第3話 ナターシャ

砂漠に到着すると、3人は合成鬼竜からコールドスリープ装置を下ろした。



合成鬼竜は上空に舞い上がる。

鬼竜はアルドに通信用の端末を渡していた。

端末から声が聞こえる。鬼竜の声だ。


《…ザザッ…帰るときはその端末に話しかけるといい。すぐさま迎えに行こう。…ザッ》


「ありがとう鬼竜。そうさせてもらうよ。」



アルドとサイラスは砂漠を見渡した。


「ふぅ……ひとくちに砂漠地帯と言えど広いでござるからなぁ、どこで装置を起動させるでござるか?この辺りは800年後には海になっているかもしれないでござるよ。」


目を細めて遠くの方まで確認するサイラス。

アルドは東の方を指差す。


「ザルボーの村に近い辺りなら未来でも陸地のはずだ。その辺りで目印になりそうなものを探そう。」


3人はザルボーを目指して歩き出した。装置はアルドとサイラスが抱えた。




「——きゃー!」


しばらく歩くと悲鳴が聞こえた。


「アルド!」


「ああ!行こう!」


即座に反応するサイラスにアルドが応えると、2人はすぐさま装置を置き、声の方へ駆け出す。

ジョージは後を追った。



声がした場所へ2人が到着すると、少女が魔物に襲われている。

アルドとサイラスは、段取りを確認する間もなく魔物と戦闘に入った。


2人の息はぴったりで、難なく魔物を撃退した。

ともに闘った日々が2人の阿吽の呼吸を裏打ちしているようだった。



少し遅れてジョージが追いつく。


(……ぜぇぜぇ……)


「2人ともなんて足が速いんだ。」



3人は息を整えると、未だ尻もちをついて状況が飲み込めていない少女に視線を移した。


華奢な腕は、照りつける日差しを無視したように白い。黒く長い髪はさらりとしていたものの、砂漠の風に晒され少し痛んで見えた。こちらを見つめ返す瞳は、吸い込まれそうなほど大きく、髪の色よりもさらに黒い。



(歳はフィーネと同じくらいか?)


そう頭の中で考えながら、アルドは問いかける。


「あんた、大丈夫か?」


「え、えぇ。助けて頂いてありがとうございます。」


少女は未だ驚いた様子でパチパチと瞬きをしている。



「なぁに、困ったときはお互い様でござる。無事で何よりでござった。」


サイラスの笑顔に少女は戸惑った表情を見せた。


その様子がアルドにはおかしく見え、笑ってしまった。


「ははっ、そりゃ言葉を喋るカエルを見たら誰だって戸惑うよな?サイラス、怖がってるじゃないか。あんまり顔を近づけるなよ。」


サイラスはショックを受け、あんぐりと口を開ける。



「——ふふっ。」


アルドとサイラスのやりとりを見て少女は笑顔を見せた。


「驚いてごめんなさい。怖がってるわけじゃないの。ただ喋って二足歩行するカエルなんて見たことなかったものだから……。改めて助けて頂いてありがとうございました、カエルさん。」


「サイラスでござる。」


サイラスは気をとり直し、キリッとした表情を作って見せる。


アルドにはそれがまたおかしくて見ていられない。


「サイラス……キメ顔のカエルなんて…ふふっ…面白いだけだぞ。」


サイラスはまた口をあんぐりと開けた。

ガーン……と聞こえてきそうだ。


少女はクスクスと笑いながら立ち上がり、服についた砂を軽く手で払った。




「オレはアルドだ。」


アルドは簡単に自己紹介を終えると、次はジョージの番だろうと視線を送る。


するとジョージはこれまでになかったほど驚いた顔をしていた。



「エリー……エリーじゃないか!」


ジョージは目を丸くしたまま少女を見つめている。



ジョージの言葉を聞いたアルドとサイラスは口をポカンと開け、ジョージと同じように目を丸くして少女の方を見る。



少女は一行の視線を浴びて戸惑うが、それでもしっかりとした口調でこう言った。


「すみません。気を悪くしないで欲しいのですが、私はナターシャ。私の名前はエリーではありません。」



その言葉を聞いてジョージは我に返った。


「——取り乱してすまなかった。キミによく似た人を知っていたものでね…。」


ジョージの顔は少ししょんぼりしているようだ。




「と、とにかく一旦装置をとりに戻ろう。ここは危険だ、ナターシャも一緒に来るといい。」


アルドが言うと、ナターシャは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに表情を曇らせ、後ろへ一歩下がる。


