第50話 雑炊(特別メニュー)②
病院へ行き事情を説明すると、すぐに医者は店にまで来てくれた。
カルディナが幼い頃から世話になっていた病院らしく、猫耳を持つ男性の医者は「あぁ、あの子か。大きくなったなぁ」と即座に理解した様子だった。
ベッドの上で横たわるカルディナを診察し終えた医者は、正義たちに向き直る。
「うん、風邪みたいだね。重い合併症状とかは出ていないみたいだからその点は大丈夫だよ。この子、昔から何かと我慢することが多かったからちょっと無理してたんじゃないかな? 体力が落ちて免疫力が下がってたんだろうね」
穏やかな声で告げる猫耳の医者。
カルディナがその背後で「うぅ……すみません……」と小さな声で呟く。
ひとまず重い病気ではなかったことは安堵する。
が、正義はこれまでのカルディナの行動を思い返していた。
店を休みにすることはこれまでにちょくちょくあった。
でも今思えば、何かしら用事をしたりお客さんのために動いていたり、完全に『休む』ということはほとんどしていなかったように思う。
「カルディナさん、無理してたのかもしれないな……」
ずっと一緒にいたのに、倒れるまで気付かなかったことが歯がゆい。
正義は唇を噛み拳をギュッと握る。
「解熱剤を出しておくから食後に飲ませてあげてね。もし3日経っても良くならなかったらもう一度看るからね」
猫耳の医者は優しく言ってから店を後にするのだった。
「マサヨシ、チョコちゃん、ごめんね……。私、宅配を始めてから毎日がすっごく楽しくてさ……。自分の体調のことまで全然気が回ってなかった……」
部屋が静かになったところで、カルディナが赤い顔をしたまま二人に告げる。
「カルディナさん……。俺の方こそ気付かずにすみません」
「ううん。本当に楽しかったんだもん。だから謝るのは私の方。せっかくだから、この機会にちょっとゆっくりさせてもらうよ……」
そう言うと再び瞼を閉じたカルディナ。
チョコは医者が置いていった薬を手に、正義の
「カルディナお姉ちゃんにお薬を飲ませてあげないと……」
「うん。でもその前に何か食べさせないと。薬は食後にって言ってたし」
「そっか……。お姉ちゃん何も食べてないもんね……」
悲しそうに眉を下げるチョコの頭に、正義はそっと手を乗せた。
「それじゃあ、元気のないカルディナさんでも食べられる料理を俺たちで作ろう」
正義が軽く微笑んでみせると、チョコは大きく頷くのだった。
再び厨房に立った正義とチョコ。
今の二人の顔はやる気に満ちていた。
「さて、何を作るかだけど……。やっぱり胃に負担がかからないものが良いよなあ」
「やわらかいものとか?」
「そうだね。うーん、やっぱりおかゆかな」
「おかゆ?」
「俺の故郷にあった、ご飯を炊く時に水の量を増やして柔らかくしたものなんだ。病院でも出されていたほどだよ」
「へえー。美味しいの?」
「美味しいかと言われたら、そうとは言えない……かもしれない……」
シンプルにご飯の水の量を増やしただけ。
そこに梅干しや佃煮を添えて少し味を足すのが定番だが、この世界にはそれっぽい物がない。
それを考えると、おかゆ単体だと元々パンが主食のこの世界の人には厳しい可能性がある。
正義でさえ、施設で病気になってしまった時に出されたおかゆの味気なさには辟易したくらいだ。
「となると、ちょっとだけ味付きのものにした方が良さそうだな……。というかここは雑炊にしよう」
「ぞうすい?」
「おかゆと似てるようなものだけど、雑に言うとご飯から炊くか、炊いたご飯から作るかで違うんだよ」
幸い出汁もご飯も少量だがまだ保冷庫に残っている。
「よし、卵雑炊にしよう」
こんなことになるならラミアの卵を使いたかったが、既に無いものは仕方がない。
「チョコちゃん、卵を割って溶きほぐして欲しいんだ。手伝ってくれる?」
「うん。卵はこの前カルディナお姉ちゃんから割り方を教えてもらったところだよ。任せて!」
正義が頼むと、チョコは元気に手を上げて返事をしたのだった。
カルディナの部屋に戻った二人。
トレーの上にはできたての卵雑炊が載せられている。
カルディナは部屋のドアが開いたのを察知したのか、うっすらと目を開けた。
「なんか……良い匂いがする……」
「良かった。食事を作ってきたんです。少しでもいいから食べて薬を飲んでください」
「私もお手伝いしたんだよ。カルディナお姉ちゃん、食べてほしいな……」
「二人ともありがとう……」
ゆっくりと体を起こすカルディナ。
ボサボサになった髪をチョコが手櫛で優しく整えてあげる。
正義がトレーごと雑炊を渡すと、カルディナの目が僅かに見開いた。
「これは?」
「雑炊です。熱いので気をつけてくださいね」
「マサヨシの故郷の料理なんだね。いただきます……」
正義の忠告を受けて、カルディナは少しおっかなそうにスプーンで雑炊を掬う。
そして息を何度か吹きかけてから、そっと口に運んだ。
「…………! これは……とっても優しい味だね。体も温まる……」
自然と笑顔になったカルディナを見て、正義もチョコもホッと安堵する。
「既に柔らかいけど、ゆっくり噛んでくださいね」
正義が言った直後、チョコの方からきゅぅ……という可愛らしい音が鳴った。
「ご、ごめん……。カルディナお姉ちゃんが美味しそうに食べてるのを見てたら、つい……」
お腹を押さえて恥ずかしそうに俯くチョコ。
そんな彼女を見て、正義とカルディナは忍び笑いを洩らしてしまった。
「今日のお昼ご飯は決まったな」
チョコはさらに顔を赤くして照れ笑いを浮かべるのだった。
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