第5話 ハンバーグ弁当①

 店内に戻ると、ララーの生み出した妖精人形たちが変わらずちょこまかと作業をしていた。

 テーブルの上には、彼らが作った木製の宅配用の容器がたくさん重ねて置かれている。


「すごい。もうこんなにできてる……」


 正義まさよしはその内の一つを手に取って眺める。

 厚くないので重さもほとんど感じない。

 蓋も良い感じにできているが、透明ではないのはこの際仕方がないか。


「ララーの生み出す妖精人形はやっぱり優秀だねー」

「まぁね。何せ私は天才だから」

「これで少しでも料理ができたらモテモテだろうに……。主食がお酒とおつまみだから、彼氏ができそうになってもすぐ逃げられちゃうんだよ。家も散らかり放題だしさぁ。せっかくララーは綺麗なのに、本当もったいないよ」

「う゛っ……。い、今は私のことはいいのよ。それよりも宅配用のメニューを作るんでしょ! そっちに集中しなきゃ!」


((逃げたな……))


 とカルディナと正義は同時に同じことを思ったが、口には出さずにおいた。


「カルディナさん。今あるメニューの中で宅配に転用できそうなものってありますか?」

「持ち運びしても問題ないものってことだよね。それならハンバーグかな」

「確かにあれなら良さそうね」

「…………」

「あははっ。マサヨシ、『わからん』って顔してる。簡単に言うと、ニルマリ種っていう豚の肉をミンチにして焼き上げたものだよ」


 正義は思わず目を見開いてしまった。

 先ほど黙ってしまったのは、いきなり馴染みのある単語が出てきてビックリしたからだ。


「作ってもらってもいいですか?」

「もちろん。ちょっと待っててね」


 そう言うとカルディナは大きな棚の扉を開く。

 観音開きのその棚の中には、食材が整頓された状態でたくさん並んでいた。

 正義が驚いたのは、その棚の中がひんやりとしていたことだ。

 つまりこれは冷蔵庫なのだろう。


「食材を冷やして保管できるんですね……」

「まぁね。冷気の魔法を込めた魔法道具を置くだけで、たちまち保冷庫に早変わりってわけよ。魔法道具の種類に関しても、ブラディアル国は他の国より豊富なのよね」

「ララーみたいに魔法が使えるのは限られた人だけだけど、私らの生活の中に魔法道具はかなり溶け込んでるね~」

「なるほど……」


 正義が想像していたファンタジー世界の生活は、もっと原始的で泥臭いものだと思っていた。

 それだけに意外と文明的な生活で驚く。


 カルディナは手際よく調理を進めていく。

 正義はその傍で作業を見学していた。


 ひき肉状をボウルに入れ、卵や調味料を入れて捏ねた後、ほぼ平らな状態に形成してからフライパンで焼き始めた。

 じゅわっと良い音が鳴る。

 ある程度焼いてから裏返して、あとは蓋をして蒸し焼き。


(この調理工程、本当にハンバーグそのまんまだな……)


 しばらく経ってから蓋を開けると、香ばしくて良い匂いが一気に広がった。


(焼き上がりの形もハンバーグだ)


 カルディナはフライパンの中から、ハンバーグを取り出して皿に乗せる。


「フライパンに残った肉汁で特製ソースを作るよ!」


 赤や黄色やらの謎の調味料をフライパンに入れ、あっという間にソースもできあがった。


「こうやってソースをかけて……はい完成!」

「うわぁ。美味しそうです!」

「じゃあじゃあ、早速食べてみて」


 正義はスプーンで端部分を取り口に運ぶ。

 瞬間、口の中に広がる肉汁。

 ほのかにハーブの香りがするのは、肉の臭みを消すためだろうか。アクセントになっていてとても良い。

 そしてなにより、甘辛いソースがふわふわの肉に絶妙に絡んでいて絶品だった。


「めちゃくちゃ美味しい……」

「本当? 良かったぁ」


 ホッと胸を撫で下ろすカルディナ。

 ララーも横から手を伸ばしてつまみ食いをする。

 

