第122話 再来の知らせ

 放置されて魔物が溜まり、ボスであるガーディアンの出現も重なって魔物大量発生となっていたソンドン洞窟は七日目にして攻略された。

 最後に出ていく時にも魔寄せの香水を使い、徹底的に魔物を殲滅した結果、現在はほとんど魔物が出てこない広々とした洞窟に変化している。

 魔物が再び増加するまでかなりの期間を要するが、冒険者がほとんどいなくなり、現状ソンドン洞窟を放置するしかないケバンの町にとっては良いことだろう。


 ソンドン洞窟を攻略したセージは、ラングドン領の領都に向かった。

 これはセージとルシールの二人だけだ。

 ケバンの町から主要道までは全員一緒だったが、そこでブレッドたちと別れた。

 ブレッドたちはリュブリン連邦まで行く商隊の護衛という冒険者としての依頼を受けていたからである。ベンもリュブリン連邦にいるシルヴィアたちと合流するためについていった。


 ブレッドたちが攻略後すぐに依頼を受けたのは、武器を買うためだ。

 セージやルシールの装備を見て、自分たちも購入したいと言ったのである。

 セージはブレッドたちにガルフへの紹介状を書いた。紹介状とは言ってもブレッドたち三人は孤児院で一緒だった仲間だと書いてあるだけのものだ。

 ラングドン領都に行くときケルテットを通るのでついでに伝えようと思っていた。ガルフは創造師を目指しているが、トーリとジッロに教えるときに作るはずである。それを売ってあげて欲しいと頼むつもりだった。


 何にせよ、ブレッドたちは武器に見合うだけのお金を稼がなくてはいけなかった。

 ソンドン洞窟は討伐依頼だったが、まだ緊急性が高くないと思われていたこともあり、それほど依頼料が高くなかった。それに、もともと護衛や素材納入の方が依頼料が高い傾向がある。

 そんなときに護衛の依頼があれば即引き受けるだろう。

 セージとルシールが気になりながらも、リュブリン連邦への抜け道があるケバンから南西の町に急いで向かったのだ。


 ちなみにセージとルシールが婚約したことは全員知っている。

 ルシールの部屋に行ったセージがなかなか戻って来なかったので、何があったのかとベンが聞いたのだ。

 セージはあっさりと婚約してきたと言い、ベンたちは想像の斜め上をいく回答に上手く反応できなかった。

 ルシールにそんな素振りはなく、しかもセージは十三歳であるからだ。

 色々なことが頭をよぎったが、その時は「えっと……おめでとう」としか言えなかったベンである。

 ブレッドたちはその話を聞く前からすでに護衛の依頼を受けていたのだが、ベンはラングドン領の北からリュブリン連邦に戻る予定だった。

 ベンが予定変更をしたのは、一人でリュブリン連邦への道を行くのは危険だからなどと言っていたのだが、実質空気を読んだからである。


 セージとルシールはまっすぐラングドン領に向かう、予定だったが寄り道をしていた。

 セージは上級職が多いので全ての職業をマスターしていなかったが、ベンは忍者、ブレッドたちは勇者だけなのでマスターしていた。

 途中から下級職や中級職のランク上げをしていたくらいである。

 それが少し悔しかったセージはルシールに頼み、途中で寄り道してランク上げをして、とうとう上級職をマスターし、特級職『賢者』になっていた。

 そんなことをしていたため、無事ラングドン領にたどり着いたのは一ヶ月後のことである。


(賢者は忍者をマスターしたら出てきたけど、忍者と何をマスターするのが条件なんだろう。勇者ってことはないだろうし、探究者か精霊士。賢者ってことは精霊士が怪しいけど。三つともマスターするという可能性もあるな)


「セージ」


(というか全部マスターしても、賢者しか出ないってなんでだろ。フラグはどこにあるんだ? 生産職の創造師のマスターはあり得るけど、勇者より探究者とペアになりそうだし。勇者の上はない? うーん。特級職にも前衛職がありそうなんだけどなぁ。イベントを起こさないといけないとか?)


