私の世界は、きみでいっぱい
花空
第1話
――ピピピピッ。 今日も憂鬱な一日の始まりを知らせる目覚まし時計が、憎らしいほどにけたたましく鳴る。 私は
❀❀❀
学校についた私は、授業が始まる前に女子トイレに向かった。
けれど、個室に入った束の間。バシャッと頭上から水が降ってきた。なにが起こったのかわからず固ま っていると、女子生徒の笑い声が聞こえてくる。
「ふふっ、気づかないなんて、バカね」
私に水をかけたと思われる女子のひとりが呟いた。
「......また?」
私はいつも、クラス中から笑われる。その理由を一度だけ、友達だったあの子に勇気を出して聞いたこ とがある。
私をイジメているのは、高一になって初めてできた友達だった、
佳世にそう聞いたけど......。 『あなたみたいなブサイクがいると、私のグループの顔面偏差値が下がるのよ。私に釣り合わ ないし、邪魔だと思ってたのよね』
佳世の言葉が、ナイフのように胸に突き刺さる。友達だと信じていたのに、 彼女の本心を知った私は、目の前が真っ暗になるのを感じた。
あれから一年、虐げられる生活に慣れてしまっている自分がいた。私はびしょ濡れのまま、すれ違う生徒たちに好奇の目で見られながら、保健室に行ってジャージを借りる。
クラスに戻ってくると、真っ先にひとりの男子生徒が駆け寄ってくる。私の唯一の友達、
湊は高一の頃から同じクラスで、イジメられていた私を助けてくれた。聞く耳は持ってくれなかったけど、先生にもいじめを止めるために掛け合ってくれたりした。私になにかあると、いつも本気で怒って くれる優しい人だ。
「咲、大丈夫か?」
「大丈夫。いつものことだから」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ」
「いいの。みんな自分よりも下に見れる人が欲しいんだよ。私が標的になれば、他の人は自分が狙われずに済む。犠牲はひとりで十分でしょ」
「俺は、咲が傷つくの、見たくねぇんだよ」
「じゃあ、見なきゃいいでしょ。湊は関係ないんだから」
ああ、また辛く当たっちゃった。 湊は私の初恋の人。こうして、こんな私のことも気にかけてくれるところを好きになった。でも、私が一緒にいると、湊にも迷惑がかかりそうで、それがなによりも怖い。
「標的になるの、本当は嫌なんだろ? 俺に迷惑かかるとか、そんなの考えなくていいから、俺には弱音 くらい吐けって」
その言葉に驚いて、私は目を見開く。 湊には関係ないって突き放したのに......なんでそうやって、優しくしてくれるの? というか、なんで湊には私の考えてることがわかっちゃうんだろう。私、顔に出てたかな? 強がることには慣れてるつもりだった。それなのに、たまに私の考えてることをそのまま湊が声に出して言うから、エスパーなんじゃないかって思うことがある。
「咲は自分で思ってる以上に、考えてることがすぐ顔に出るからな。どんなに隠しても、俺にはわかる」
「うぅ......」
「人の心配よりも自分の心配しろよ。俺は男だからなにされても平気だけど、咲は女の子だろ?」
「......はい」
やっぱり優しいな。湊には、もう何回励まされたことか。みんなが私を無視する中で、湊だけが私を私と して扱ってくれた。そんな湊に惹かれていった。どんなに大丈夫だって強がっても、私の弱さを見抜いて、 そばにいてくれる。ただそれだけで心強くて、今でもこうして学校に来れている。湊には感謝だ。
湊と話していると、授業開始のチャイムが鳴った。私たちは急いで席に着く。私の隣には湊が座り、目 が合うと微笑んでくれた。席はくじ引きで決めたのだけれど、私の隣になった男子が「げーっ、川瀬の隣 かよ!」と騒いだので、湊が「なら、俺に席譲って」と、私の隣の席に座ったのだ。
クラスでも、湊はできるだけ私から離れずにいてくれる。湊がいると、みんな手を出してこないから。
その理由はおそらくだけど、私と一緒にいる前は、湊はクラスの人気者だったから。私と一緒にいるよ うになってから、湊に話しかける人はほとんどいなくなったけど。 「湊って、なんで私と一緒にいてくれるの?」
授業中、私は小声で湊に尋ねる。
「ん? 咲はなにも悪くないし、助けてやりたいって思ったから」
「な......そんな冗談、言っちゃダメだよ」 「俺、冗談で言ったつもりなかったんだけど。咲は心から笑うと、すごく可愛いんだよ。俺は、その笑顔 を守りたいだけだ」
「......っ」
いきなり、湊はなにを言い出すの。私のことを可愛いなんて言う変わり者は、湊しかいない。
湊はかっこいいから、私さえいなければ超絶モテる。陰で、なんであんな子が湊と一緒にいられるの? って思ってる女子は沢山いるのだ。
だけどどうか、他の子に目移りしないでって思ってしまう。私だけを見ていて欲しいから。
「けど、みんなに咲の笑顔を見せたいわけじゃない。咲に傷ついた顔はさせたくねぇんだけど、咲の笑顔 だけは俺が独り占めしたい。今だけは、俺だけのもんにさせろよ?」
そう言って、湊が見せた笑顔にほっとする。この言葉が冗談でも、私を気遣った社交辞令でも、こんな 自分を見てくれる人がいるんだって思えるから。
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