コールドスリープ装置
茂菌研究室
第1話 ジョージ
「———はぁ———」
アルドは呆れ顔で腕を組んだ。
「…なぁサイラス、どう思う?『リィカのメンテナンスをするんだー』ってエイミは言ってたけど、……メンテナンスにあの量のお菓子はいらないよなぁ。」
「ふむ、あれはきっと『じょしかい』とかいうやつでござるよ。おなごたちがお菓子を食べながらおしゃべりする集まりでござる。」
サイラスは最近、『女子会』という言葉を覚えたらしい。
セバスちゃんの部屋に行くというエイミとリィカを見送ったあと、特にすることがない2人は、エルジオンの街をのんびりと歩いていた。
「——やっぱりそうだよなぁ。それにリィカのメンテナンスって、ついこの間やったばかりじゃなかったか?べつに秘密にする必要なんてないのになぁ。」
「まぁ良いではござらぬか。秘密のひとつやふたつ、あって然るべきでござろう。拙者は少々『みすてりあす』なおなごの方が好みでござる。」
どうやらサイラスは『みすてりあす』という言葉も最近覚えたようだ。
(——ミステリアスって言うのとはちょっと違うような……)
アルドは心の中でそう思ったが、ツッコんでいてもキリがない。やめておくことにした。
取り留めのない会話をしているうちに、2人はメインストリートに出た。
視界いっぱいに未来的な街並みが飛び込んでくる。
この時代から800年前がアルドの時代、サイラスの時代はもっと前である。
2人にとってはるか未来のこの時代では、多くの道具が自動化、小型化され誰もが便利という恩恵を享受している。
「——未来って本当に便利なものばかりだよな。」
「拙者の時代には考えつかない道具や機械が溢れているでござる。」
2人は街を見渡す。
そんな2人に、不意に後ろから話しかける声があった。
「キミたち、ちょっといいかな。」
アルドが振り返るとそこには年配の男が立っていた。
上品な服装で、歳は60くらいであろうか。眼鏡をかけ、口髭はきれいに整えられていた。
どことなく驚いた顔をしている。
年配の男は続ける。
「もしやキミはアルド君ではないかね?」
「ああ、そうだけど。」
アルドが答えると年配の男はさらに驚いた表情を見せた。
「あぁ……本当にいた。言葉を話すカエル、大きな剣を持った青年。……妻の、エリーの言った通りだった!」
年配の男性はそこまで言葉を漏らすと、ふと我に返りアルドとサイラスに話しかける。
「——失礼、私はジョージだ。アルド君、そしてそちらのキミはサイラス君だね?キミたちに会えて嬉しいよ。実はキミたちにどうしても頼みたいことがあってね。」
アルドとサイラスは急な出来事に少し戸惑いながら、お互いに目を見合わせ、ジョージがどちらの知り合いでもないことを無言のまま確認しあった。
なぜ自分たちのことを知っているのだろう、アルドとサイラスは首をかしげる。
ジョージは明るい声で続けた。
「ここではなんだ、私の家に来ないか。すぐそこなんだ。大したものはないがもてなそう。紅茶はお好きかな?」
頼みがあると言われては話を聞かぬわけにもいかない、そういう性分のアルドはすぐに返答する。
「まぁ、そこまで言うならお邪魔するよ。このあと特に予定もないしな。サイラスもそれでいいか?」
「拙者も構わないでござるよ。『みるくてい』…でござるか?以前から飲んでみたいと思っていたでござる。」
もてなし目当てを口実に、アルドのお人好しに付き合うサイラスが、自分に気を使う必要はないと言ってくれているようで、そのことはアルドにとっていつも救いとなっている。
3人はジョージの家へ向かった。
ジョージの家の中には、大きなものから小さなもの、さまざまな機械やパーツが溢れていた。
それでも散らかっているということはなく、立ち振る舞いの通りの上品な人柄が感じ取れた。
アルドとサイラスに紅茶を入れると、ジョージはテーブルの対面に座った。
「私は医療系のエンジニアをやっていてね。特にコールドスリープの研究を長年続けて来たんだ。」
「こおるど…すりーぷ?」
アルドにとっては聴き慣れない言葉であった。
サイラスはミルクティーをズルズルとすすっている。
「——あぁ、コールドスリープというのは人間を凍らせて保存する方法のことでね。その時代では治せない病気でも、将来的に治療法が見つかりそうな場合は、そのときまで患者を凍ったまま眠らせておくことがあるんだよ。その人の時間が止まるから、装置の中にいる間は病気の進行も止まると言うわけだ。」
ジョージは、アルドとサイラスが医療に明るくないことを察し、自分の研究してきたことを懇切丁寧に説明した。
ジョージの話を聞いたアルドはコールドスリープの概要を理解することが出来た。
「なるほど!こおるどすりーぷを使えば病気に苦しむ人たちを今以上に助けられるってことだな?すごいことじゃないか。材料の調達でも荷物運びでも、オレに手伝えることならなんでもするよ!」
アルドは気持ちが高まり、やる気の表情を見せるが、それを遮るようにジョージは続ける。
「——コールドスリープそのものはずっと以前に完成されていたんだがね。装置自体が巨大化してしまうことが難点だったんだ。既存のものだと、装置ひとつでこの家より大きな設備になってしまう…。その巨大さゆえに量産できず、ごく限られた患者しかコールドスリープを利用することが出来なかった。私と妻の研究の終着点は、装置を小型化し量産することで、より多くの患者が利用出来るようにすることだった。」
サイラスはミルクティーをすすっている。
