第4章 リアル ⑥

「という訳で辰さんが怪しい。つうか真っ黒。殺そう。辰さん以上の人間がリアルにいるとは思えない。それでリアルも潰せるよ」


 病室に戻り兼定氏や幹部連中に状況を説明する。困惑する者、怒りで顔を赤くする者、反応は様々だ。兼定氏はどちらでもなく、苦悩している様子が表情から伺えた。


「辰神が会長を裏切っているだと? てめえの話は推測だ! 証拠を見せてみろ!」


 強面がテーブルを叩いて激高する。が、


「この状況で辰さんに連絡取れないってのが最大の証拠でしょ。っていうか俺たちは異能犯罪者なんだぜ。証拠を出せ、なんて法に守られてる奴らのセリフだ。俺たちの世界じゃ疑わしければそれで十分じゃない?」


「会長っ……!」


 言い返された強面は兼定氏に意見を求める。兼定氏は眉間に皺を寄せ、苦みばしった声を漏らす。


「……もう儂の時代は終わっていたのだな……」


「昨日までは間違いなく爺さんの時代だったけどな」


 政治力・影響力において兼定氏と並ぶ悪党なんてのは日本でもそう何人もいないだろう。少なくともこの街じゃ間違いなくトップだった。しかし片腕を落とされたことで能力の弱化は免れないだろうし、襲撃の事実で一人当千だった彼の牙城は崩された。その雷名も地に落ちる……とまでは行かなくとも、勢威を削がれたことは間違いない。


「……爺さんはどう思うわけ?」


「――儂は」


 兼定氏が口を開く。


「街の支配を目論んでスカムを立ち上げたわけじゃない。今の若い連中は知らんだろうが、昔は今ほど警察の異能犯罪課が力をつけておらなんでな、異能犯罪が横行していた。異能犯罪者同士の抗争も絶えなかった。一日を終えて思うことは、明日の命の心配だ。明日こそ、寝込みを襲われて目覚めることができないんじゃないかとな」


 目を閉じて語る兼定氏に、夏姫が寄り添う。


「そんな毎日に嫌気が差してスカムを興した。儂らのような悪党でも、寝る時くらいは命の心配をしなくていいように仲間を集めた。縄張りを作った。異能犯罪課が台頭し始めてからは奴らの目に留まらぬよう一般人への犯罪を抑え込み、諍いはこちら側同士でするように制御した。結果他のグループや異能犯罪者を撃破、吸収し、今のスカムになった」


 本来無頼であるはずの異能犯罪者――この場にいるのは誰もがそうだ。その全員が、兼定氏の言葉に耳を傾ける。


「それを良しとせず、身内同士で争い、支配し合う、暴力の時代――辰神がそんなものを望んでいるのなら儂の理念とは合わん。一般人に被害が及び、結果全ての異能犯罪者に異能犯罪課の目が向くような事態は避けたい」


 苦しげに、それでも滔々と語る。


「だが、この怪我では儂の力は衰えるだろう。となれば儂はただの金持ちな爺だ。しばらくは顔も効くだろうが、それもいつまで保つかわからん」


「会長……」


 おっちゃんが涙声で漏らす。俺としても初めて聞く話だ。あまり好戦的だとは思えない人物だったが、そんな事を考えて立ち上げた組織だとは思わなかった。つまり犯罪者同士でもある種のルールに則って目をつけられないようにやっていこうぜ、ってな感じの自助団体みたいなもんだよな。


 それが街を支配するような組織になったっていうのは、兼定氏のカリスマが為せる業なんだろうけど。


「――アタル」


「うん?」


 急に呼びかけられ、間抜けな返事をする。兼定氏は俺を真っ直ぐに見据え――




「儂は引退する。お前がスカムを継げ」




 その思いもよらない一言に俺が反応する前に。


「会長! 引退なんて……!」


「そうですよ! それに、そんな身内でもないガキに頭下げろっつうんすか!」


 怒号の嵐。病室が騒がしくなる。


「……や、爺さん。それはないわ。この反応見たらわかるだろ? 悪手だぜ」


「儂が知りうる限り、最も若く、最も精強で、そして最も欲の無い能力者はお前だ。お前がスカムを継ぐのなら、統治と自由のバランスをとって儂の身内を率いてくれるんじゃないか――そう思うのだ」


 そう言うと兼定氏はセンターテーブルを囲む幹部連中を示し、


「お前にとっては興味が持てない連中だろうが、儂にとっては息子も同じよ。勿論お前もな」


「だからってさ……俺のガラじゃない」


「お前が拒むなら儂の後は夏姫に継がせる」


 一転、病室の空気が和らぐ。夏姫なら確かに兼定氏の後継者として順当だ。


 けれど。


「爺さん。俺は爺さんの進退を尋ねたわけじゃない。辰さんをリアルと断定するか、報復相手として定めるかどうかを聞いたんだけど」


「わかっておる。お前が継ぐならお前の好きなようにしたらいい。夏姫が継ぐなら夏姫に任せる。二代目の初仕事として好きなように動け。それが組織にも、周りにもその名を示すことになる」


 そう言って兼定氏はまっすぐに俺を見る。


 夏姫になるべく手を汚させず、来るべき時が来たら普通の生き方をさせたいというのは俺と兼定氏の共通の願いだ。その上で――夏姫を人質にとって、俺にやれと言っているのだ。


