第9話 親バカ

 三つ星レストランとやらは、外観にとどまらず内装も何処ぞの宮廷を思わせる華美な装飾に彩られ、オーケストラの演奏が客同士の会話の邪魔にならない程度に場を盛り上げていた。


「キョロキョロと馬鹿みたいに店内を見渡すな」

「仕方ないだろ。こんな店に来るのは初めてなんだから」


 お上りさんのように視界に映るすべてが物珍しく、他所のテーブルで談笑を交わしていた客と目が合うと庶民の出であることを見透かされてるような気がし、一庶民でしかない俺は落ち着かなかった。

 ノワールは流石に店内まで着いてくることはなく、「楽しかった」と言い残して乗ってきた馬車で寮まで送り届けてもらい、帰ってしまっている。

 唯一の味方がいなくなりおどおどしながらオパルについていくと、最奥の席に既に到着していた俺を呼びだした張本人がにこやかに待ち構えていた。


「奥様、大変お待たせしました。こちらがマチダ・タダシ様でございます」

「あらあら、随分とお洒落で爽やかな御方ではありませんか。ねぇ、あなた」

「ふん。まあまあ、といったところだな」


 微笑みながら口を開いたのは、俺を呼び出したハイアット家当主の妻、ハイアット・シルルだった。森妖精は長命種と聞いてはいたが、アンチエイジングに勤しんでる女性が虚しくなるほどの年齢を感じさせない若々しさと美貌を兼ね備えていた。

 その妻に同意を求められ否定はせず追従していたのが話に聞く現当主、歴代でも一、二の実力をもつというハイアット・ギルベルトというのはわかったのだが――その狭間でずっと肩身狭そうに俯いていた少女が顔をあげたとき、時と場所をわきまえずに思わず大声を上げてしまった。


「シ、シーナ⁉ どうしてここにいるんだ」

「まあ、オパルったらマチダさんに趣旨を伝えてなかったの?」

「私は奥様の命に従いマチダ様をこちらまでお連れしたまでございます。それでは失礼致します」


 自らの主人だというのに、ぶっきらぼうに答えるオパルはすれ違いざまに俺にだけ聞こえる声量で話しかけてきた。


「これ以上シーナ様に近づくようなことがあれば殺す」と、背筋の凍る捨て台詞を吐いて颯爽と去っていった。


       ✽✽✽


「今日は突然ごめんなさいね。娘から長い間悩まされ続けていた体調不良が解消されたって話を聞いてね、誰に治してもらったのか根掘り葉掘り聞いたの。そうしたら人間の不思議な治療行為で治ったと聞いて、ぜひ一度お礼も兼ねてお会いしたいと思っていたのよ」

「はあ……そういうことだったんですか」

「あと、娘が『マチダは悪い人間ではなかった』と話してましたし」

「ちょっとお母様!」


 そんなことのために、わざわざこのような肩肘張るだけの場に引っ張り出すなど大袈裟だと思わなくもなかったが、ハイアット家が四大貴族の一角に君臨すると聞いていて素直に席につく以外に選択肢はない。


 緊張で運ばれてくるコース料理の味もよく分からず、他愛もない会話のラリーを終始無難に繰り返し日本人の謙虚さをフルに活かした対応で、なんとか失礼な態度を取らないよう乗り切っていた。

 デザートの皿を平らげた段階で評価を下げるような振る舞いはしなかったはずだと己の行動を振り返り、拙いテーブルマナーを差し引いても目立った失敗もなかった。


 ただ気になるのは――。ギルベルトの目が言葉とは裏腹にまったく笑っていなかったこと。

 本人は表向き人間である俺と対等に話しているつもりなのだろうが、会話の節々に深く根付いた差別的感情が覗いていたことを見逃さなかった。どうやら夫婦揃って俺を招いたわけでないようだ。

 高価なワインを飲み干すピッチが早まり、酒が次第に進んでいくにつれ目が座り始めたギルベルトは胡乱な目で睨んでくると、とうとう本音を漏らし始める。


「最初からおかしいと思っていたのだ……ヒック。原因不明の体調不良を出自もよく分からない人間が一発で治しただと? ヒック、未だに信じられんな」

「ちょっと、あなた飲み過ぎよ」

「そうよお父様、マチダに失礼じゃない。それに治してもらったのは本当なのよ」

「お前らは騙されてるんだ。なあ、人間。いったいどうやって治してみせたんだ?」


 とうとう行儀も作法も関係無くワインボトルを掴んで直接口をつけてラッパ飲みで飲み干すと、テーブルに勢いよく叩きつけて吠えた。


「なにより一番気に食わないのは……嫁入り前の娘の肌に直に触れたことだっ! 許せるはずないだろっ!」

「……はい?」

「お父様っ! ですからマチダにそのような下心はないと何度話せばおわかりになるんですかっ」


 突然のカミングアウトにシルルは呆れて頭を横に振り、シーナは真っ赤になって弁解をする。


「本当に貴方って人は親バカなんですから」

「いや、男は皆狼なのだよ。いつ牙を剥くかわかったもんじゃない」


 ギルベルトが重度な親バカぶりを披露し、勝手な言い分をつらつらと述べた次の瞬間だった。「痛たたた……」ギルベルトは突然顔を抑えると、呻き声をあげて苦しみ始めた。


「だ、大丈夫ですか?」

「うるさいっ……私に構うな!」


 テーブル越しに差し伸べた手は振り払われ、「今日はもう帰ってくれ」と強制的に連れてこられたにも関わらず、帰宅を促された俺はしぶしぶレストランをあとにするしかなかった。



 

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