3. 新生活応援キャンペーン!
「あなたー、これはどうするのー?」
「足こぎボートの設計図か……一応持っていくか」
「あの海岸にあったアレ? ってことはドミンゴさんが作ったんでしょうね」
「察しがいいな……」
――とまあそんな感じで和やかにやっているが、セルナを家に迎えてからすでに半年が経過していた。そしていよいよ俺専用の屋敷ができたので、その引っ越し準備の最中という訳だ。
ちなみにすでに終えた結婚式はセルナにクロミア、フィアと行って皆が祝福してくれた。もちろんゴブリンやオーク達も出席してくれ、これで山は生涯平和になるなどと訳の分からんことを言われた。死なないけど不老ではないんだが。
そしてもちろんタダで終わらず、駆けつけてきたのは……クロミアのお母さんに絡まれた。
『お主がクロミアの旦那になるという男じゃな? 私が認めねばクロミアはやれん!』
「む、クロミアのお母さんか、俺はクリス。今日からクロミアも俺の嫁になった、宜しく頼む」
『ぬぬう……いけしゃあしゃあと、わらわの所に挨拶に来たときは冗談かと思うておったが……しかも妾とは馬鹿にされたものじゃ』
「妾とはいってもちゃんとセルナと同じ扱いにする。安心してくれ」
『いーや! やはり嫁にはやれん……! じゃが、わらわもドラゴン。むやみに引き離してはクロミアに恨まれるであろう……じゃからわらわの一撃……耐えることができたら考えを改めても良い!』
「は、母上! ダメじゃクリスは……!」
『よく見ておくのじゃクロミアよ! 人間とはひ弱な生き物。わらわ達と一緒に生きるには脆い生き物じゃということを! ……安心せい、殺しはせぬ……! せい!』
「きゃあああああ! クリスさぁぁぁぁん!」
ドラゴンに変身したお母さんが、出席客が逃げ惑う中、俺に拳を振り降ろしてきた。確かに並の人間ならこれを受けたら手加減されていてもほぼ死ぬことは請け合いだが……。
ガツゥゥゥン!
まるで鋼鉄を殴ったかのような音が響き渡り、お母さんの動きが止まる。そしてニヤリと口を歪ませた後、ボソッと呟いた。
『かったぁ……』
しおしおとクロミア似の黒髪をした美人さんの姿になり、その顔は涙目だった。
「だからダメじゃと言ったのじゃ! わらわが全力攻撃してもまったく歯が立たなかったと説明したのに……」
『そ、そうじゃったかのう……し、しかし人の子でありながらわらわの山をも砕く一撃を受けるとは見事よ! これは孫が楽しみじゃて! 邪魔したな、いつでも遊びに来てくれ、クロミアをたーのーむーぞー……』
それだけ言うと豪快に笑いながら一瞬で飛び立ち、豆みたいに小さくなっていった。嵐のような人だったな……もう少し話したかったのに……。
「も、もう母上は……」
純白のドレスの裾を掴んでもじもじしているクロミアを尻目に観客も騒いでいた。
「すげえ! 流石はクリス様! ドラゴンの一撃を耐えたぜ!」
「ああ……恐ろしい人を主にもったな我等は。だが、だからこそ仕えるに値すると思わんか?」
ニック……俺が恐ろしいってそんなこと思ってたのか……。
とか色々あったけど結婚式はクロミアのお母さんの乱入以外は何とか無事に幕を閉じた。
その後は俺の屋敷ができるまで実家で花嫁修業! ……とはならず、宿の運営をしていたからむしろセルナの家事は、メイドのフィアとほぼ同レベルなのでその必要は無かった。
母さんも元は貴族じゃなかったらしいけど、武王時代が長かったので野趣あふれる料理(まずくない、むしろ美味い)くらいしかできないので、ここはセルナの圧勝であった。
だが結婚後はこんなこともあった……
「うう……」
「クロミアちゃん、猫の手ですよ! こう!」
「こ、こうか!」
「ああ!? また……」
ビシュっと指を包丁で切るクロミアを見てオロオロするセルナだが、クロミアの皮膚は人型でも包丁程度ではなんともない。
とはいえ慣れの問題はあるだろうけど……。
「クリス様……(クロミアはどうですか? 新居には私達だけと聞いていますからクロミアも料理ができなければいけませんし……)」
「ん? フィアか、まああまり進展はないよ。そもそもドラゴンだし、そのまま食べるか出された料理しか食べる事がないからな……俺としてはお前かセルナが作ればいいと思ってたけどスパルタだったんだな」
最近は一言でもフィアが何を言っているのか何となくわかるようになってきた。そのフィアとクロミアは『やはり旦那さんには手料理!』と言いだしてクロミアの特訓が始まったのである。
というかクロミアの好きな食べ物は魚肉ソーセージだし、料理とは無縁だもんな。
結果は……察してくれ。
――と、箱に荷物を詰めながら物思いにふけっていると、部屋にクロミアとフィアがやってくる。
「クリスー! いよいよ明日じゃな!」
「楽しみ……(四人での新しい生活ですね!)」
「お、どうしたテンション高いな。準備はもう大丈夫なのか?」
「うむ! わらわはそもそも荷物が無かったからクリス母上からもらった服だけじゃ!」
そういや山暮らしだったし、ウチに遊びに来ていた時も何も持ってなかったな。服は母さんが買ってあげていたし。
「フィアは?」
「終わり……(私も終わりましたよ! おばあ様に手伝ってもらいました! お茶にしませんか?)」
「そうか、こっちももう終わるからその後で……」
「ふふ、いいじゃない。もし忘れ物があってもまた取りに来ればいいだけだし、私は賛成よ」
「セルナが言うなら仕方ない。行こうか!」
セルナも結婚してからは敬語で話さなくなり俺としても気が楽になっていた。この三人とならうまくやっていけるかと笑いながらお茶にする俺達。
そして引っ越し当日……
「いつでも帰ってきていいからね」
「クリス……一家の主として、頑張るんだぞ。……うう……」
「僕の時はそんなにならなかったのに……大丈夫、クリスなら僕よりうまくやるよ」
母さんと父さん、そしてデューク兄さんが俺の肩を叩きながら応援してくれ、思わず泣きそうになる。
「お兄様、わたくし強くなってお家を守れるようになりますから! その時は……」
「まだ言ってるの? やめなよアモル……あ、僕はたまに遊びに行くからね! (家にいると特訓させられちゃうからさ……)」
アモルは母さんの跡継ぎよろしく、最近メキメキと強くなっているらしい。ウェイクもこの通り嫌々ながらも付き合って特訓しているのはやはり双子だからだろうか。母さん曰く、ウェイクはかなり潜在能力があるらしいけど、こればかりはやる気次第だもんな。
「それじゃまた!」
新婚に新しい屋敷……穏やかな日がこのまま続き、オルコスが出てきてもきっと冷静にいられる。そして寿命がきたらあいつをぶん殴ればいい。
そう思っていたけど……。
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出番の無かったオルコス。
四人だけの生活が始まり幸せに暮らせる礎を手に入れたクリス。
二人の明暗を分ける運命の歯車が軋む時が来た。
そして始まる新生活に差す影とは?
次回『些細な事』
ご期待ください。
※次回予告の内容とサブタイトルは変更になる可能性があります。
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