第71話
「ねぇ少し町に出掛けてみない?」
そう言い出したのはニーアであった。サトル達がサザラに着いてから、迎賓館での暮らしが続いている。
国賓としての待遇により何不自由のない生活をできてはいるが、それ故に気楽に町へ繰り出せるような身分でもない。
悪い言い方をすれば軟禁状態である。とは言っても迎賓館の設備にサトルとしては何も文句はない。広く寛げる個室が用意されているし、食事も美味しい。身体を動かすには十分すぎる中庭も完備されている。
リゾートホテルとまでは行かないが、あちらの世界にでいる時に行った安上がりな宿泊施設とは比べ物にならない快適さだ。
「良いのか? 騒ぎになるかもしれないから町に出ない様にって言ったのはニーアじゃないか」
どんな経緯があろうと今のサトルは勇者であり、サザラ近郊のスラム街で病気に苦しんでいた人々を救った英雄。
そんな人間がおいそれと外出して騒ぎにならないはずがない。そう言って外出に制限をかけたのはニーア本人だ。
「もうここに来て五日だしね。そろそろ騒動は治まってる頃だろうし、聖剣と顏を隠せば問題ないと思うわ」
「そうか……でもどこに行くんだ?」
サトルはニーアが出掛けようと言っている意図が理解できなかった。サトル自身が迎賓館の暮らしで困っていることはないからである。強いて言うならメロベキアとの戦いに備えてやっているニーアとの戦闘訓練が少々――いやかなりハードであることを除けばであるが。
「まぁ、テキトーにぶらぶらしようかなって思ってね。サトルもこっちに来てからゆっくり町を見たりしてないんじゃない?」
サトルは異世界へと召喚されてからを思い返し、確かにそうだと心の中で頷く。メロベキア城での豪華な生活が一変し、牢屋に入れられて没落村に流れ着き、あとは馬車での移動。
異世界をじっくりと見る余裕などなかった。
好きで来たわけではないが、サトルも興味がないわけではなかった。
「そう言う事ならまぁ付き合うが……」
サトルはちらりとマリーの方へと視線を向ける。
「あぁ、そうよね」
ニーアはニヤニヤとしながら呟いた。
「ねぇマリー、私達町に出ようと思うんだけど貴方もこない?」
そしてマリーに向けてそう言う。
「え? いいんですか? 私この町に興味があったんですよね」
そう言ってこちらに笑顔を向けて言うマリー。
「よかったわね」
サトルの視線の中には天使のようなマリーの笑顔と、悪魔のようなニーアの笑顔が同居していた。
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