第26話
「し、失礼だぞ! わ、私を誰だと心得る!」
場には全く相応しくない様々な装飾で飾られた豪奢に身を包む男。だが、松明の心許ない灯りでも彼の服が酷く汚れていることが見てわかる。
没落村……男は今だに貴族であった頃の暮らしが忘れられないのだろう。
「嫌がっているだろ! その人を離せ!」
しどろもどろになって怯む貴族崩れを睨み付け、痛みを我慢しながら声を出す。
「ひっ! ひぃ!」
ハッタリの凄みが効いたのか、男の腰は引け震え始めた。
サトルはすかさず、手に持った木の棒を掲げて見せる。
「く、クソ! 覚えていろよ!」
男は女を離すと、豪奢な服には似合わないひっぴり腰で駆けて行った。
松明の灯りがだんだんと遠のき、小さくなるのを見つめながら、高く掲げた木の棒をゆっくりと下ろす。
「えっと……大丈夫ですか?」
そう言ったのは乱暴されかかっていた女性からであった。先程の男が臆病だととても笑うことは出来ない。怪我の痛みも相まってサトルも震えていたのだから。
夜でなければ、男が松明で照らしてサトルをよく観察していればバレていただろう。
だが、助けた女にはそれを見破られてしまったようだ。助けた相手に心配される程に情けない姿を晒していたと思うとサトルはまともに女の顔を見る事が出来なかった。
「えっと……俺を助けてくれたのは……貴方で――」
暗闇に少しづつ目が慣れ、月明りに照らされた女は……美しかった。
腰まではある金髪は月光により煌めき、白い肢体は艶めかしく輝き、紺のドレスが彼女をより美しく際立たせている。
月夜の女神。
そんな言葉がサトルの脳裏をよぎった。美しさに目を奪われ言葉を失うと言う、ある種貴重な体験である。
しかし碧眼の双眸には、彼女の可憐な相貌には似つかわしくない程に強い意志が感じられ、戦乙女を想起させる。
儚く可憐な容貌と、強くたくましさを持つ瞳。そんな二律背反が彼女の魅力に神秘さを醸し出している。
「えっと、聞かれています? それともまだ怪我が痛みますか?」
少しの間呆けていたサトル。気が付けば、彼女の顔が目の前に迫っていた。
「い、いや、大丈夫! です……俺は、サトルです!」
あまりに近い彼女から半歩後ろに引き、しどろもどろになりながらも自己紹介をする。
「私はマルグリット。マルグリット・フォン・ハルツェンブッシュです。よろしければマリーとお呼びください」
彼女、マリーは紺のドレスのスカートを少し摘まみ上げ、映画でしか見たことがないような所作で優雅な自己紹介をした。
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