6.陥れた者

 あの世――


 意識を持ったまままさか二度目にお世話になるとは思わなかった場所。赤い髪の女神が今後の指針を話しはじめた。


 『私も一緒に出れば怪しまれることはないわ。あそこのドアからあなたが最初に送られた場所へと行けるからそこから行政をする区画へ向かうわ』


 いつの間にか現れていたドアを見て、俺は呟く。


 「あそこにドアなんてあったっけ……?」


 『隠していたのよ。あのドアの向こうは私と一緒か、許可がないと魂ごと消滅するの。昔、ここに呼び込んだらあそこから出ようとしたヤツが居てね、それからドアは隠すことにしたのよ』


 「魂が消えるのに開けようとしたってアホか……自殺願望でもあったのか……」


 『あの時はそうかもね。少し前のあなたと同じよ、クリス』


 言われて確かに、と思う。セルナと出会う前なら俺はそのドアを迷いなく開くだろう。オルコスをぶん殴るために。


 『ま、その話はどうでもいいわ。準備……主に心のだけど、いい?』


 「もう死んでるんだ、今更だろう。いつでもいいぞ」


 『それでは、あの世上層部へご案内~』


 何故そんなに楽しそうなんだ……とは言えず、俺は外に出ると相変わらず白い壁で無菌室のような通路が広がっていた。


 「オルコスはどこにいるんだ?」


 『檻の中よ』


 「そういや神様にも刑罰ってあるんだな、死刑とかってあるのか? あいつの罪ってどれくらい重い?」


 赤い髪の女神に着いて行きながら俺はオルコスについて尋ねてみると意外な答えが返ってきた。


 『もちろんあるわよ。神は神でも邪神っていうのも居るくらいだし、魔神だっているわ。全部が全部悪いヤツって訳じゃないけど、悪さをしたらなんにでも罰ってのは下るわ。そうねオルコスだとギリにならないかな? ってとこね』


 「割と重いな!? 犯罪っつっても俺にちょっかい出してただけだろ? 邪神とかが世界を滅ぼすとかになったらどれくらいになるんだよ……」


 『それで世界が急速に発展するのは混乱を招くからねぇ……世界の破滅は一級品の犯罪よ? まあ極刑は免れないでしょうけど、その前に誰かに討伐できるようサポートするけどね。討伐されれば魂の浄化を何万年も繰り返す業に入るわね』


 ずっと意識を持ったまま死に続けるのは辛いわよ、人間以外の何かにしかなれないのだから、と、恐ろしいことを口元を歪めて笑っている女神に少し狂気を感じながらも前へ進む。すると前から別の女神が歩いてくるのが見えた。


 <おや、ルア様。部屋から出ているとは珍しいですね。そちらの方は……?>


 『ちょっと前に死んだ人よ。今から転生の間へ連れて行くところ』


 <ええ!? ど、どこで迷い込んだのです? ルア様自らなさらずともわたくしめが……>


 『たまにはいいかと思ってね。あなた達の働きぶりもみたいし?』


 <ゴクリ……そ、それでしたらお任せ致します……>


 『そうするわ。ああ、そうだ、オルコスの所に顔を出したいんだけど、どこの房に入っているか分かる?』


 <ええー……それこそルア様が会う必要がありますか……? えっと、確か重犯罪のエリアDですね。エリートだったのに落ちぶれたものですよ、はい。それではわたくしは……(くわばらくわばら)>


 「なあ、重犯罪って……?」


 『……おかしいわね、確かに過干渉は罪になるけど、そこまで隔離する必要はないけど……』


 ルア、と呼ばれていた赤い髪の女神はぶつぶつと何やら考え呟いていた。


 『少し急ぐわね、もしかしたら黒幕がいるのかも……』


 「お、おい……!?」


 ルアは小走りに歩き出したので慌てて引き止める。


 「俺にも分かるように話してくれ、何かいいように利用されそうで嫌なんだが」


 『うーん、オルコスの所まで行ってからでもいい? 確かめたいことがあるのよ』


 「……仕方ないな……」


 俺は了承して歩き出し、程なくして『罪を犯した神の檻』と、書かれた簡素なアクリル板の下げた建物へと辿り着いた。



 ◆ ◇ ◆



 <独房>



 <エリートの私が何故……>


 オルコスは部屋の隅で座り、一人呟く。


 ローブははく奪され、黒と白の横じまが入った服を着せられてポイントも没収。4畳半程度の檻の中でじっと身を潜めていた。


 <……確かにクリスさんの記憶を残したまま転生させたのは良くありませんでしたが、私は直接的な発展を促すことはしていなかったはず……それに同じくセルナさんも記憶を持たせたまま転生させたハイジアはどうなったのでしょう……>


 記憶を引き継ぐ、ということは前世の技術を持っていく事ができるということなので、おかしな人間が転生してしまうと世界そのものが歪んでしまうためご法度となっている。ただ、大飢饉や疫病など、世界がピンチに陥った際、記憶を引き出すための、いわゆる『お告げ』的な事は許されていた。


 <あのスライドショーで人を集めるのも苦労したのですがねえ>


 実の所、オルコスが担当したスライドショーを見せた人間で記憶を引き継いで転生したのはクリスのみ。後はハイジアが手配したセルナだけだった。


 赤ちゃんの時に記憶があって下の処理をされるのは屈辱でしかない。


 嫌な記憶を持ってて何の意味がある。


 新しい人生に賭けたい。


 と、概ね不評。


 異世界転生同意書の『1.記憶は引きついだままになります。』を見せると、じゃあ転生はいいですと断られていたのだった。


 それでも送らない訳にはいかないので、渋々記憶を消して送っていたのだ。



 <しかし、それにしてもバレるタイミングがおかしいですね。まるで証拠を一気に消すかのような……>


 <フフフ、いい気味ね>


 オルコスが呟くと、檻の向こうから女性の声が聞こえてきた。


 <……!? あなたは……ハイジア! ハイジアではありませんか! ずっと探していたのですよ!>


 オルコスが檻に詰め寄り、棒を掴んで久しぶりに見たハイジアへと叫ぶ。だが、ハイジアはゴミを見るような目で唾を吐いた。


 <フフ、エリートだ何だと言っていても、そうなるとみじめなモノね。……最初にあなたと一緒になった時は楽しかったわ、頭も良かったし、仕事もできた。だけど、軌道に乗り始めると鼻が高くなって、エリートエリートと連呼する人になってしまった。ウザかったわ、心底>


 <ま、まさか……あなたが……>


 <そう、通報したのはわたし。そして、セルナと結婚するよう仕向けたのもね。クリスと結婚すればわたしの管轄から離れる……そうすればオルコス、あなたの管轄になるわよね? そこで二人とも前世の記憶を持っていたらどうなるかしら?>


 <……>


 <こたえられない? あなたが計画したものだと疑われるでしょうね。そうすれば罪×2、倍満確定よ>


 <し、しかし、共犯だと私が言えばあなただって……>


 <『この男に脅されて仕方なく……体も無理矢理……』とかどうかしらね? 確実に罪を犯しているあなたと、記憶を持ったまま送り出しているだけで干渉はしなかったわたし。どっちを信じるかは明白でしょう?>


 ニヤリと口を歪めたハイジアの顔は勝ち誇っていた。


 <そんな……>


 <……エリートがそんなに偉いの? ポイントをいっぱい持っていれば幸せになれるの? あなたは変わってしまった。人を馬鹿にして楽しむなんて……わたしは真面目に働いて一緒に居てくれればそれで良かったのに>


 <……>


 ハイジアとの会話で、はた、と思い当たることが滝のようにあふれ出る。しかしもう取り返しはつかないのだ。



 <馬鹿な男……>


 ハイジアが最後に悲しそうな目をして呟いた後、その後から男の声が聞こえてきた。


 <話は終わったか? お前は見逃してやる。ただし、雑用としてな>


 <分かっているわ……>


 ハイジアを押しのけて檻の前に出てきたのは……。


 <あなたは……>


 <お前を捕まえた張本人だ、少し話がしたい>


 それは主任と呼ばれる男だった。



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 ハイジアの告白により、オルコスが灰になった。


 エリアDへクリスとルアが向かうが、鉢合わせになるのか?


 そして、オルコスに話がある主任の思惑とは?


 次回『謀反』


 ご期待ください。

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