「セージ!」


 考え込んでいたセージはルシールに呼ばれていることに気づいた。

 ラングドン領の領主の館、ルシールの実家に着いて、騎士の案内を断り二人で館内を歩いていたところである。


「ルシィさん、どうしたの?」


「全然話を聞いていないな」


「ごめんね。ちょっと職業のことを考えてて。何の話だっけ?」


「私の父上、ノーマン総長には何を説明するんだって話だ。勇者のこと、セージが賢者になったこと、あと、婚約のこととか」


「聞かれたことは全部言うつもりだよ。だってお義父さんになるんだし。けど、賢者にどうやってなったのか聞かれても、正確な条件がわからないなって考えてたんだ」


「いや、賢者の条件は言わなくていいだろう。それに、婚約のことも伝えなくてもいいと思ってな」


「でもずっと二人で行動してたし。何かの際にそれが伝わったらね」


 セージとルシールは一ヶ月ほどかけてラングドン領に到着していた。当然その間は二人で旅をして食事をして宿をとる。

 冒険者なら男女で行動することはあるが、男女二人となると基本的に夫婦や恋人と見られることが多い。

 セージとルシールの場合は仲の良い姉弟だと見られていたが。


「それくらいどうってことはない。それより貴族の婚約は王宮に報告するからな。貴族と平民との結婚だと目立つ。もし婚約破棄なんてしたらセージが何と言われるか」


「婚約破棄するつもり?」


「いや、セージにはまだまだ出会いがあるだろう? これからまた学園に行くしな。同年代の……同年代と言っていいのか分からないが、まぁ学園とは将来の伴侶を見つける場でもある。と、友人が言っていた」


「第三学園は男ばかりだから。というか、婚約はルシィさんから言ってくれたけど、僕も婚約出来て嬉しい、ルシィさんが良いってちゃんと伝えたつもりなんだけどなぁ」


 じぃっと見るセージにルシールは目を逸らす。ルシールは恋愛に関しては自信がない。戦いに明け暮れる人生を予想していただけに、まさか自分がこうなるとは思っていなかった。


「……すまない。少し考えすぎていたようだ」


 応接室の前には使用人が立っており、ドアを開けてくれる。

 セージとルシールは挨拶しながら入り、ソファに座ってノーマンを待つ。

 使用人はお茶を置いて出ていった。基本的にセージが来たとき、使用人は部屋から出るように言われているのだ。


「ところで婚約破棄とかって本当にあるの?」


「あるにはあるが、どちらか片方に重大な問題があった場合に限る。貴族の場合は家同士の契約のようなものだからな。まぁ、一時期婚約破棄が流行ったらしいが」


「流行った? どうして?」


「私より少し上の者のことなんだがな。貴族の子息が婚約していた令嬢の性格の悪さを見抜いて婚約破棄し、庶民の娘との真実の愛を選ぶ、という演劇が王都で人気になったんだ。それを真に受けた何人かの子息が同じことをやってしまったらしい」


「おー、それはなんというか。大丈夫だったの?」


「大丈夫なわけないだろ。親がすぐに対応して何とかなった者もいるが、除籍や行方不明になった者もいるとか。まっ、脅しみたいなもので、誇大に伝わっているだけかもしれんがな」


「でも、それを聞いたら婚約破棄しようとはなかなか思わないよね」


「そうだな。私とセージの場合は貴族と平民だから大きな問題にはならないんだが、婚約破棄すると私が貴族籍に残ることになるからな。婚約破棄するより一度結婚して、私が平民になってから離婚した方が要らぬ詮索を受けずに済むかもしれん」


「なるほど。平民ならどうなってもわからないしね。でも、ルシィさんもいつでも婚約破棄とか離婚の選択をして良いって覚えていてね」


「……それはないと思うが」


「そう思うのは僕も一緒。ただの選択肢だから。僕は結婚して添い遂げられたらいいと思ってるよ。二年後に会ったら違う人と結婚してた、とかやめてね?」


「当然だ。私もセージと共にいたいと思っている。……そういえば、ノーマン総長は遅いな」


 ルシールは前髪を整えつつ言い、視線をドアに移す。


「そうだね。いつもはすぐに来てもらえるんだけど」


「それはセージより優先することなんて、なかなかないからな」


「そうなの? 領主なら忙しそうだけど」


 その時、ガチャとドアが開き、ノーマンが入ってきた。


「遅くなった。あぁ、座っていてくれ。急ぎで話がある」


 ノーマンはセージの向かい側に座ると、すぐに説明を始めた。それは神霊亀が再来するという話であった。

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