第19話
美味しそうにパンをかじるメレニアに更に空腹が刺激され、サトルも彼女同様にパンにかぶり付いた。
パンの香りが頭に突き抜け、脳を揺らす。それは今までの短い人生の中で、最もうまい食べ物だったと断言出来る程に衝撃的なものであった。
食事と言うものはこれ程までに人に安らぎをもたらすのかと驚愕を覚える。豊かな国の飽食な時代。そんな中で生まれたサトルにとって、食事とは腹が減ったから食べる以上の意味を見いだせなかった
パンをかじり、十分に咀嚼して飲み下す。腹が満たされていくと同時に熱い何かが込み上げてきて、目頭が熱くなる。
「そ、そう言えばどうして俺を助けてくれるんだ?」
涙をが零れるのを我慢し、気を紛らわせるためにメレニアに問いを投げる。牢でははぐらかされてしまった質問だ。
「率直に言うと、貴方が思った以上に弱かったからよ。使い物にならなそうなダメ勇者。だからこそ生かす意味があるの」
「あ、えっと……どういうこと?」
心臓の辺りにズクズクと何かが刺さるような、感覚に襲われながらメレニアを促す。
「そーね……全部話すと長くなるから、詳しくはまた後にするけど……」
如何に話すかを思案するメレニア。サトルに開示出来る情報と出来ない情報を取捨選択しているのだろう。
「私に与えられた使命は、新しく召喚された勇者の暗殺」
ごくりと生唾を飲み込み、心許ない蝋燭の灯りに照らされたメレニアを見る。彼女の表情をうまく読み取ることは出来ないが、少なくてもサトルを殺そうと画策するような顔には見えない。
そもそもとして彼女が今サトルを亡き者にする意味はない。
「けれど計画を変更したの。君が勇者として弱かったからね。それに、洗脳の進みも遅いみたいだし」
「洗脳?」
メレニアが放った言葉に気になる単語を見つけ、半ば反射でオウム返しした。
「そう。召喚に伴って勇者の記憶や精神を、国の都合のいいように書き換えるのよ。とんだ外法ね」
「俺は洗脳なんて……それにそんな事をしてこの国、メロベキアは勇者に何をさせようとしているんだ? 魔王討伐じゃないのか?」
サトルがここに召喚された理由。
魔王討伐の責務を負う者と記憶している。
誰が言った? 違う……誰も言っていない。
頭の中に流れ込んできた知識が、勇者の役目を教えてくれたのだ。
「あれが……洗脳?」
召喚酔い。サトルの召喚に携わった男はそう言っていた。だが、あれは召喚の影響などではなかったのだ。
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