第5話 動機 学生時代

 人間の幼少期がどれほどその後の人生に影響を及ぼすか、多くの人は大人になってさえ気づかない。

 小学校のクラスはだいたい30人から40人程度か。

 その中で、1人くらいはいじめを受けて、5人くらいはいじめをして、残りのほとんどがいじめをする奴らの味方をするか、知りながら見て見ぬふりをする。

 いじめの理由が明確になることはほとんどない。気が弱そうだから、運動神経が悪いから、頭が悪いから、貧乏だから、臭いから、不細工だから、気に食わないから、なんでもいいからいじめたい。そんなどうでもいいことで、人は人生を狂わされる。

 僕の場合は、それが兄だった。兄自身は僕をいじめるとかはしなかった。まあ他人から見たら、兄のしていたこともいじめに映るかもしれない。

 けれどそれ以上に、兄がいじめられていたことが、僕がいじめられる理由になった。兄をいじめていたクラスメイトたちが、僕をいじめたのだ。

 そりゃあいじめていた兄よりもだいぶ劣る弟だ。兄よりいじめ甲斐があっただろう。

 兄のせいでいじめられ、その上で兄からもストレスを受ける。僕の兄への想いは言わずもがな、だ。尊敬や親愛といった感情は、その言葉にできないモヤモヤに埋もれて消えた。

 兄のクラスメイトから受けたいじめは、僕に「いじめてもいい人間」というレッテルを張り付けて、善悪の判断もつかない小学生たちに触れ回った。

 僕のクラスメイトもそうして僕をいじめた。

 いじめは「ヒト」を嫌いになるには十分な理由になった。

 僕が人を嫌いになる理由を持ち込んだ張本人が、兄の憲治だった。


 いじめられていた頃は、どうやって死のうと考えるばかりだった。

 生きてて楽しいことがない。なら死んで楽になる方がましだと考えたのだ。

 学校にいけば兄と比べられ、勉強ができないことを教師たちからも指摘されていた。それは兄が学校の掲げる優等生像に近かったからだろう。

 いじめにも負けず、勉学にも学校行事にも、しっかり向き合った兄と、いじめに負け、勉学には挫折し、学校行事では単独行動が目立つ僕とでは、雲泥の差だ。

 その大人の目は、妹が学校に通うようになってから、更に厳しくなった。

 妹は兄のようなザ・優等生ではなかったものの、愛嬌があって、誰とでも親しくできる素養があった。

 その上で知識に貪欲で、教師にとっては教え甲斐のある生徒だっただろう。

 それに比べて僕は、ある程度自分でできたのが災いしていた。

 勉強も大してしなくたって、授業さえ聞いていれば平均点は取れた。教えるまでもなく普通にできた。だからといって学年で上位に入るわけでもない。

 教師にとっては、放っておいても差し支えない生徒、だっただろう。

 妹の存在が、学校の仕組みを俺に教えてくれた。

 普通の人間は、ただ学校にいるだけ。

 まるで僕は教室に当たり前にある机や椅子のような、備品に過ぎなかった。

 兄のように優れていない、妹のように特別でもない。そんな僕は、兄と妹の間にあるなにかだった。

 僕だって優秀でありたかったけど、兄には敵わないという潜在意識が勉強から遠ざけた。

 僕だって特別でありたかったけど、妹のように愛嬌もなく、誰かを簡単に頼れるような人間にはなれなかった。

 僕にあったのは、兄のついでにいじめられ、妹の愛らしさを引き立てる、中途半端な、兄と妹の間という役割だった。

 別に間が抜けたって困る人はいない。もう僕はいらなかった。

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