第35話
サトルの浅はかな考えは通らなかった。彼が王国騎士に処刑された後、間違いなくマリーも殺されるであろう。いや、それよりもひどい目に遭わされる可能性だってある。
これによりサトルの目的は大きく変わる。
マリーを助けるためにも、無事に没落村を脱出する必要性がでてきた。最早、無理難題。一縷の希望でもあった先程の作戦とはわけが違う。
サトルはマリーを自分の後ろに隠し、剣を両手で構え騎士に対峙する。己の実力はすでに知っている。騎士団長アラダインには文字通り手も足もでなかった。
彼と比べれば目の前にいる騎士など、雑兵に過ぎないかもしれない。
だからと言って正式な訓練を行い、人を殺めることを躊躇しない人間に、サトルが届くはずもない。
逃げては死、抵抗せずとも死。
なれば、必死の抵抗で風穴を開けるしかない。窮鼠猫を噛むなどと言うが、今なら追い込まれたネズミの気持ちがよくわかる。
そんな覚悟か、恐怖で震えていた体が止まった。パニックを起こして、ブレていた視界が対峙する騎士を真っ直ぐ捉える。
相手は……笑っている。まるで子供が新しいおもちゃを発見したかのように、楽しそうな……だが、唾棄すべき薄汚れた欲に塗れた笑顔。
サトルを始末した後に国王より賜る褒美でも考えているのか、もっと下卑たことでも考えているのか……
だが、王国騎士は冷静だ。模擬戦のサトルを見ていたかどうかは分からないが、弱く使い物にならない勇者であることは情報で知っているだろう。
そんな相手に待ちの姿勢である。
今更逃げることも隠れることもできず、時間が過ぎれば仲間の騎士も駆け付けるかもしれない。そんな絶対的有利状況を崩さず、サトルの動きを牽制している。
舐めてかかってくれれば、万が一があるかもしれないと期待しているが、どうにもならないようだ。そう……サトルは考えていた。
だが、相手に少しづつ変化がある。
余裕を見せていた表情が、やがて硬く緊張を帯びてきていた。サトルまで聞こえる程の深呼吸後に、剣を握り直した。
まるで強者を前に、己を一喝したかのようだ。
この短時間でサトルへの認識を改めたような様子に、サトル自身が困惑していた。
相手は何を見ているのだろうか。
何を感じ取っているのだろうか。
だがこれで、相手の油断に付け込んで打倒するという唯一無二の策が無くなってしまった。
「サトル、少し時間を稼いで……」
そんな緊張状態にマリーが小声で言った。
「え?」
彼女の意図を推し量る前に、マリーは自分の家の中へと駆けた。
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