第15話 想い出は二人きりで…?

 あんこちゃんは毎朝1階のお店や僕たちの遊びエリア(猫カフェって人が呼ぶ場所)を綺麗に掃除してくれる。僕たち11匹のブラッシングも欠かさないし、時にはシャンプーだってしてくれる。

 夕方になるとアルバイトの釘田さんというおばちゃんがブラッシングや爪切り、僕たちのトイレや猫カフェエリアだけでなくお店全体の掃除をやりに来てくれるけど、僕はあんこちゃんの掃除の後の方が隅々まで綺麗になったような気がする。

二人とも丁寧なんだけど、何かが違うんだよ。


 あんこちゃんは、毎朝掃除が終わると、1&1(ワンエンドワン)ってお店のコーヒー豆を選んでその日のブレンドコーヒーを作る。基本的な豆の種類は決めているようだけど、天候や湿度に合わせてほんの少しだけ調整しているんだってさ。ブレンドの比率は内緒らしい…。

そしてあんこちゃんは、ブレンドした豆を一人分取り出し、小さな手動ミルでゴリゴリ引いて、フィルターの上にふわりと落とし、ゆっくりとお湯を注ぐ。

誰もいないカウンターに座り、カップに溜まっていくコーヒーを待つために窓の外の風景をぼんやり眺めて、そして香りを楽しみながら味わって飲むんだ。この頃になると、お店全体にコーヒーのいい香りが充満して、僕たちも仕事をしようかなって気になるんだ。



 僕は、次男のレパード。僕の毛色は、ブラウンとオレンジとホワイト、ブラックなどが綺麗に混じった、まるで豹のような色合いでアメショの柄なんだ。だから、『レパード』なんだけどね…。生まれた最初の頃は、頭が誰よりも大きかったから、一番身体も大きくなるだろうって思われていたようだけど…。肥りすぎず、瘦せすぎず、手足はすらりと長く、顔はいたずらっ子に見える、…程よく人に好かれる要素いっぱいに成長出来たと思う。

 だから、僕は人にかなり好かれる。特に女性には人気だ。子どもが耳を引っ張っても怒らないから、お母さんにも人気なんだ。


◇◇◇

 

 背が低くて、カメラマンをやっているという神原さんは、あんこちゃんとは引越す前の小学校で同クラスだったようだ。二人が再会した日は、手を取り合って喜んでいたから、僕は初め女の子かと思っちゃったんだけど、名前を聞いても性別が分かんない。うん?女の人で「まこと」っていう名前の人もいるし…。


 それに、匂いがね…どっちともつかない匂いだったんだ。香水をつけていたのだけど、これは女性の香りだった。知ってる?女性が付ける香水って男性を惹きつけるんだよ。僕は、猫だけどあまり強くなければ、女性がつけるほのかな香水は、好きなんだ。…で、神原さんがつけていたのは、こっちの香水だったんだ。

そりゃあね、男性だって女性がつけるような香水をつける人がいる。反対に女性が男性用の香水をつけることもある。でも、だからって僕たちは間違えない。性的な匂いは、消せないからね。

 そう、僕が神原さんの匂いに戸惑っていたら、花ママはしっぽを立てて近づいてきたけど、何にも言わなかった。だから僕も匂い云々とか考えるのを止めたんだ。

僕が、仲良くなりたいよ!ってポーズのしっぽを絡ませたり、鼻をこすり付けたりしていたら、優しく撫でてくれた。お腹を出してあげたたら、お腹も背中もゆっくり優しく撫でてくれた。そんな神原さんを僕は好きになったよ。


あんこちゃんと神原さんが二人だけで内緒話をしたのは、二人が再会した2日後だった。そう、お店のWeb関連のお仕事に関係する打ち合わせをする前日だったよ…。



神原さんは小さい声で

「これは、プライベートだから…。」

って言って猫ブースに入って来たときは、僕の方が緊張しちゃった…。



◇◇◇



 猫ブースに神原さんが注文したアイスラテをあんこちゃんが持ってくると、横に座ってほしいというジェスチャーを神原さんはして見せた。テーブルに両肘を立てて顎を乗せたり、両手を拝むように合わせた親指の場所に可愛い唇をくっつけていたり…。時々唇を両手の親指で挟んでもにもにする姿は、僕にはとてもかわいい女の子に見えたんだ。神原さんの横にあんこちゃんが座るとその耳に向かって、まるで小さなメガホンのように、両手にそっと膨らみを持たせて丸い隙間を作り、横にいるあんこちゃんの耳に向かってこう言ったんだ。


「あんちゃんは、僕が小3のときに山田と派手な喧嘩をしたの覚えてる?」

「覚えてるよ。私、大声出して暴れちゃったもん。」

「あの時、あんちゃんは、『女男みたいで気持ち悪い。おかま野郎』とか散々に言われていた僕のこと、本気で庇ってくれたよね。でもって、あんちゃんのこと好きだった山田を泣かして、おもらしまでさせちゃった…。僕にはあんちゃんが無敵のヒーローに見えたよ。」

