第79話
ひとしきり笑い合ったサトルとマリーはそれぞれ買ってきた肉とサバイモをそれぞれの膝の上に乗せて食べ始めた。食材と調理法は同じものであることは間違いないが、別々の店で購入したためかヨース肉とサバイモの切り方が違う。
ときおりお互いが相手の買ってきたものに手を伸ばす。
マリーがサトルのヨース肉に手を伸ばせば、サトルがマリーのサバイモに手を伸ばす。
味は全く同じものではあったが、マリーの買ってきたものの方が少し美味しいとサトルは感じた。
「ねぇ、サトル……」
お互いの肉とサバイモが半分ほど減ってきた頃、マリーは食事の手を止めて言った。
「戦いが終わったらサトルはどうするの?」
「……」
戦いの先のこと……サトルも考えなかったわけではない。目の前にあるメロべキアとの戦い。生死を賭けた大きな戦いのその先。つまり無事に勝利したあとの話。
「元の世界に帰るの?」
「わからない……正直、戦いの後のことなんて、マリーに言われるまで考えもしなかったな。勝てるかもわからない、どうなるかもわからないからからな……」
マリーに促され、整理しきらない思いをたどたどしく、そのまま口にする。
「でも、今は元いた世界に帰りたいとかはないかな……」
「どうして?」
召喚されてすぐの頃は漠然ともやがかかったようになっていて、考えることをしなかった。きっとあれは洗脳効果の一つだ。それが解けた今でも元の世界への未練とかはあまりない。
「多分帰ってもやりたいことがないからかな……俺がいた世界は、いや、俺が生まれたところは恵まれていた」
この世界にやって来てサトルが一番実感することはそのことだ。
生まれたときから衣食住が十分に揃っていた。
小さな理不尽はあるかもしれないし、不満なんて腐るほどあったかもしれない。しかし、明日食う心配をしなくてもいい、今日死ぬ心配をしなくてもいい。
「恵まれていたからこそ、なんだか生きている実感がなかったんだ。こんなのただの贅沢なのかもしれないけどさ。それに戻る方法もわからないしな」
「そっか……」
マリーは静かに頷き、前を向いた。
「私はね。旅に出ようと思うの」
「旅?」
「うん!」
大きな戦いを前にマリーの表情からは不安や恐怖と言った負の感情が見えない。その声色にも同じことが言える。
そして、彼女は楽しそうに語る。
これからの未来に多くの希望を抱いていると大きな声で言うように話始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます