらぬ疑いをかけられてきた、の、かもしれない。
(だからと言って、俺たちをそこらへんの無能と十把一絡げされたんじゃ困るんだが)
困るんだが、俺たちは正真正銘正義のミカタです、なんて言ったところで、信用されるわけがない。それどころか、信用を完全に失くすかもしれない。
「私たちは正真正銘正義の味方だから、大丈夫だよ。否定をしてくれたら、すぐにここから出すし、もし、万が一にも、何かしでかしちゃったなーて思う事があるのなら、正直に話してもらえると嬉しいんだけどな」
(曇さんんんんん!?)
心なしか、絃の眼が死んだ魚のように見える。白眼を剥いちゃっているように見える。
キリッと、表情を凛々しくさせている曇は、紛れもなく本気で言っちゃってんだろう。
正義の味方なんて、心の底から言っちゃってんだろう。
(くそっ)
羨ましいなんて、思ってないんだからな。
滝の隣に座る曇の背中を睨む貴であったが、ふと、滝の生温い視線に気づいて、こほんと、小さく咳を打った。
冷静沈着それが俺。
「俺たちも暇じゃないんだよ。幻灰か否か。それだけ答えてくれりゃあいいから、さっさと言ってくれ」
「………」
ただし長続きしない導火線短い俺。
「仕方ねえ。今日は布団なしの冷たい床の上で寝てもらう事になるが構わねえな。任意同行つっても、拒否しなかった以上、こちらの規則にきちんと従ってもらう義務があるんでな」
「貴。絃さんは今は緊張しているだけだよ。私たちの接し方が悪かったんだ。早くここから出してあげたいばっかりに本題だけを問い詰めてしまった。申し訳なかった。よし、ここは一旦幻灰なんて忘れて、世間話に花を咲かせよう。実は私たち三人は花卉農業の出なんだよ」
後ろから羽交い絞めをする勢いで、貴は曇の口を片手で塞ぎ、片腕で胸の前に回して、そのままずるずると引きずってこの部屋を後にした。
「曇さんあんた何を考えてんだ?」
「だってあそこまで何も話してくれないなんて、日付盗賊改の沽券にかかわる大事件だよ。そもそも私たちの話をして緊張を解いて、そこから幻灰の話を持ち込むべきだったんだよ。私とした事が。失敗した」
「失敗したじゃねえ。あそこまで頑なに口を開かねえって事は、何か疚しい事があるんだろうよ。こうなりゃあ長期戦だ。ぜってえに口を割らすぞ」
「おやおやおや。穏やかじゃないね」
「「大番頭」」
白髪の角刈りに太い眉毛、さらしを巻く腹以外は季節を問わず上半身裸の大番頭、
「巡回ですか?」
曇が問えば、新五郎はいいやと返した。
「任意同行している娘さんに非礼を詫びる為に甘味でも奢ろうと思ってね」
「非礼とは、つまり幻灰が捕まったって事ですか?」
幻灰の疑いがあるので絃に任意同行を求め、拒否されたら受け入れる旨を番頭と大番頭に報告していたので、新五郎が絃に用があって来たのは別段驚くべき事ではないのだが、まさかの事態に目を瞠る曇に、眉根を寄せる貴。各々の反応を一瞥しながら、新五郎は肯定を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます