文化祭編8-12
「佳奈、美和。俺は…」
劇の人物である佑真のまま告白の返事をしていいのか。
いや、駄目だ。決めただろう、僕の言葉で答えると。
そのためにバレる可能性がある素の自分に近い格好までしてきた。
「いや、神無、一ノ瀬さん。僕の言葉で答えるよ」
劇を完全に無視した僕の言葉に観客はざわつき、演者の神無と一ノ瀬さんですら驚いている。
「一ノ瀬さん、僕はあなたの仕事に対して真摯に取り組んでいる姿、誰よりも周りを見ているところを尊敬しているよ。でもそれは恋愛感情じゃない。だから僕は一ノ瀬さんの告白を受けることはできない」
一ノ瀬さんは少しの間、下を見ていたので表情はわからなかったが、顔を上げてこちらを見た時にはいつもと同じ表情をしていた。
「答えてくださってありがとうございます。伊澤さんと付き合えないのは残念ですけど、返事を貰えたのは嬉しいですよ。じゃあ私はもうここにはいる必要もないので失礼します」
一ノ瀬さんは気高く凛とした様子で、まるで何事もなかったかのように、ステージの袖にはけていった。
その姿に観客から拍手が降り注いだ。
だが、僕には観客に見えていないところで、涙を拭っている一ノ瀬さんが見えた。
僕が慰めることはできないし、本気の告白を断るというのはこういうことになることはわかっていた。
だから今までの他の女性からの告白と違い、一ノ瀬さんに返事をすることが躊躇われていた。
そこから少し言葉に詰まる時間が続いたが、覚悟が出来て神無の方を向いた。
神無の方を向くとサングラスをしているので表情は読み取れないがどこか不安そうに見えた。
「神無、僕は神無の優しいところ、ちょっと抜けているところ、そう思っていたら異常に鋭いところ、そんなところも含めて全部好きです。僕と付き合ってください」
自分の思っていたことを単に答えただけなので拙い返事になってしまった。でもこれが僕の飾らない本心だ。
神無は暫く、言葉が出ずに黙っていたが決心をしたかの様に呟いた。
「私もこれはいらない」
サングラスを外して神無は僕に抱きついてきた。最初に出会った時と同じように。
神無も佳奈としてではなく神無として答えてくれたのがわかった。
「優、好き」
「うん、ありがとう」
神無は無言で僕を見たと思ったら耳元
で一言呟いた。
「良いよ」
僕がやろうとして迷っていたことを神無はあっさり了承した。
良いよって言われてからするのは逆に恥ずかしい。
「本当に僕は格好つかないね」
「優は、ずっと格好良いよ」
それだけ言って神無は目を閉じて僕の方に顔を寄せた。
ぎゅっと両目を瞑る姿があまりにも可愛く、もう少しだけこの姿を見ていたいと思えるほどだった。
けれど気がつくと耐え切れずに、そっと、優しく触れるだけのキスを神無の唇に落とした。
その瞬間、歓声が体育館中に響き、ゆっくりと幕が閉まった。
幕が閉まった後も神無は僕に抱きついて離れようとしない。
「神無そろそろ離してもらってもいい?」
「もう少し」
「じゃあこのまま聞いて。神無、改めて神無の両親に挨拶に行っていいかな?」
「うん、お父さんも喜ぶ」
「うん。でも、神無のお父さんからしたら、訳がわからないと思うから付き合いましたとは言わないけどね。それに神音さんはもう僕達がちゃんと付き合ったことは多分知ってるしあまり行く意味はないけど筋は通したいからね」
「なんで、お母さんが知ってるの?」
「昨日、神音さんとあった時に目を見られちゃったから。あの時にはもう神無と付き合うって決めていたしって…痛っ」
神無の抱き締める力が急に強くなった。
「やっぱり家行くのやめる」
え、なんで?
「恥ずかしいから」
「そっか、じゃあ色々落ち着いてからにしよっか」
「うん、そうする」
それから数分間、神無はずっと抱きついて離してくれなかった。
体育館での演目は僕達の劇が最後だったから急いでステージから立ち去る必要はないけどそろそろ移動しないと。
「神無?そろそろ動かない?」
「優、私もする」
「え?」
一瞬何が起きたかわからなかったが気づいた時には神無に唇を奪われていた。
「神無!?」
僕が驚いていると神無が僕の顔を見てぼーっとしている。
「もう一回する」
「え?ちょっと待って」
何かのたがが外れたのか急に神無が積極的に僕に迫ってきた。
神無とじゃれついていると僕の視線の向こうに体育館のステージ横の放送室からでてきた雪さんと神崎さんがいた。
「本当に仲良いわね」
「犬も食わないくらいラブラブね」
雪さんと神崎さんが呆れたように僕達を見ている。
「神無、雪さんと神崎さんに見られてるから」
「構わない」
「神無!?」
とりあえず、劇で男の格好をしたがそれでもばれなかったし、神無と付き合うこともできたから良かった。
でもこれからはさらに大変なことになりそうな予感がした。
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