第21話 水引/宣戦布告か祝儀か
呪いを受けた。
塩を手放せなくなる呪いだ。
いえ、呪いなんて言ってごめんなさい。
お塩様は俺の精神安定剤、回復剤。なくてはならない存在です。
あの後、駒田に促されるままに社務所、そして、神社を後にしてふと気付いたのは、爽快感。澱んだ気持ちが軽くなっていたのだ。
すごいと、塩の効能を認めてしまったのがいけなかったのか。
去る間際に投げつけられた塩袋二つ。
家に辿り着いた俺はこれらを崇め奉るべく、自分の部屋に神棚を設置。そこに奉納して、ちびちびと小袋に分けて常に身に着けている状態だ。
ぶっちゃけ、期待していた。
これさえあれば、美影が女でも何でも問題ないと。なくなるのではないかと。
まぁ、現実はそう、甘くはなかったですけど。
(ああ、性別なんて、なければな)
ベッドに寝転がっている俺の視線は固定している。扉の向こう、真向いの部屋の中にいる美影。今は何をしているのだろうか。台本を覚えているとか。暗記も苦手だった美影。でも、覚えられているのだろう。女優として。きちんと。
(俺を置いてどんどんどんどん)
「澪!!いる!?」
このままではいけないでもだったらと、うつらうつらと微睡んでいた時に脳天を貫いたのは大怒号。
跳ね起きた俺は聞き覚えのありすぎるその声音の持ち主に嫌な予感を覚えつつ、部屋を出て階段を下りた。
「菜乃。どうしたの?そんなに慌てて」
互いに名前を呼び捨てにしている事から二人は友人、なのだろう。
そう推測して、一足先に客人である駒田のお姉さん、菜乃さんに対応している母さんに並んだ途端、また睨まれてしまった。俺はどれだけ嫌われて、いや。憎まれているのだろう。
「ちょっと。可愛い息子をビビらせないでくれない?」
目を擦らせながら、若干舌足らずに告げる母さん。落ち着きなさいよと、何回か振った後に止めた手を菜乃さんに固定したまま、俺に視線を向けた。
「彼女ね。私の女優仲間で、美影ちゃんの指南役で、ファンクラブの隊長でもあるの」
「ファンクラブ」
茫然と呟くと、勝ち誇った笑みを向ける菜乃さん。
イラつきもするが、同時に羨ましいとも感じた。
全身で好意を向けられるその姿勢が。
美影の全てを受け入れると自負している。
全部。
下唇を嚙み締めた後、俺は靴に足を突っ込み、菜乃さんの腕を掴むや、玄関の扉を押して家から出た。
ずんずんずんずん。
意外な事に俺の手を振り払わないでなすがままの菜乃さんを連れて、俺は近くの小さな公園へと足を進めた。
遊具は何もなく、今の時期には咲いていないパンジーが周囲を囲む公園。
遊び心を擽る何かがあるわけでも、座るベンチさえもない為か。それとも単に暑い為か。夏休みだというのに誰もいないそこの入り口に入って数歩。その時になって菜乃さんが俺の手を強引に振り解いた。
向かい合ったその先の目元が若干柔らかくなっているのは気のせいだろうか。
気のせいでも何でも、後押しされたように感じた俺は拳を作って口を開いた。
「俺は、今はまだ…もしかしたら、一生。美影の全部を受け入れることができないのかもしれない」
ああ。なんて、卑怯な事を言おうとしているんだろう。
情けないし、潔くもないし、器が小さい自分本位な、
認めてはいた。
でも、覚悟が決まらなかった。
それではだめだと、決めつけていたから。
「それでも、俺は美影の傍にいたい」
まだあの二文字を口にする事はできない。
今はまだ、できはしないが、
「俺は絶対美影にまた告白する」
どれだけ悩んだって結局行きつく先は同じ。
好きだと伝えたい。
「これ」
連れ出して、また、勝手な事を言ってごめんなさいと、頭を下げた俺に、菜乃さんは一枚のチケットをくれた。
「観に来る覚悟、できたんでしょう?」
「はい」
美影の名前が刻まれているそのチケットを丁重に扱う。
ああ、気持ちが晴れ晴れとしている。
これも全部お塩様のおかげ、いや、目の前の菜乃さんのおかげなのだろう。
そう。この時、この人はきっと俺の味方、俺を応援してくれると自惚れていた。
「まぁ、私はかりんちゃんの味方だけど」
「は、い?」
目が点になる俺に向かって、菜乃さんは高飛車な女王様のように、人を小莫迦にした笑みと共に、まぁせいぜい頑張んなさいよと告げては、颯爽と去って行ってしまった。
「……結局、何しに来たんだろう」
その答えは分からずじまいで。
いいんだ俺には塩神様がついている。
そう強がって俺も家へと戻って行った。
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