第五幕 林間学校の天使(2018.10.18)
内田君から見た林間学校
(1)九里香姉さんって宇宙人なの?
初めまして、僕の名前は内田京介といいます。中学2年生で仙台市内に住んでいます。将来の夢は宇宙飛行士! 星や宇宙のことが大好きなので小中学校の同級生から「宇宙くん」なんて呼ばれています。
九里香姉さんですか? もちろん知ってますよ。九里香姉さんに初めて会ったのは今から3年前の……小学5年生の秋に山奥で開催された林間学校の時ですね。懐かしいなあ。
九里香姉さんと初めて対面した時は驚きました。天使って本当にいるんだーって。でも当時の僕は天使より宇宙人の方に夢中で大変興味がありました。
小学校の図書館で借りた『THE⭐︎世界宇宙人大図鑑』を片手に僕は思いきって九里香姉さんに訊ねてみたのです。
「九里香姉さんって『宇宙人』なの?」ってね。
* * *
オッホン。どうしてこれほどまでに星々が瞬く果てしない大宇宙に無我夢中なのかというと、小学生の頃、
林間学校で九里香姉さんに会った時にこのことを話すと「へー、大変なもの見ちゃったんだね。もっとお話し聞かせてよ」と興味を持ってくれたので話してあげました。
──ミーンミンミンミー。
あれは、蝉の鳴き声が絶え間なく降りしきるからりと晴れた小学生の夏休みのことでした。
僕の母方のお婆ちゃんが岩手県大船渡市にある
お婆ちゃんちはこの集落の高台にあって、窓からは様々な間隔で離れている家々と小さな漁港、気持ちよさそうに飛び交うカモメの群れ、青く澄んだ海が見えます。
海の向こう側に水平線はなくて、リアス海岸特有の海岸沿いがぐねぐねと曲がる地形のために、対岸に地続きの本土と「
お婆ちゃんちから眺めると、燿里崎は海に浮かぶ緑が深い大きな山のようで、岬の先端に立派な白い灯台があります。
手を伸ばせば灯台をひとつまみ出来そうだと思えるくらい小さく見えて、集落から燿里崎は海を挟んだ大分離れた距離にあります。
UFOを目撃した運命の日、僕は、近所のおじさん達が早朝に集落の漁港から船を出して魚を獲りに行く様子が見たかったために、まだスヤスヤと眠りについている家族達が起きないようにそっと家を抜け出しました。
潮の香りが漂う集落の通りを駆け抜けて小さな漁港に向かい、防潮堤の先端に立つと、出航して離れていく漁船に向かって大きく手を振りました。
「おじさーん」
漁船に乗っている数人の大人達の中からこちらの声に気付いて大きく手を振ってくれる人がいて嬉しくなってしまいます。
漁船が離れて小さくなっていくのを見送った後、不意に燿里崎灯台の方から何かが上がっていくのが見えたのです。
視力が低下してメガネをかけるようになる前の出来事だったので肉眼でそれが何なのかをハッキリと目撃しました。
それは「巨大な白い気球」。
その気球はなんと燿里崎灯台よりも巨大で、気球の下にはソーラーパネルとくるくる回るプロペラが無数についた人工衛星のようなものが吊り下げられていました。
ただの気球ならそれで話は終わりなのですが、僕は思わず「あっ!」と声を上げます。灯台の高さを超え、ゆっくりと空高く舞い上がった気球がグニャリと歪んだと思うと透明になってふっ……と消えてしまったのです。
大変なものを見てしまったと僕は慌てて高台のお婆ちゃんちに駆けて行きました。
「お父さんお母さん起きてよ!! 僕見ちゃった! UFO見ちゃった!!」
揺さぶり起こされて寝ぼけ眼の家族に何度も何度もそう訴えましたが、全く聞き入って貰えなくて、僕は地団駄を踏んで悔しがっていたのを覚えています。
* * *
宇宙に興味を持つようになったのはきっと僕が見たものが見間違いじゃないという事を証明したかったからなのかもしれません。
僕の話を聞いた九里香姉さんも僕の両親のように信じてくれないと思っていたけれど、優しい眼差しで「見間違いじゃないよ」って言ってくれたのでビックリしました。
僕のUFO目撃談を真面目に聞いてくれたのは九里香姉さんが初めてでした。
僕は嬉しくなって、知っている限りの宇宙の豆知識を披露してあげました。世界初の有人宇宙飛行を成し遂げたユーリィ・ガガーリンの名言を教えてあげると気に入ってくれたようで林間学校にいる間、何度も復唱していたのを覚えています。
「地球は青かった」ってね。
九里香姉さんの言葉を思い出すだけで、心がポカポカと暖かくなっていきます。
* * *
そして、中学生の今の僕にとっては去年のことになりますが、2020年6月に仙台市街地の上空に現れた未確認飛行物体のことを覚えていますでしょうか?
白くて丸い不可思議な気球です。ニュース番組で拡大映像を見た時、ハッとしました。あれは僕が小学生の時に燿里崎で見た気球とそっくりであると。
似ているけれど、何かが違うと僕は直感しました。
こんな時にふと思い浮かんだのが、九里香姉さんのことでした。九里香姉さんは思い立った時にしか自分のことを語らない人でした。
『私は魚、ソラから来た』
と、何も無い真っ青な空に向かって指を指す姿を見たことがあります。やはり九里香姉さんは宇宙人……?
もしかして、指で
……後から知ったことなのですが、燿里崎灯台付近に「燿里崎気象ロケット観測所」という使われなくなって無人となった気象庁が管理していた施設があって、大規模な火災が起きた後、焼け跡が重機で更地化されたそうです。
この場所では、ある都市伝説が
更地化工事に関わった人に、この場で見たものは知人やメディアに公言しないようにと
様々な憶測がネット上に書き込まれ、今や燿里崎は『国に隠蔽された戦場跡』として都市伝説愛好家達の好奇心をそそる格好な的になっています。鬼が出るか蛇が出るか。あの場所には九里香姉さんに関わる何かがきっとあると僕は睨んでいます。
中学の同級生達と結成した新たな部活動「宇宙研」部長の肩書きを胸に、僕らはいずれあの場所へ向かうつもりです。
ここから先は、九里香姉さんの『過去』を探る物語──。
* * *
第五幕
林間学校の天使
* * *
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