 ――このクソジジイ。そっちがその気なら、俺にもやり方ってもんがあるぜ。


「……俺にやらせるってんなら、やり方には一ミリも文句は言わせないよ?」


「好きにしろ。それでお前の下を離れる者がいればそれまでだ。スカムは大きくなりすぎた。小さな家族に戻るならそれもいい」


「――わかった。たった今から、俺がスカムの二代目だ」


「あっくん……!」


「兄さん……いや、二代目――会長就任おめでとうございます」


 俺の言葉に病室が一段と騒がしくなる。夏姫やカズマくんをはじめ、俺の言葉を快く思っているのは半分程度か。残りの幹部連中に目を向けると表立って文句を言ったりしないものの、不愉快そうに視線を反らす。


 まあまあ、そんな顔すんなよ。悪いようにはしないからさ。


「じゃあとりあえず、二代目の方針としてスカム前会長を襲ったと思しき辰さんとその組織と思われるリアル、これは撃滅だ。俺と夏姫ちゃんの仕事的にもこれは必ず実行する。で、早速新人事の発表だ。よく聞いてくれよ」


 俺は一同の顔を見回して――


「爺さん、スカム二代目会長としてあんたをスカウトする。あんたは死ぬまでスカムの相談役だ。この街の悪党の頂点がそう簡単に普通の爺なんかになれると思うなよ?」


「わかった。それでいい」


 俺の言葉に、兼定氏は大仰に頷く。


「――で、カズマくん」


「は、はいっ!」


 名前を呼ばれたカズマくんが、兄さんから会長に昇格してしまった俺の言葉に身を正す。


「報復が済んだら、お前が三代目だ。早けりゃ日が昇る頃には三代目会長だぜ。出世したな。もう小遣いに困らないよ」


「なっ――」


 言葉を詰まらせたのは兼定氏だ。身を乗り出して――傷が傷んだのか、顔をしかめる。


「――お祖父ちゃん!」


「大丈夫だ……おい、アタル! それはどういう……!」


「言ったよ、俺。一ミリも文句は言わせないって。――カズマくん」


「はいっ!」


「三代目はお前だ。だけどまだカズマくんじゃ回しきれないだろ? 死ぬまで引退しない相談役がいるからさ、こき使ってやれよ」


 そう言うと、顔をしかめていた幹部連中が立ち上がって口々に叫ぶ。


「てめえ、よくわかってるじゃねえか!」


「見直したぜ!」


 そうだろうそうだろう。俺は幹部連中に静まるように手を振って、


「あんたたちも、俺が二代目ってことでいいな?」


 わぁっと歓声。あんたらそんな強面なのにはしゃぐ時ははしゃぐんだな。というかカズマくんが兼定氏だけじゃなく幹部連中にも気に入られてて良かったぜ。


 ――ともかく。


「はしゃぐのはそのへんで。二代目として報復に関しては俺が仕切る。異論は?」


 そう言って一同を見回す。口を開く者はいなかった。


「よし。リアルの撃滅は俺がやる。あんたたちは地盤の確保だ。こうなったらどこまで裏切り者が食い込んでるかわからない。あんたたちが自分たちの目で見極めて、自分たちの家族に化けたクソ野郎をぶっ飛ばせ。万が一辰さんや襲撃者らしい人物を見かけたりしたら俺に即連絡。よろしく。信頼できる筋でここのガードの手配もしてくれ」


「「はいっ!」」


 幹部連中が一斉に返事をした。なんか性に合わないな、こういうの。


 そんな感想を抱いているとそれぞれがバタバタを病室から出ていった。残ったのは俺と夏姫、兼定氏にカズマくんの四人だ。


 随分と風通しの良くなった部屋で夏姫がポツリと呟く。


「……あっくんはこれからどうするの?」


「例のヤサに行ってみるよ。これで外れだったら笑えないけど、他にアテがあるわけじゃないしね」


 夏姫の問いにそう答える。辰さんがスーツくんを使って邪魔しようとした情報だ。外れだとも思えないが。


「大丈夫? 私にできること、ある?」


「今んトコ想定してる敵は辰さんと襲撃を実行した襲撃者、あとはバックアップメンバーが何人か……スカムにもまだスパイみたいにこっそり活動してる人間いそうだし、そこらへんは前後しそうだなぁ……」


 俺は頭の中でぱぱっと敵の戦力を想定してみる。こんなところか。それらを全て撃破して栞ちゃんを救出する。簡単な仕事じゃあない。


 だが。


 不安げに俺を見る夏姫の頭を撫でてやる。


「大丈夫。なんとかするよ。夏姫ちゃんはいつも通り俺が戻るのを待ってたらいい。スカムの誰かにガードさせるから、ここで爺さんの看病してな。奴らがこの街から逃げ出していなければ朝までには終わらせる」


「アタル……」


 今度は兼定氏だ。常に意志の炎を宿らせ、何者も寄せ付けない彼の双眸。それが今は見る影もない。わからなくはない。能力者――それも俺たちのような無法者にとって異能の力はアイデンティティに直結する。今夜片腕を失った彼はきっと今後その異能も精彩を欠くだろう。弱気になって当然だ。


「……辰神の能力は知っているか?」


「いや、知らない。でもまあどうにでもする――と言いたいところだけど知ってたほうがやりやすい。爺さんは知ってるだろ? 教えてくれよ」


 尋ねると、兼定氏はゆっくりと口を開いた。


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