ジョージの過去形の言い回しにアルドは違和感を覚えた。
「——だった……?」
「昨日、やっと完成してね。」
ジョージが指差す方向を見ると、部屋の隅にいかにも頑丈そうな箱型の装置が置いてあった。大人が2〜3人ほど入れるだろうか。
「あれがそうなのか?」
「ああ、そうだ。私と妻の夢が詰まった装置だ。」
アルドの問いにジョージはうなずきながら答えた。
気持ちが高揚してテーブルに手をつき、椅子から腰を浮かせていたアルドだが、冷静さを取り戻して椅子に座り直した。
ほんの数秒沈黙し、アルドは本題を切り出す。
「すると頼みっていうのは何なんだ?装置が完成したなら、オレに手伝えることは無いように思えるけど。」
「装置は完成したがまだ臨床実験を行なっていないんだ。理論上完成している装置や薬品でも、実際に人間が試すことでようやくその安全性が証明される。臨床実験を行なっていないこの装置は安全性を保証できないし、そもそもそれなしでは認可されない。逆に言うと臨床実験をクリアすることで認可され、量産され、多くの患者たちが使用することとなるだろう。」
「…………」
アルドは黙って聞いている。
サイラスはカップの底をペロペロ舐めている。
ジョージは真剣な表情をつくった。
「———その臨床実験の手伝いをして欲しい。」
ジョージはアルドをまっすぐに見つめる。
「………」
「……それは、——この装置にオレが入って『こおるどすりーぷ』してみるってことか?」
不安げに聞くアルドだが、ジョージは優しく笑いながら否定した。
「あー、いやそうじゃないんだ。この装置には私が入る。800年装置を稼働させて無事であれば、通常想定される数十年から100年程度のコールドスリープについては十分に安全性を証明できるだろう。」
カップを舐め回していたサイラスの動きがピタリと止まる。急に目が細く鋭くなったようだ。
「……800年、でござるか?——ただの実験にしては、いささか長すぎではなかろうか。」
随分と都合よく『800年』が出てきたものだ。偶然とは思えない。
サイラスは警戒した。
アルドはピンと来ていない。
ジョージは「——ふぅ——」と一息ついて、眼鏡を指でクイッとずり上げた。
「———私が装置に入るから、起動ボタンを押して800年後にコールドスリープの終了ボタンを押して欲しい。普通の人間には出来ないが、……キミには出来るはずだ、アルド君。キミたちは、800年の時を超える手段を持っているのだろう?」
少しの沈黙の後、サイラスがゆっくりと口を開く。
「…お主、何者でござる。」
自分たちが時を超えていることを初めから知っていた者は今までいただろうか。
どこでその情報を知り得たのか。
いずれにしても普通ではない。
さまざまな疑念がアルドとサイラスの脳裏をよぎる。
「ははっ、私はただの老いぼれたエンジニアだよ。うまくいけば多くの患者を救うことになるだろう。ぜひ手伝ってほしい。」
ジョージは穏やかな笑顔を崩さない。
疑問は残るがその表情からはまったくと言っていいほど悪意を感じられず、アルドは手伝うことを決めた。
「わかった。そういうことならアテはあるよ。800年前の時代に行って装置を起動しよう。そのあとオレとサイラスでこの時代に戻ってきて装置を止めればいい。でも大丈夫なのか?800年だろ。何かあったら——。」
サイラスは跳び上がる。目はまん丸に見開き、焦っている。
「待つでござるアルド!お主はもう少しばかり警戒するということを覚えた方がいいでござる!よからぬことを企む輩であったらどうするつもりでござる!?」
「うーん、サイラスの言うことはわかるけど、ジョージさんはそんな風には見えないぞ?」
「それはそうでござるが……」
こういうときのアルドには何を言っても通用しない。サイラスは諦めの表情とともに、力なく椅子に腰を戻し、「はぁー……」とため息をついた。
ジョージは今まで以上に笑顔になった。
「——もし実験がうまくいかなかったら、起動した時代に戻って緊急停止してくれ。そうすれば大きな事故にもならないだろう。」
「それなら大丈夫そうだな。——サイラスもいいか?」
同意を求めるアルドの横でサイラスはうなだれている。
「やれやれ……、アルドのお人好しには困ったものでござる。手伝うと決めたからには止めても無駄でござろう。拙者も『みるくてい』の礼をせねばなるまい……。」
サイラスはすっかり力が抜けてしまったようだ。
アルドはジョージの方を向き直す。
「ひとつ確認するけど800年も前からとったデータなんて、ちゃんと信用されるのか?普通の人が聞いたらお伽話にしか聞こえないだろ。」
アルドの懸念はもっともである。
だが、どうやらその点についてもジョージは抜かりないらしい。
「ツテがあってね。セバスちゃんという女の子を知っているかい?彼女には研究を進めるにあたってアドバイスをもらったことがあるんだ。本物のデータさえあれば彼女なら協力してくれるだろう。キミたちが時代を行き来していることも公にならないよう配慮するよ。」
実のところ、時代の行き来が可能であることは、公になるのは望ましくない。混乱を招くことは明らかだし、アルドやその仲間に悪意を持って接触してくる者も多く現れるだろう。
アルドとサイラスは納得した。
「——800年前…、ちょうどアルドの時代でござる。さっそく合成鬼竜に頼んでみるでござるよ。」
3人は合成鬼竜に向かった。
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