「うんうん。やっぱりカルディナの作る料理は美味しいのよ」


 自分のことのように得意げに頷くララー。

 さっき食べたばかりなのに、正義はまたしても完食してしまった。

 とはいえ、カルディナが作ったハンバーグは3つなのでまだ残っている。


「と、ところで。このハンバーグは、普段単品で食べるものだったりしますか?」

「うん、そうだよ。うちはスープとサラダも付けて提供してるけど」

「なるほど……」


 結構な大きさなので、確かにこれでお腹いっぱいになる。

 これだけでも十分に美味しいのだが、宅配をするからには『弁当』と呼べる状態にしたい――という思いが正義の中にあった。

 元々弁当屋で働いていたので、やはりそこは試してみたい。


「俺が最初に食べさせてもらったご飯がありましたよね? あれの味が付いていない状態のものと組み合わせたらどうかなと思ったのですが……」

「ご飯を味付けしてないやつ?」

「はい」

「ふーん……? ちょっと待ってて」


 カルディナは蓋付きの釜の前まで行くと、その中身を少しだけ皿に移して戻ってきた。


「これなんだけど……」

「こ、これは――」


 日本の米よりは幾分か細長いが、どう見ても色は白米そのものだった。

 最初に食べたチャーハン(らしきもの)は赤かったのだが、どうやら味付けであの色になっていたらしい。


「味もほとんどしないからそのまま食べる人は少ないよ」

「そうなんですね。ちょっと一口だけ失礼します」


 確かに日本米よりは水分が少なめでパサパサとしている。

 とはいえ、完全に味がないわけではない。白米特有のほんの僅かな甘みは確かにあった。


 正義は未だに働き続けている妖精人形の前に行き、できあがった宅配容器を一つ拝借する。


「このご飯と、さっきのハンバーグをこの中に入れたら完全にハンバーグ弁当なんだけどな……」


 試しに容器に入れてみると、見た目はとても良い感じになった。

 宅配容器の中には仕切りもある。妖精人形たちの良い仕事ぶりに関心した。

 あとはカルディナやララーたちこの世界の住人に、『白米とおかず』という食文化を受け入れてもらえるかどうか――。

 よくよく考えると、元いた日本でも白米とハンバーグは『和食と洋食』の組み合わせだ。

 今まで深く考えたことがなかったけれど、日本の食卓事情はなかなか奇抜だったのかもしれない。


「これ、俺がいた所では結構人気のメニューだったんです。そのまんまハンバーグ弁当っていうんですが……。あ、弁当っていうのは、こういう容器に食事を入れて携帯できる状態にしたものを指します」


 容器に詰めたハンバーグ弁当を、おずおずと二人に差し出す正義。


「ほえ~」

「この組み合わせは初めて見るわね」

「でもこの容器に入れると美味しそうに見えるよ」

「試しに食べてみましょうか」


 正義は緊張した面持ちで二人を見つめる。

 この組み合わせが受け入れられないとなると、また一から考え直さなければならないだろう。


 二人はスプーンで一口サイズに切り分けたハンバーグと、白米を同時に口に運んだ。


「…………」


 しばしの沈黙の後――。

 二人の目が大きく見開き、頬が紅色に染まった。


「なにこれ。美味しい……」

「ハンバーグのソースとご飯がこんなに合うなんて……。どうして今までこの組み合わせを思いつかなかったんだろう……」


 どうやら好評のようで正義は安堵する。


「どうでしょう? これを宅配メニューの一つに加えても大丈夫でしょうか?」

「もっちろん! 記念すべき初めてのメニューだよ! ハンバーグ弁当!」

「お役に立てたようで良かったです……」


 早速役に立てたことに、正義はホッと胸を撫で下ろす。


「…………」

「カルディナ? どうしたの突然真剣な顔で黙りこくっちゃって」

「私、この機会に店の名前を変えようと思う」

「「えっ!?」」


 正義とララーは同時に声を出していた。

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