第37話 からあげ弁当③
パチパチと音を発するからあげを、油から掬い上げるカルディナ。
「よぉし。できたぞー」
皿の上にできたてのからあげが盛られると、見学していたララーが「いよっ! 待ってました!」と声を上げる。
既に酔っ払いだ。
こういう大人にはならないようにしよう――と正義は密かに決心する。
「見た目はこの前と変わらないね」
「はい。でも味は違うはずです。早速食べましょう!」
もう待ちきれないという様子の正義に、カルディナが笑いながらフォークを渡す。
「マサヨシが先に食べていいよ」
「ではいただきます!」
言うや否や正義は一口囓る。
――が、口の中に入れた途端あまりの熱さに悶絶してしまった。
「ほらお水。からあげは逃げないんだから落ち着いて」
カルディナから水を渡され、慌てて口に含む正義。
どうにか口の中を火傷せずにすんだ。
気を取り直し、少しだけ待ってから二口目。
今のは熱すぎて味どころではなかったので、今度こそ味わって食べる。
瞬間、正義は大きく目を見開く。
まぎれもなく、食べ慣れたあの味だった。
「これです。この味です!」
久々に食べたせいもあるが、こんなにも美味しい物だったとは――と正義は改めて感動すると同時に懐かしさも抱く。
元の世界に戻れなくても良いとは思ったものの、長年食べ慣れた味というのは早々に忘れられるものではなかった。
「凄い。たったあれだけの調味料を入れただけなのに、この前作ったからあげとは本当に味が違う……。深みが増したというか。味も濃いめだからご飯にも合う」
その横でカルディナが感嘆しながら食べている。
「これ、お酒もどんどん進むわね。衣のカリッと感もたまらないし。止まらないわ」
既に赤ら顔になっていたララーは、上機嫌にからあげをパクパクと口に運んでいた。
「ちょっとララー! 食べ尽くしたらダメだからね!」
慌ててお皿を取り上げるカルディナ。
ララーは「ぶぅ」と露骨に不満顔だ。
「まぁまぁ。また作れば良いわけですし。ところでカルディナさん。このからあげですが弁当には――」
「マサヨシはどう? 納得できた?」
「もちろんです!」
「よーし! それなら文句なく採用!」
カルディナはすぐにショーポットを取り出すと、ガイウルフに連絡するのだった。
次の日、再びガイウルフに呼ばれ、屋敷を訪れた正義とカルディナ。
ララーは二日酔いの頭を抱えながら学校に行ったので、今回は不在だ。
二人はお土産としてからあげを持参した。
ガイウルフもからあげを絶賛してくれたので、からあげ弁当は新たな看板メニューになってくれるはずだと二人はさらに自信を持つことができた。
「さて。昨日連絡を貰ってから、既にシギカフには私から先に使者を送っている。私も明日から商談のために国を発つつもりた。ただ、馬車で片道6日はかかる道のりでね。そこから君たちに返事を伝えるまでは、さらに時間を要することになるだろう」
「そっか。外国にはショーポットがないもんね……」
「うむ。『言葉の女神』と『杖の女神』の魔法の力を駆使した、我が国独自の道具だからな。致し方ない」
所変われば文化も生活必需品も変わる。
特にこの世界では、国ごとに祀っている『三人の女神』の力の影響がかなり大きいらしいと、正義もここで暮らしてきてわかってきたことだ。
「今回君たちを呼んだのは、もし先方がショーユの取り引きに応じてくれた場合のことを、先立って相談しておきたいと思ったからだ」
「相談とは?」
「ストレートに言うと値段のことだ。前にも言ったと思うが、私は元々珍しい物が好きでね。招き猫もそうだが、ショーユも世界的には全然知られていない、シギカフでしか生産されていない非常に珍しい物となる」
「あ……。ということは……」
カルディナがごくりと喉を鳴らす。
「ああ。先方も決して安価では取り引きに応じてくれないだろう。もちろん、私も最大限に交渉はするがね」
「…………」
正義とカルディナはポカンとしたまま思わず顔を見合わせてしまった。
この世界で醤油と出会えた感動で、仕入れの値段のことがすっぽりと頭から抜け落ちていたのだ。
とはいえ、ここまで事を進めておきながら今さら「やっぱりやめます」とも言えない。
何より、今後も継続してからあげが食べたいし作りたい――と二人の考えは一致していた。
「安くできないなら、いっそのこと高級路線で売るのはどうでしょう?」
ぼそりと呟いた正義のひと言に、カルディナは目を丸くした。
「高級弁当ってこと?」
「そうです。いつもの弁当よりちょっと贅沢な品として提供すれば、赤字になることはないんじゃないでしょうか? あ、いや……まだ仕入れ値もわかんない状態ですけど……」
「ふむぅ……」
正義の提案に、カルディナはしばし眉間に皺を寄せて思案する。
確かに日本ではからあげ弁当は非常にスタンダードだったが、この世界では違う。
ならば、材料費を加味したそれ相応の価値を付けても問題はないはずだ。
「カルディナさんとしては、食堂の頃から庶民的な値段でやってきていたから抵抗があるのはわかります。だから無理にとは言いませんが……」
「私も外部の者だが、マサヨシ君の意見に賛成だ。あのからあげはそれだけの価値があると思うよ」
二人の意見を聞いたカルディナは、やがて眉間の皺を緩めて苦笑した。
「わかった。ガイウルフさんが動いてくれてるわけだし、マサヨシも、そして何より私もあのからあげを弁当にしたいと思ってるもん。ちょっと贅沢な弁当として売りだすよ」
「先ほども言ったが、私の方も交渉は最大限努力する。もうすっかり『羊の弁当屋』のファンになってしまったからね。君たちの弁当を食べて笑顔になるヴィノグラードの住人が一人でも増えてほしいと、心から願っているよ」
「本当にありがとうございます……!」
終始協力的なガイウルフに、正義とカルディナは深く頭を下げるのだった。
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