「お気持ちはありがたいのですが、……ダメなんです。一緒にいると皆さんに迷惑がかかってしまいます。」


アルドは眉間にシワを寄せ、腕を組んだ。


「どういうことだ?」



「……呪いにかかってしまって。」


ナターシャが言うとすぐにアルドが問いを重ねる。


「どんな呪いなんだ?」


「——魔物を引き寄せてしまうんです。ザルボーの村にいると、村のみんなに迷惑がかかってしまうので、自分から出てきたんです。」


ナターシャは一歩距離をとったままだ。


「それでこんなところに1人でいたってわけか……」



アルドは続ける。


「呪いのこと、詳しく聞かせてくれないか?みんなで考えれば良い手立てが思いつくかもしれない。」


アルドの横では、サイラスとジョージがうなずいている。


3人に促され、ナターシャは自分にかかっている呪いについて話し始めた。

3人はしばらくそれを聞いた。


魔物を引き寄せること。手首に湿疹が出ること。ときどきふらつくこと。症状ははっきりしていたが、呪いをかけた術者や呪いにかかったきっかけは不明だった。



「……うーん…」


アルドとサイラスは同時に唸った。

呪いの原因に見当がつかないのであれば、2人にはどうすることも出来ない。


その横で、ジョージは目を閉じて頭を捻っている。



3人の様子を見たナターシャは諦め混じりに言った。


「……もういいんです。わたしのことは気になさらないでください。もともと身寄りのない身ですから、わたしがどうなったところで困る人はいませんもの。皆さんに心配して頂けただけで十分です。」


「待ってくれ。」


ジョージは目を開く。



「それは呪いではないかもしれない。」


ジョージは一同の視線を集めた。


「どういうことなんだ?ジョージさん。」


アルドが聞くと、ジョージは眼鏡をクイッとずり上げる。


「この時代では呪いとされていても、未来では一種のウイルスが原因であると解明されているケースがある。つまり病気だ。」


「——それって治るのか!?」


アルドはジョージを急かす口調だ。


「この娘はおそらくバルミダ病だ。手首の湿疹……、間違い無いだろう。バルミダ病は、私の時代ではすでにワクチンが完成されている。——治せる病気だよ。」


治せる病気…。アルドとサイラスの表情は一気に和らいだ。

ナターシャは何の話か理解出来ていない。



ジョージはナターシャに近付いて語りかける。


「私は800年後の未来からやってきたんだ。」


「……未来?」


ナターシャは不思議そうに首をかしげる。


「ああそうだ。未来へ行けばキミの病気はすぐに治るだろう。心配することはない。アルド君やサイラス君も、時を超えて私の時代にやってきたんだから。」


ジョージの話は突拍子もないことのはずだが、意外にもナターシャは全く疑わなかった。

それもそのはず。

未来から来ただの、未来へ行くだのという類の話は、目の前にいる言葉を話すカエルに比べればまだまだ常識の範囲内だ。




「……ホントに?わたし、治るのですか?」


「大丈夫。キミの病気は必ず治る、約束しよう。——いっしょに未来へ行って、病気を治したらここへ帰ってくるといい。」



優しく語りかけるジョージに、ナターシャは力強くうなずいた。



「アルド君、もうひとつ頼みが出来てしまったようだ。」


そう言うジョージに、アルドは笑顔を向ける。


「ああわかってる。一度ナターシャをエルジオンの病院まで連れて行こう。臨床実験はその後だ。」


「そうと決まれば、さっそく合成鬼竜を呼び戻すでござる。」


サイラスに同意し、アルドとジョージはうなずいた。




一行は、コールドスリープ装置を置いてきた地点まで戻り、合成鬼竜の到着を待つことにした。



ナターシャは、自分のことを本気で考えてくれる人がいることを、心の底から嬉しく思い、胸がいっぱいになっていた。

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