刻は魑魅魍魎の類、所謂、妖怪が世の中に蔓延る中、最強最悪とされた鬼はすでにこの世から消えたと人間、妖怪の中でも噂されていた時代。舞台は日本の首都、京都。中央に強固な城が建てられ、其処に住む実質日本を支配する天皇家。その城の中で、日本の政治・経済の行く末が決められており、その周りを囲むように貴族の邸が、さらにその周りに行政を司る官吏が、天皇・貴族を守るように武士が、そして商人、農民の順に暮らしていた。中央に位置するほど豊かで煌びやかな生活を、外に位置するほど貧しく色褪せた生活を送ることとなり、都はこうして身分、職業による身分差をはっきりと知らしめられる構造を作り出していたが、天皇、貴族を除き、国試により子は親の身分から逸脱する機会が設けられていた。





 だから、か。人々はそんな身分差にも負けず、未来に希望を馳せ、力強く生きていた。






 一年の初め。その日は生きとし生けるもの全てを、淡い蒲公英色の光が優しく包み込むような朗らかな日和であった。


「あ~あ。今年も一人きりの正月か。全く、寂しいったらないわ」


 門松と注連縄で着飾った家の中で一人ごちながら、箱の全体を茶色系統で敷き詰められた自作のお節料理をがつがつ口にしている十七歳の少女、希羅きら。親族どころか家族も居ない天涯孤独の身だ。

 希羅が幼い頃に、父親は何者かに切り伏せられ絶命。下手人は未だに不明。その数日後、父親の後を追うように母親と幼い弟は流行病で亡くなった。

 それ故、毎年一人淋しく正月を過ごしていたのだ。否、日常の日々を。




 希羅は人里離れた場所、山の麓で暮らしていたが、他に家と言う家は一切見当たらなかった。何故なら、人々はその場所に居を構えることを恐れていたからである。


 山は妖怪の棲家であったから。




 不意に戸口がドンドンと勢いよく叩かれたので、希羅は友人のみつか、この家の後継ぎ候補の海燕かいえんか、はたまた陰陽師であり医師でもある洸縁こうえんが来たのかと思い、急いで身だしなみを整え草履を履き、戸口を横に引いてその人物の顔を仰ぎ見た。


「私を殺すなら、この家の跡継ぎが決まってからにして!」


 希羅は恐怖でぶるぶると身体を震わせながらそう叫んでいた。言葉が通じるかどうかも分からず、また、通じたとしても受け入れられないことは分かっていたが、口に出さずにはいられず口早矢にそうまくしたてていたのだ。

 一方、そう言われた人物はどうしたもんかとぽりぽりと顎を掻き、口を開いた。


「科白と顔が一致してないぞ。それに、何故いきなりそう言われなきゃいかんのか。俺にはさっぱり分からんのだが」

「だ、だって、あなた……鬼、でしょう?」


 科白と顔云々は無視して、希羅は一旦、目を擦って再度その人物の顔をじっと食い入るように見つめた。

 しかし、最初と違うその顔に眉根を潜めた。今、希羅の目に映るは、綺麗に整った目鼻立ちで、灰色がかった冷たい双眸と髪の毛の二十代くらいの男性。

 先程と目と髪の色が違い、何より、額にあったものが一部なくなっていた。


「???角が、ない」


 頭の中に疑問符を埋め尽くしてしまった希羅を面白がるように見ていた男だったが。


「ふっ。この俺が。鬼、だと?」


 季節は冬だと言うのに、生温かい風が二人の間を吹き抜けたかと思うと男の声音が冷たいものに変わり、気分を害してしまったと、希羅は慌てて頭を下げた。


「すいません!その、勘違いしてしまいまして」

「別に。勘違いしていないぞ」

「はっ!?」


 しれっと、とんでもはっぷんな発言をかましたこの男。

 希羅は間抜け面でぽかんと口を開け、男を見上げた。耳の調子がおかしいのかと、思わず耳の中に小指を突っ込んだ。よし、これで良く聞こえる。

 聞き直そうとしたところ、冷たい表情は何処へ行ったのか。男は子どものように無邪気な笑顔を希羅に向け、再度、頓珍漢発言をぶちかました。


「有難く思え、小娘。鬼である俺が今日からおまえの守護神になってやる」

「はい!?」


 希羅の素っ頓狂な大声は、山に木霊してしまうほどであった。






 この日から、希羅一人の家に初めて、第一号となる新たな人物?が憑りつく、ごほん、住み着くこととなる。




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