「あれは、腹が立ったのよ。本気でね。人のことをからかって喜ぶなんで、とっても嫌なことだもの。」

「ふふ。あの時の山田に言った啖呵の言葉覚えてる?」

「うーん。あんまり思い出せない…。実は、あの後から大変だったんだよ。

山田君のお母さんがうちに乗り込んできてね。女の子のくせに、男の子を泣かすなんてみっともない、どんな育て方をしたのか?ってうちの母がものすごく責められてね…。その後には母からも同じような言葉で叱られたわ。父は庇ってくれたけど。

両親が丁度離婚するって感じだったから、私も言い過ぎてしまったのかもしれない。

その後だったと思う。両親は離婚して、父は家を出て行き、そのあと何も連絡も…。父が大好きだったから、引き取ってくれると思っていたんだけど…。

とてもショックで…。なんで、連れて行ってくれなかったのかな…って。

私が女の子らしくなかったからかな…とか。」


あんこちゃんが何となく泣きそうだって僕は思った。

いつもの僕は猫語で叫んだりしないんだ。だけど、今日は大きな声を出したんだ。

「にゃにゃにゃあん。にゃにゃーん。」(訳:あんこちゃん、泣くなら僕の胸を貸すよ!by次男レパード)

あんこちゃんと神原さんは、僕の鳴き声を聞いて、目を合わせてから微笑んだ。

二人は交互に僕の頭や背中を撫でてくれた。


「そうかあ、そうだったんだね。僕はあのときのあんちゃんの言葉がすごく残ってるよ。僕は、救われたんだ。『何も悪くない!男とか女とか関係ない!』って大きな声で言ってくれて…。あの時、僕にもきついこと言ったの覚えてる?」

「え?そうだったけ?いろいろごめんね!」

「ううん、違うんだよ。僕に、『ちょっとくらいのことで泣くな!性別じゃなくて人間として本気で最後まで自分を貫き通せ!

金メッキの卵じゃなくて、本物の金の卵になれ!』って…あれ恰好良かったよ。

ふふ。あの頃のあんちゃんは、クラスの中で一番強かったんじゃない?」

「私、ものすごい人だったね。でも、両親の離婚のあと、すぐに引っ越しになっちゃって…。」


「僕は、あれから心が自由になったんだ。僕は、男でもないし女でもない。一人の悩むことができる人間。もちろん、こんな風になるまで葛藤はたくさんしたけどね。人としてどう生きていくか?が僕のテーマなんだ。

この気持ちがカメラではいい方向に向いているようで、賞を取ったり、仕事を評価してもらったりできていると思う。悩むことを仕事の糧にしたんだよ。

性を超えた何かを求めて…とかね。」


神原さんの横顔を見つめるあんこちゃんの表情は、少し暗い…。

違うな、戸惑っているんだ。

あんこちゃんは神原さんの言葉に上手く反応出来ないでいる。

僕は、しっぽを立てて二人の間に挟まるようにくねくねと歩いて見せてあげた。

二人は僕のしっぽの生え際をもみもみした。うん、そこ気持ちいー。



「昔話は、もう終わり!ただただ感謝の気持ちを伝えたかっただけだから…。」

「うん。まこくんが今元気で楽しい時間を過ごせていることが、一番うれしいよ。

私は、自分が言い過ぎたと思ってた言葉が、相手には違う意味になっていたことが嬉しかったし、でも言い過ぎて反省した自分がいるのも事実だし…」


「実は、もしかすると山田のお母さんが暴れたんじゃないかって噂はあったんだ。それで転校したんじゃないかって…。だから、次に会えたら言いたかったんだ。

もう一回言うね。あんちゃんが言ってくれた言葉に救われた奴がいるんだよ、だから…。

ありがとう。本当にあの時はありがとう。そう言いたかったんだ。」


いつの間にか二人はお互いの両手をしっかり握りしめていた。

なんとくお邪魔したらいけないような気がして、僕はしっぽを優しくぱたぱた動かすだけで、鳴き声を出すのを遠慮した。


そして、なぜかそっと神原さんの頬に手を置くあんこちゃん…。

「ねえ?なんか肌の艶がいいし、可愛くなったよね?」

「女性ホルモンの注射を打ってもらっててー。女性クリニックで…。」

「え?なんか整形とかしたんじゃなくて?」

「肌の調子って恋するとつるるんってなるのよねー」

「えー?恋人いるのー?今度会わせてねー…。」

「うん?いるとは言ってないんだけど…。」


先ほどまでのシリアスが雰囲気はどこへやら…。

じゃ、僕も絡んでいこう…。

「にゃうにゃうにゃー」


「この子可愛いね。『レパード君』って言うんだよね。

また僕来るからね。いっぱい遊ぼうね。」


僕は、神原さんのほっぺにチュッてしてあげた。また、来てね!待ってるよ。

で?女性でいいんだっけ?…。違うね、素敵な人!でいいだよね?

もう、性別なんてどうでもいいや。

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