第24話 社長との面談
小春さんたちとの話し合いから一日経過。
昨日言われていた通り、午後からは俺の雇い主である
いつも面会に使っている部屋に通されると、透明なガラス板の向こうに、いつものふくよかな男性と一人の女性が立っていた。
ところどころに黒い髪が混じった金髪の女性の姿は、どこかで見覚えがあるものだった。
その女性は俺を見るや否や、ガラス板に張り付いてきた。
「ミラ! あなたこんなところに居たのね! 門限が厳しいとか、保護者の監視が厳しいなんてレベルじゃないわよ! それに、《WHO経験者》は誰も警察に捕まってないって聞いてたのに……」
「やっぱりキラか……。ああ、その通り。俺も捕まっているわけじゃない。何か色々あってこの敷地内で暮らしているというだけのことだ」
見張りの人が強引にキラを引き剥がすと、入れ替わるように出て来た成蔵さんが頭を掻きながら照れたような笑みを浮かべつつ、
「すまんなぁ、
そこで突然真顔に戻り、
「事が事だから、君と会うのが最後になるかもしれないというのもあって、少し甘やかしてしまったよ」
そう言って少し頭を下げた。
「ちょっとパパ、何言ってるの? 最後って……」
慌てた様子で親に詰め寄るキラを止める。
「いや、いい。最後になるかもしれないだけで、まだ決まったわけじゃないからな。そして、その話を決めるのはあなたとの話し合いの結果でもない」
成蔵さんが首を傾げつつ尋ねて来た。
「それはどういう意味だ? 我々が話し合うことは無駄かもしれないとでも言うのかね?」
「まぁ……そうなるかも、という程度の意味です。俺は警察の人に頼んで、ヘイズとハルナという人物に協力を要請してもらっています。あの二人がそれを断れば、ここでどんな事が決まっても、俺は《ゴースト・アリーナ》には行かない。行っても意味がないし、勝算もない。あなたにも警察にもそれを強制する権利はないはずだ」
「しかし、ワシとしては、既に色々な仕事をいただいている警察さんからの依頼となれば無下にするわけにもいかないから、君には是非行ってもらいたいのだが……それに、君の視聴者の要望にも応えてあげなければならないだろう?」
なるほど、成蔵さんたち経営陣の判断の動機は、顧客のご機嫌取りにあったのか。
どこまでもビジネスとして合理的な考え方だ。
「パパ! 警察の仕事はミラが持って来たものなんでしょ? ミラを切っても成り立つの? 大体、私たちがミラを解雇したら、これからミラはどうやって生活していくの?」
食い下がっているキラを成蔵さんが一喝する。
「あの仕事はミラ以外のメンバーだけでやっていることもあるだろう? 十分成り立っているじゃないか。だが、ワシとしてもこんな少年を簡単に解雇しては寝覚めが悪いから、せめて金の話だけでもしに来たのだよ」
そして、俺と成蔵さんだけでお金に関する話をまとめた。
《ゴースト・アリーナ》に行って大炎上し、会社が俺を解雇せざるを得なくなった場合のことを想定した話だ。
イベントを攻略出来れば会社の知名度が上がるので、イベントを攻略し切れた場合、かなりのボーナスが入って来るという話になった。
イベントに行かない場合は、契約を維持しつつ給料カット。
もともと、挑む時は勝つつもりで挑む予定だったので、この話は正直有難い。
話がまとまると、監視の人を介して契約を交わした。
俺と成蔵さんが話している間、キラはずっと黙っていた。
「ま、結局行くかどうかはヘイズたち次第なんですけどね……あいつらがいないと戦力的に辛いんで」
契約を交わし終えて少し雑談していると、俺が座っている方の部屋に雄斗が入って来た。
ガラス越しに成蔵さんたちに一礼して、
「未来君。例の件だが、ヘイズくんとハルナさんが承諾してくれた。彼らの都合で、《ゴースト・アリーナ》に行けるのはイベント終了日の前日だけ、という条件を指定されたのだが、それでも構わないか?」
予想外に早い知らせで驚いた。
思わずニヤリとした笑みが出てしまう。
「いいね。俺は暇だから大丈夫だ。ランマルもこの時期は学校がまだ忙しくないからいつでも大丈夫だと言っていたし、その方向で頼む」
「分かった。向こうに報告して最終的な日程を調整する」
そう言うと雄斗はすぐに踵を返した。
その背中を見届けて、成蔵さんたちの方に向き直る。
「ここで完全に契約成立だ。俺は《ゴースト・アリーナ》に行く。あの何かヤバい桁の退職金、ちゃんと支払うことになるから覚悟しておけ」
「ハハハ。あの額を本当に払うことになったら、数ヶ月タダ働きしなければならなくなるなぁ。でも、それぐらい攻略が難しい場所だと聞いている。今朝ヴォルフ君たちも挑んでいたのだが……」
おや、あいつらも挑んでいたのか。
今日は面談の準備などがあって情報収集出来ていなかったから知らなかった。
視線を移すと、言い澱んだ成蔵さんの代わりにキラが応えた。
