第9話 言ってないから
体育館にて。
俺達新入生はパイプ椅子の前列に、父兄の人達は後列に座っていた。
うちの親父や春香さんは仕事で来ないが、見るとそこそこの父兄が来てるみたいだ。レイカちゃんのような小さい弟、妹が来ているご家庭もある。
周りを見渡すと、新入生の殆どは緊張した面持ちだ。
俺? 俺は親もいないし、照崎先生と少なからず交流を持てたから、緊張はしていない。
粛々と入学式は進み、校長の言葉、来賓祝辞、祝電披露、歓迎の言葉が行われる。
そして。
「続いて、新入生代表挨拶」
来た──!
ステージ横の先生が呼ぶと、階段を登って一人の女生徒……咲良が登壇する。
背筋を伸ばし、微笑みを絶やさず、会場の視線を一身に集める咲良。
その美しさに会場が飲み込まれ、誰一人として言葉どころか衣擦れる音すら出さない。皆咲良に魅了され、動けずにいた。
あぁ、中学の入学式と同じだな……あの時も、こんな風な空気になったっけ。
当時のことを思い出していると、咲良がマイクの前で口を開いた。
「本日は、私達新入生の為にこのような盛大な式を挙げていただき、誠にありがとうございます」
────。
ぅ……ぉ……すげ……。
聞きなれた咲良の声。だけど素の声じゃなく、式の為なのかいつもより僅かに高い声は、まるで小鳥のさえずりのようによく透き通る。
堂々たるその声に、会場にいる皆が酔いしれてるのが分かった。
「──この三年間で私達はそれぞれの翼を大きく広げ、夢を掴むべく邁進していきます。どうぞ、よろしくお願い致します。本日は誠にありがとうございました。新入生代表、時田咲良」
定型文で締め括りお辞儀をすると、今日のプログラムの中で一番の拍手が沸き起こった。
こうして、なんの捻りもない定型の代表挨拶ながら、咲良は一瞬にして学校の注目の的になったのだった。
◆◆◆
「ユキカズ。今日の代表の子って、もしかして……」
「ああ。もしかしなくても妹だ」
入学式の興奮冷めやまぬ中、教室に戻る途中に並んでいた数寄屋が問い掛けてきた。
「やっぱり! 苗字が一緒だったから、そうだと思ったんだ。可愛い子だね」
「だろ? 咲良は世界一可愛いんだ」
「……シスコン?」
「ちゃうわい」
……あれ、この場合はシスコンなのか? それとも単に好きなのか? あれ?
変なところで首を傾げて教室に入ると、後ろの席が凄い人集りになっていた。ちょ、俺の席埋まってる……。
「時田さんってどこの中学出身!?」
「肌キレイ! 顔小さい!」
「髪も艶やか〜」
「モデルかなにかやってるの?」
「今日カラオケ行かない?」
「あー、ごめんなさい。今日は家族と約束が……ぁ」
咲良が俺に気付いて、頬を染めて笑みを向けてくれた。
ここに来る前に咲良と話し合って、俺達が付き合ってることは秘密にすることになった。
別に付き合うのはいい。だけど、それが一つ屋根の下で一緒に住んでる二人だとしたら、面倒な噂なんかもされかねない。
安定で平和な高校生活を送るため、仕方ないことだ。
……仕方ないことだが……。
「彼氏いる?」
「今まで何人と付き合ってたの?」
「馬鹿、こんなお淑やかで清楚な子が、そんな何人と付き合ってるはずないでしょ」
「えー、もったいなーい」
「あ、あはは……」
ムカッ……ムカムカムカッ。
いやまあ、確かに変な噂をされると嫌だから、俺達のことは誰にも言わないってことにはなってるよ? でもね? なんて言うかなぁ……分かる? このムカムカ。誰か理解してくれ頼む。
「えー、じゃあ俺が立候補しちゃおうかなぁ」
「あっ、ずりぃ! 俺も、俺も!」
「俺も!」
「時田さん一目惚れです!」
イライライライラ。
「わぁ……やっぱり、ユキカズの妹さん……サクラさん? 凄い人気だねっ」
「……ああ」
「……あれ、イライラしてる? 可愛い妹さんが取られそうでイライラしてる?」
「黙れ、毟るぞ」
「何を!?」
いや、分かってる。あれもコミュニケーションの一種で、咲良も本気にはしていないことは。
でも……何だろう。
凄く、嫌だ。
「あ、あのっ!」
寄って集ってくる人達を押し退け、咲良が席から立ち上がった。
「えっと……確かに彼氏はいないよ。だけど……好きな人がいないとは、言ってないから」
……咲良……。
……あれ……何かムカつきが収まった。逆に……めっちゃ嬉しい。何だこれ、心が踊る。
「あ……ご、ごめんなさ──」
「そうだぞ男子共!」
「咲良ちんは好きな人がいるの! 散った散った!」
あ、この声……。
「羽瀬さん、峰さん」
「よっす、時田っち」
「時田ちんおっはよー!」
赤髪褐色ギャルの羽瀬さんと、金髪ゆるふわギャルの峰さんが、廊下に群がってる人を押し退けて入って来た。
いや、早速二人共制服着崩してんじゃん……流石ギャル。やることが早い。
「あっ。紅葉ちゃん、夏海ちゃん!」
「ちっすー」
「やっほー」
「二人共制服似合ってるー! かわいー!」
咲良はさっきまで見せなかった満面の笑みになると、羽瀬さんと峰さんと楽しそうに話し出した。
「ユキカズ、二人は……?」
「ああ。赤髪褐色ギャルが羽瀬紅葉さん。金髪ゆるふわギャルが峰夏海さん。中学が同じだったんだ、俺達」
二人の名前は1組には無かった。ということは別のクラスなんだな。
少し離れた場所で三人を見ていると、教室の前から照崎先生が入って来た。
「はいはーい。今から5秒以内に座らない悪い子は退学ですよー」
横暴な!?
慌てて座ろうとすると、羽瀬さんと峰さんが俺に近づいて……。
「貸しイチな?」
「あーしキャラメルマキアートキャラメルましまし〜」
「……はは。ああ、ありがとう」
羽瀬さん、峰さん……イケメンかよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます