終わるからって悪いことじゃないだろ?

ハム

第1話 終わったからって、終わらない。

「俺と……別れてください。」


言った!言ったぞ俺は!ああ、口に出せばこんなにも短い言葉だったんだな……


「……どうして……かな?私に悪いところがあったかな?」


目の前で最愛だった彼女、橘菫たちばなすみれさんが不思議そうに眺めてくる。


「いや、菫さんは悪くない。」


「じゃあ!……どうして別れるなんて。」


「別れてほしいから。」


「……」


おっとっと。まだ橘さんは理解できてないのか、どこか上の空ってやつだ。


「それで返事は?」


「え」


「だから返事だよ。別れてくださいって聞いて、まだ帰ってこない返事待ってるんだよ俺。」


「……やだ……やだよ。」


「え?」


「別れたくない!私に駄目なところがあったら治すから……別れないでよ!」


そうやって橘さんは泣き出しちゃった。これが先週までの俺だったら大慌てだろうな、どうにか笑わせようとあの手この手を使っただろう。

だからって慣れないバク宙で顔を強打したのは忘れよう。


「ちょっと泣かないでよ菫……いやもう他人だから橘さん!」


「なんで……津原くん。」


最後まで津原くん……ね。俺こと津原進士つはらしんじを見ながら、橘さんは泣き止まない。おいおい困ったな……橘さんを泣かせた!なんて知られたら、今後の生活に影が……


「……津原くんは、私が嫌いなの?」


「まあ別れようって気持ちになったんだし、そこそこじゃない?」


「私はっ!……私は津原くんのこと好きだよ。」


「……こんな時しか言わないからだろ。」


「え?」


おっといけねぇ、思わず黒い感情が出てきそうだ。ここは抑えて抑えて……くっ!静まれ俺の闇!!


「それじゃあ橘さん。あの扉をくぐったら、明日からはクラスメイトってことでよろしく。」


そう言って俺は晴れやかな気持ちで扉を……えっと橘さん?何故抱きつくのでしょう。


「行かないで……行かないでよ……」


「……鬱陶しいな。」


俺の暴言なんて想像してなかったのかな?固まった橘さん…もう他人だから橘でいいか。橘の手を剥がして、俺はかっこよく扉をくぐる。


「じゃあな橘さん。お互い切磋琢磨しあう学友として、明日からよろしく。」


「まっ」


何か言おうとしたんだろうが、聞くもんか!俺は家に帰るっ!!すたすたと学校を出た俺は家への帰路で色々思い出す……春に告白して、夏は海で楽しみ秋は食べ歩き、冬場はお互い暖めたりと……まあ捏造だが。

まだ付き合って二ヶ月しか経たないホヤホヤだっての。それも冷めたけどな。


「っしゃあ!終わった!!」


いけねぇいけねぇ、思わず大声を出してしまった。慌てて回りを見渡すが、幸い誰もいなくてマジラッキー俺ハッピー。


「ただいまー。」


「お帰り兄さん。」


「ああ日葵ひまり、今日はそっちが早かったか。部屋行ってるから飯になったら呼びに来てなー。」


「なんで私が」


はい言い逃げしまーす。自分の妹に容赦ない?だがこれによって断らせないし、後で来なかったら厄介絡み出来るという最強の切り札!

自室に戻ると、かすかに橘との思い出の品が見える……燃えるゴミは明後日か。そんな考えでゴミを纏めていたら、妹が呼びに来た。


「兄さん、ご飯できたよ。」


「おお今行く。」


「それでさ兄さん!今度何時来るの?菫ちゃん!」


我が妹は一度橘が来た時にファンになったようで、だいたい帰宅するとこんな感じだ。


「本当兄さんには勿体ない彼女さん!どうやって捕まえたの?何か奇跡か間違いでもあったの!?」


「んな恥ずかしいこと言わねえっつの。」


「いやーでもさ、兄さんみたいな普通人間にも春が来るんだね……最初は嘘でもついてるのかってさ!!」


たくコイツときたら……何時もながら言いたい放題だなおい。まあ?今日はそんなコイツにご報告があるけど。


「それなんだが。」


「ん?何々兄さん、アイスでも買ってきてくれ」


「別れたよ。」


「……は?」


おお面白い。さっきまであんなマシンガンだったのに…弾切れかな?


「…………なんで?」


「いやーお前にも常日頃言われてたけどさ、俺には勿体なかったんだよ。兄さんよりも良い人いるって!って橘さんに力説してただろ?俺もそう思ったんだようんうん。」


俺が渾身の物真似を披露したのに、日葵ときたら固まって……あれ?そんなにキモかった?ねえ?


「だから橘さんに言ったのさ。あなたの輝きが僕には眩しすぎるっっ!きっとお似合いの人がいるだろうから、新しい恋を探してください!……どうよ?この兄ちゃんの一世一代な別れ方は!!」


「…………」


なんかウケが悪いな……心なしか血色悪くなった?おいおい日葵よ、そんな不健康な見た目じゃ男も寄ってこないぞ?

っとと飯が出来てたの忘れてら。一応日葵に声かけたけど固まってるし、横を通って一足お先に食べとこっと。


「やっと来たの?日葵に呼びに行かせたのに遅いから、もう寝ちゃったかと思ってたわ。」


「いや悪いね母さん。ちょいと兄としてだな?悩みを聞いてやってたのさ。」


「あら!あらあら!本当何時になっても仲良いわよねえ、日葵も進士もいい歳なのに。」


「俺はまだおっさんじゃねえっつの!」


「それで日葵は?」


「なんか整理したら来るってさ。」


「……じゃあ先に食べちゃいましょうか。」


口から出任せ嘘八百……バレなきゃ犯罪じゃねぇからな。日葵よ……悪いが兄ちゃんは暖かいご飯が食べたいんだ。上手い。


「ごちそうさまでしたっ!」


「お皿は浸けといてね。後で日葵も食べたら洗っちゃうから。」


「いつもありがとうな。」


「いーのよそんなの。ほら、お風呂入って寝ちゃいなさい。」


「あいあいさー。」


お言葉に甘えて自室から着替えをもって風呂場へ。途中全く同じところで固まってた日葵を発見したが、優しさゆえに放置してあげた……俺って偉い。


「ふぅ……」


湯船に浸かりながら今日を思い返す。朝から大変だったなぁ、橘を呼び出して場所確保のために色々調べて、いつもの見張り役を上手い具合に引き剥がして。

そうして作り上げた最高の舞台でやった、最悪な結末。これが映画とかお話なら、スタッフロールやらあとがきに突入するだろ?でもこれは俺の人生。

明日からも、終わった後からも津原進士は続いていくのさ……ふっ。

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