第17話 シャケ弁当②
「いやあ、マサヨシに似合う服があって良かった良かった」
「本当にありがとうございます、カルディナさん」
店を出た瞬間カルディナは上機嫌に言った。
あの後店内にズラリと並んだ服の中から数着を選んで試着したのだが、正義にはこの世界の『良いデザイン』というのがいまいちわからなかったので、全部カルディナに選んでもらったという顛末だ。
今着ている服も、正義的には似合っているのか似合っていないのかよくわからない。
日本にいた頃も服に対してこだわりはなかったので尚さらだ。
少しだけコスプレっぽい雰囲気が滲み出ている気がするが、着ていればそのうち慣れるだろう。
(ファンタジー世界の服にも『ダサい』ものってあるのかな……)
まだそのあたりの文化についてはサッパリわからないが、別にわかっても特に自分には関係ないかもしれないなと、正義はもうこのことについて考えるのはやめるのだった。
「この後はどうするんですか?」
「市場をふらっと見て、生活用品やら食材を買って帰ろうかと思うんだ」
露店がズラリと並んでいる広いエリアが遠目に見える。あれがきっとカルディナの言う市場のことだろう。
思えば、この世界で売っている物をじっくりと見るのも初めてだ。
「面白そうですね。行きましょうカルディナさん!」
率先して歩き出す正義。
そんな正義の様子を見ながら、カルディナはニコニコしながら付いてくる。
「マサヨシがそうやってイキイキとしている姿、初めて見るかも。宅配の時と違って肩の力が抜けてるし、何か嬉しいな」
「えっ。そ、そうですか?」
確かに、ここで生きていくためにずっと仕事に打ち込んでいたので浮かれる暇などなかった。
加えて元の世界にいた時も、休日を満喫していたとは言えない状態だった。
外に出るとお金がかかるから、狭い部屋の中でスマホを見てダラダラと過ごしていたことしかない。まさに体を休めるだけの休日。
だからこそ、こうして活気ある街中に繰り出すことに浮かれているのかもしれない。
(元の世界にいたままだったら、こんな気持ちになれることはなかっただろうな……)
そしてなにより、こんなに人が多くても孤独を感じないということがただ嬉しかった。
市場は大変賑わっていた。
多くの人々が特価品を求めて右へ左へと移動している。
安売り品に人々が群がる光景は世界が違っていようと同じなのだなぁ……と正義は少々達観しながらカルディナとはぐれないようゆっくりと歩いていく。
「ん、これは――」
ふと、とある露店の前で立ち止まる正義。
そこは魚がズラリと並んでいる露店だった。
その周辺だけ青臭い匂いが漂っているのは、店主がその場で魚を捌いているからだろう。
手際良くおろされていく魚を見ていると、不思議と匂いは気にならなくなっていた。
「なになに。面白いものでも見つけた?」
カルディナが正義の横からひょいと顔を覗かせる。
「面白いというか、俺がいた所でも似たような魚をよく見かけていたので」
「おっ!? どの魚?」
「今店主のおじさんが捌いている魚です。身がピンク色で鮭って呼んでいました」
「お、シャケかぁ。マサヨシの世界にもいたんだね」
『言葉の女神』がどういう翻訳をしたのかはわからないが、おそらく『生き物としてのサケ』と、『食材としてのサケ』を分けてくれたのだろうと思われる。どちらにしろ同じ魚なことに変わりはない。
「それじゃあ今日はシャケを買って帰ろうか!」
「ちなみに弁当もありました」
「なんですとっ!?」
いきなり目の色を変えるカルディナ。
店主が捌いているシャケではなく、店頭に並んでいるシャケの方を凝視し始める。
「この街で売っている魚の中では値段も下の方。原価は問題なし、か……。うん、新しいメニューとしては問題なさそう!」
「確かに今のところ肉系が多いから、ここらで魚を追加するのもありだと思います」
「そうだよね。よし、それじゃあ早速交渉だ」
そう言うとカルディナは店主に話しかけ、店用にシャケを卸してもらえないか交渉を始めた。
(決断と行動が早すぎる……)
宅配を始めようと言った日もそうだったが、カルディナの即決即断力に正義は圧倒されるばかりだ。
でもこういう彼女だからこそ何とかなりそうな気がしてしまうし、何より勇気づけられる。
(俺もカルディナさんみたいだったら、フリーターじゃなくてちゃんと就職できていたのかなぁ……って、今さら向こうの生活のことを考えても仕方ないけど)
正義が考えている間にカルディナの交渉は上手くいったらしく、満面の笑みで振り返ってきた。
今は彼女のこの眩しい笑顔が曇らないよう、正義も懸命に頑張るだけだ。
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