第30話 川上の山茶花/焚きを封じた落ち葉船に辿り着く






「ねえあなた、美影ちゃん元気かしら?」


 ああ、いやだ。


「ご飯をちゃんと食べているかしら?睡眠はちゃんと取っているかしら?」


 いやだいやだ。


「ねえあなた」


 いやだいやだいやだ。


「美影ちゃんを養子に迎えない?」


 俺だけを見てくれよ!











「せーんーぱーいー!」

「のえる」


 一人はケーキ職人、一人は畳屋。

 一緒に活動している二人がそれぞれ違う道を見つけてしまって、路上アイドル「野花」は解散してしまった。新しい人を入れて再スタートだと言ってくれたけど、辞退したいって言ったら、菜乃さんは分かったと言ってくれた。



 じゃあ大学を目指すのと尋ねられて、私は首を振った。

 路上アイドルをしている時に、見向きもされない日の方が多かったけど、足を止めてくれる人に応援された日もあった。足を止めてくれる人に頑張ろうって思えたと激励された日も確かにあった。

 とても嬉しかった。



 小さい頃から人を元気づけたいと思った。

 元気いっぱいの年齢まで、アイドルを続けたかった。

 元気いっぱいが無理になったら、和風の小料理店の女将的存在になりたかった。



 でも、今は夢を変えた。

 実は、高校の演劇を見た時から。

 美影先輩の演技を見た時から、少し心は動かされていた。

 幼い頃からの夢を叶えたくてアイドルの道に進んだけど、同じグループの子が違う道を見つけたの

は、きっと啓示だったんだと思って、すっぱり辞退した。




 心を動かされた方へも進んでみなさい。

 若い頃はいろいろ経験してみなさい。




 そう応援してくれた担任の長地ながじ先生におっとりと背中を押してもらって、私は今、美影先輩の在籍する劇団に入っている。学校は私には関係ない大学受験中なのでほとんど行ってなく、親戚の和食料理店でアルバイトをしているか、稽古をしているか、のどちらかだ。



 稽古と言っても、発声練習ばかり。口がおかしくなって、回らなくなる時もしばしば。

 でも、先輩方が厳しいけど優しいし、なにより、美影先輩がいるのだ。菜乃さんにしがみついてでも、ついていく気概は十分あった。



「美影先輩。私、今度の劇で踊る役をもらいました」



 個別稽古が終わり、同じく劇の稽古が終わった美影先輩に突撃して、腰に抱き着いたら、高校の時よりも背が高くなっていた事に気づいた。だって、腰の位置が高くなっている。足が長くなったんだ。外見も雰囲気もますますかっこよくなっていくなあ。



「お互い頑張ろうな」

「はい。先輩はゆっくりゆっくり生活する役ですよね」



 今回は登場人物に名前は与えられていなくて、役割だけの無言劇。

 題名は「やのくのめ」。

 十二月二十日から二十五日までの公演。

 つまりは約一か月後に舞台に立つわけだ。

 無縁だと思っていたけど、舞台は独特の雰囲気があるし、先輩たちの迫力はすごいしで、緊張している。失敗しないかすごく不安だけれど、持ち前のポジティブシンキングで乗り越えてやる。


 

「太郎先輩はしゃかしゃか動く人ですよね。しゃべらないと風景に埋没しているんですから、気迫をもっと出してくださいよ」



 美影先輩の斜め後ろに立っていた太郎先輩に話しかけると、微笑を返された。



「助言感謝するよ、のえる」

「いえいえ、どういたしまして」

「今回は全員きっちりかっちりの和着物で、いろいろ大変だけど頑張ろうな」

「はい」



 力いっぱい返事をすると、太郎先輩は手をひらひらと振って行ってしまった。

 きっと疲れてたんだ。



「美影先輩も疲れてますよね。すみません」

「元気なのえるを見ていたら、力が湧いてきたから大丈夫だ」



 身震いがして、次には満面の笑みが浮かんでしまった。



「先輩。私、いつか先輩の相棒みたいな役をゲットします。絶対。今の私の夢です!」

「じゃあ、俺も。頑張らないとな」

「頑張り過ぎないでくださいね」

「ああ」



 美影先輩。なんだかとても機嫌がいいみたい。

 かりん先輩も大学の合宿でいないのに、

 渚先輩に至っては、全然話せてない状態だって、かりん先輩から聞いていたのに。

 私がいるから。

 なんて、自惚れはしないけど。



(少しでも力になっているなら、)



「じゃあ、私はバイトがあるので失礼します」

「気を付けて行けよ」

「はい!」



 お辞儀をして、失礼しますと声を張って先輩方に挨拶をして、ロッカー室へと向かった。

 二つの夢に向かっていざゆかん!











 違う土地、仲のいいみんなとの合宿、頼りになる先生、将来へと着実に繋がる課題という名のあゆみ。



 えてして人は心を浮き立たせる経験をしている時、今まで物怖じしていた事に挑戦してみようと、前向きになるものだ。



 竹のスケッチ最終日の夜。割り当てられた部屋で、眠る支度をしている吉柳に声をかけた。左之助は先生に質問があると言って、部屋を出ている。本当ならいてほしかったけど、しょうがない。



「ちょっとこの合宿が終わったらお願いがしたい事があるんだけどいいか?」

「ハニーのお願い事なら何でも」



 パチッとウインクされた俺は若干引きつつ内心に留めて、ありがとなと礼を述べて、お願いしたい内容を話した。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る