「実は、国内のプロゲーマーたちが今朝一斉に挑んで、相手の数を結構減らしたんだけど、結局、全員返り討ちに遭ったの。私はここに来るための準備をしていて《ゴースト・アリーナ》には行ってないから詳しくは知らないけど、報告を聴く限り、ついにアイギスってプレイヤーも出て来たらしいわ」
「アイギスか……まあ初見でアレに勝てるやつはほとんどいないだろ。しかし、奴さんが出て来るってことは、相当な数の相手を倒したってことか?」
「うん。もう相手の数は三百種類以下ぐらいまでに減っているらしい。まだ海外のプロ勢も残っているから……」
日本産のゲームである《YDD》のアクティブユーザーの中で一番人口比率が高いのは日本人らしいが、世界大会を見ても分かる通り、海外には日本のゲーマー以上に上手い連中も多い。
残り少なくなってきた相手がほぼ全滅するまでは時間の問題なのかもしれないが、アイギスたちを倒せるかどうかは分からない。
それでも、もしかしたら、ということもある。
「もしかしたら、俺ら必要ないのかも知れねぇな。お前も祭りが終わる前に行っておけ。いい経験になるぞ」
キラは遠慮気味に視線を落とし、
「ねぇ、私もミラたちが行く時に一緒に行ってもいいかな?」
「俺は別に構わないし、他の奴らも部外者の介入に文句を言うタイプのプレイヤーじゃなさそうだから多分大丈夫だろうけど、誰もお前を守るほどの余裕はない。それは覚悟しろ」
キラは毅然とした表情で答えた。
「絶対、約束する。私は最後までミラの味方だから……。ミラを引退させるのは、こんな契約とかじゃなくて、他でもない私の役目だから」
俺たちが数秒視線を交わしあっていると、横で成蔵さんが咳払いをした。
「契約の話はまとまったから、そろそろ帰る。ところで、最後に何か言うことはあるか?」
俺が横に首を振ると、キラの方にも同じ質問をした。
「綺羅々、お前は何かあるか? 最後かもしれないから、未来君に伝えたいことや聞きたいことがあれば、遠慮なく今この場で済ませておきなさい」
「そう。それなら……」
再び視線を合わせて、
「《WHO》最後の戦いの話を聞かせて。あの時何があったのか。今なら、いいでしょ?」
純粋な好奇心だけが窺える視線を受けて、一度頷く。
《ゴースト・アリーナ》に行くことが決まった今、その話は、遅かれ早かれ誰かの口から暴かれるものになったからだ。
そして、キラが俺たちの戦いについてくると宣言している以上、この話は知っておいてもらわないと雰囲気を壊されかねない。
成蔵さんが「先に車に戻る」とだけ言い残して部屋から出て行った。
扉が閉められたのを見届けながら、すっかり半年も経ってしまったあの出来事の記憶を掘り起こした。
《WHO》のエリア八十二のボス戦後に、アイギスの正体が看破されたこと。
アイギスとヘイズの戦いが始まる直前に、グレイスがゲームクリア後に俺との一騎打ちが出来るように頼んだこと。
アイギスとヘイズの戦いは、ヘイズのパートナーであるハルナの奇跡とも呼べる献身によって決着を迎え、《WHO》がクリアされたということ。
他のプレイヤーたちが現実世界に戻ってから、俺とグレイスの一騎打ちが始まり、何故か自分の意志で《WHO》内に留まったスワローテイルだけが見届けてくれたということ。
そして、そのバトルには俺が勝ったということ。
今はグレイスの実の妹である小春さんの世話になっているということ。
そんな感じの記憶を掘り返しながら、重要な出来事などを掻い摘んでキラに話した。
「まあ、ざっと言えばこんな感じだ」
神妙な面持ちで聞いていたキラが小さく呟いた。
「……そう。大変だったのね」
「別に。あのままアイギスが勝ってゲームが続いている方が百倍大変だっただろうけど……」
昔までならここで言葉を切っていたのだが、今はこの言葉の続きを言える。
「それでも最後まであのゲームをやりたかったね。だから、俺はあのイベントをクリアする」
先ほどまで暗い表情をしていたキラが不意に笑った。
「うん。私も《フローティング・アサイラム》に乗って、世界の果てを目指したい。だから、絶対《ゴースト・アリーナ》をクリアする」
「そうか。まあ、せいぜい足を引っ張るな。いや、違うな。いざとなったら身を捨て……」
面談に来た相手に向かって、たとえゲーム内の話であっても、「いざという時には死ね」という趣旨の言葉を言ってしまったので、看守の人が肩を叩いて来た。
多分、次に同じようなことを言ったら摘まみ出される気がする。
「んんっ……言い間違えた。迷ったら勝負に出ろ。俺たち《WHO経験者》は《ゴースト・アリーナ》で死ぬとかなり迷惑が掛かる。その点、キラには責任のようなものが無い。それがお前にしかない一番の強みだ。そのことを忘れるな」
「分かった。意識しておく」
流石に長くなり過ぎたので、この後すぐに別れた。
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