長閑

 こほんと、仕切り直しに咳払いをした銀哉は絃の事を尚斗に簡潔に話した。

 五分、かかるか、かからないかの時間内での話を聞き終えた尚斗は眉間に腕首を添えて、その間、開く事のなかった口を動かした。



「そこまで把握して捨て置いている理由は?」

「一つは日付盗賊改ひつけとうぞくあらための顔を立てる為ですかね」




 日付盗賊改とは、江戸時代の火付盗賊改を模倣としたその名の通り、盗賊だけを追い求める司法と警察を担っている役人である。




 では、火付盗賊改の簡単な説明をしよう。江戸時代。犯人を現場で切り殺す権利が制限されていた町奉行とは違い、火付盗賊改は犯人を惨殺する事に制限は課せられていなかったという。組織としての大きな違いもある。町奉行が役方と呼ばれる文官系なのに対し、火付盗賊改は番方と呼ばれる武官系のトップである先手組頭が任命された。先手組頭とは戦国時代の足軽大将の事で、戦の際には先鋒として敵陣に切り込む武将たちだ。江戸初期には戦国時代に武勇を馳せた家の子孫が任命されていたが、時代が下るにつれて低い身分の者で武勇に優れた人物が任命されるようになった。




 火付盗賊改の火は、江戸時代では盗賊が逃げる際に火を放っていた為に消火する役目も担っていた事もあって付けられていたが、防火対策もきちんと整備されているおかげか、この国での盗賊は逃げる際に放火は行っていない代わりか、実行に移すのが夜ではなくほぼほぼ真昼間が多いので、火から日に改め、彼らを取り締まり、また独自に処罰を与える権利を持つ役人は日付盗賊改と名乗る事にしたのだ。




「あの激震三莫迦組の顔を?」



 尚斗は苦い顔をした。



 本名を伊佐曇いさどん都司貴としたかし颯滝そうたきと名乗るこの三人は、幻灰の捕縛の任を負っている日付盗賊改である。三人共に美形も美形男性ぞろいなのだが、その容姿と腕を裏切って仕事ができない残念な、が頭に付く美形である。


 激震とはそれぞれが激甘、激辛、激塩な性格から尚斗が勝手に名付けたのだが、今や町民にも浸透していた。


 激甘こと曇は出陣する際には常にその季節の食用の赤い花を髪に一輪挿しており、犯人には何かどうしようもない事情があるのだろうと、その花と手持ちの金を渡して捕縛した犯人をその場で釈放する。激辛こと貴は、この三人組の頭脳的役割を担っている常に仏頂面の男なのだが、捕縛した犯人が一点でも反抗的行動を取ると即座に抜刀して、この刀の餌食になりたくなかったら云々と脅す。無論、殺したり痛めつけたりはしない。激塩こと滝は、やる気のない表情そのままに、犯人を追う事もせず、あまつさえ犯人と出くわしたとしても無視するが、極まれにやる気を出す。ただしその際にやる気を出す為の合図なのか何なのか、塩をばら撒く。




「はい。あの三人が任されているのでしたら、私たちは手出し無用ですよ」

「その他の理由は?」



 尚斗はあの莫迦たちの顔をねえと、納得していない事を再度伝えてから尋ねた。



「お金は戻ってきていますし、被害に遭っている方はi

ませんからね」

「性格を変えられてんだろ。被害じゃねえか?」

「さて。性格なんてものは変えようと思えば変えられるものですから」

「…まあ、いいけどよ。でも、そうか。絃はあの土地のもんか」

「隠されていませんから、すぐに分かりましたよ。犯人が分かったのは優秀な忍びのおかげですね。ただし、目的はさっぱりです。私は気にしませんが、若が指摘した性格もどうして豹変したのかも。しかし、上の方々は結構動揺しているみたいですよ。ああなったら嫌だーと」

「へえ、まあ。そうだろうなあ」

「独自に専門家を雇っている方々もいるそうですよ。まあ、真実に辿り着きはしませんでしょうけど」



 同意した尚斗はしかし、腕を組んで唸った。固定している視線の先には、みたらし団子を食べ終えて、別の甘味に手を伸ばすかどうか話し合っている寿と絃がいる。実に微笑ましい光景。



「そうか。うーん。しかし。なあ。困ったな。もし絃が関わっていたなら」

「寿が問答無用で捕縛して、直接奉行所に届けるでしょうね。あの三人組は信用していないみたいですし。何よりもあなたの為に」




『あなたに忠誠を誓います』




 刹那、昔の情景が脳裏に過る。



「……あー。うー……ん。よし。直接訊きに行くか」

「却下です」

「んだよ。いいだろ。別に。優秀なやつらがついてくんだろ」

「わざわざ火に向かって行く若を止めないわけにはいきません」

「じゃあ、一回止めたからいいだろ」

「……寿はどうしますか?」

「連れて行くわけないだろ。絃と仲良くお留守番だ」



 尚斗は立ち上がり腰に両の手を当てて、ぐいと背を伸ばし、顔だけ銀哉に向けた。



「んじゃあ、行くか」



 犯行予告文などを盛大にばら撒く、なんて事はないので、ひたすら張り付くしかないのだ。

 専門家が。

 動き始めたら知らせに来るので、尚斗は銀哉を連れて店に戻る事にした。






(幻灰が、大家さん、なあ)









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