8. 知らぬは本人ばかりなり
「ふんふふ~ん……♪ いやあ温泉はやっぱいいな……社員旅行で行ったのを思い出すわ……」
俺はセルナと別れた後、一人温泉を満喫していた。この後、あの成金を探るつもりだが、どこから手を付けるべきかゆっくり考えたかったのもある。
……本当だぞ?
それはさておき、部屋へ戻ると家族の様子がおかしい事に気付く。というか気付いてしまった。
「おお、おかえりクリス! 温泉に入ったのかい? ははは、ずるいじゃないか一人でなんて。どれ、この父が我が家に貢献してくれているお前を労って肩でも揉んでやろうじゃないか」
「ずるいですわ! それは妹たるわたくしの役目。さ、お兄様こちらへ!」
「???」
父さんのアモルが手をわきわきさせてカモン! と俺を呼ぶが、何か裏があるんじゃないかと思うくらい顔が引きつっている。
「うーん、久しぶりに抱っこしたけど……大きくなったわねぇ」
とか思っていると、いつのまにやら母さんが俺を後ろからギュッと抱きしめていた。一体何なんだ!?
「どうしたんだよ!? ウェイク、何かあったのか?」
「何言ってるんだいクリス兄さん? いつも通りじゃないか」
と、冷静に言うウェイクだが目はめちゃくちゃ泳いでいた。嘘をつけない弟である。しかし、追及したところで口を割るとは思えない……ここは大人しく別の話題を振るとしよう。
「父さんたちも温泉に入ってきたらどうだ? クロミアを起こして連れて行ってもいいんじゃないか?」
「ふむ、それもそうだな……私達が帰ってくるまでちゃんといるんだぞ?」
「何言ってるんだ父さん? いるに決まってるだろ? セルナさんが晩飯は期待していいとさ。ゆっくり酒でも飲もう」
するとすっごく優しい目をして父さんが俺の肩をポンポンと叩き、ウェイクと一緒に温泉へ行った。
「……気持ち悪いくらい優しい……?」
「それじゃ私達も行ってくるわね。くれぐれも危ない事をしたり、危険な所へ行ったらダメよ?」
「子供じゃあるまいし……いや、母さんからみたら子供かもしれんが……」
「クロミアを起こしてきますわ。それではお兄様、またですわ!(くー……一緒に入るつもりでしたのに……!)」
ああ、アモルは平常運転か。
俺の気にし過ぎだろうか? すると、フィアがじーっと俺の方を見ていることに気付く。
「ど、どうしたフィア? 母さん達行ったぞ」
「じー……(やっぱりかっこいいわぁ……そうよね、クリス様は奥様から産まれてるんだから転生者とあまり関係ないわよね……むしろそこがミステリアスで素敵……?)」
ううむ、やりづらい。割と一緒に居る時間は長いけど、単語でしか喋らないからフィアの事はあまり理解できていない。そんな気がする。
「行ってきます」
「お、おう、ごゆっくりな」
一人部屋に取り残される俺、一体何だったんだ……? まあウチの家族があんな感じなのはいつも通りと言えばその通りか。
それはさておき、セルナさんに成金との事情を聞こうと宿を探したが見つける事が出来なかった。
だが、宴会場に行くと夕飯の準備を行っているところに出くわしたので厨房へ引っ込んでいたのだと分かりほっとした。
……ん? 何でホッとしたんだ俺は?
それはさておき、我がルーベイン家(とドラゴン)が宴会場へ揃うと、セルナさんがそれぞれに飲み物を注いでくれる。
そして、親父さんが一匹の巨大魚を捌くパフォーマンスをする前に一言口上を話し始めた。
「本日は当宿を選んでいただきほんっっっっとうにありがとうございます! 料理は腕によりをかけて作らせていただきました。そしてこれから刺身を目の前で捌き、食してもらおうと思います!」
「うわあ! あの大きい魚を包丁だけで切れるんだ!?」
「ほっほう、人間はすごいのう。わらわなら何もせずガブリじゃぞ?」
「いやあ最初はどうなるかと思ったが、いい宿じゃないか……ひっく、娘さんも美人だしな! はっはっは!」
でかい魚はどうもマグロのようだ。しかも生の本マグロ……近くで解体を見ているウェイクがクロミアとはしゃぎ、父さんはすでにできあがりつつあった。弱いな、相変わらず……。
「はい! おまちどお! マグロの刺身盛り!」
「へえ、綺麗ね……ん、美味しい!」
「それではわたくしも……あら、脂のノリが違いますわね!」
「うん、これは新鮮だ、親父さん、いい仕事してるね!」
「へへ、貴族の方にそう言ってもらえると嬉しいですな。いい最後……」
ん? 今……最後って?
「お父さん! ほら、お魚片づけないと、ね?」
「お、そうだな。それでは皆さんごゆっくりどうぞ!」
そそくさと親父さんと宴会場を出て行くセルナさん。焦った様子が気になる……が、後で話をするしいいかと酒を飲みながら考えていた。
だが、実はそんなに悠長にしている時間は無かったのだと気付いたのは就寝間際のことだった……。
◆ ◇ ◆
<数時間前>
「さて、仕事をするか……」
サイゴはセルナの宿であるパーチの裏口付近で煙草を吸いながら眺めていた。そろそろ陽も沈むので、姿を現したというところだった。
丁度そこに魚を荷台に乗せた父親が戻り、セルナが裏口から出て来た所だった。
「おかえりなさい! まあ、いいマグロ……これならきっと満足してもらえるわ」
「ああ……しかし、良かったのか? お前の嫁入りのための貯金を……」
「いいのよ、どうせ借金のカタに取られるし、何だかんだ理由をつけてあのハゲは私を手に入れようと汚い手を使うに決まってるし。それより、せっかくこの宿を選んでくれたお客様に喜んでもらいたいの。それで最後、私はあのハゲ……ヨードの所へ行きます」
「すまんな、わしが不甲斐ないせいで……」
「ううん……お父さんのせいじゃないわ……」
セルナは、クリスに出会った時点で覚悟は決めていた。まさか天啓で言われた相手が知り合いだとは思わず、むしろ迷惑をかける訳にはいかないとヨードと結婚して借金を帳消しにしてもらう事にしたのだ。
「(……なるほど、俺が手を下すまでもなく事は進んでいるってぇわけか。親父さんのために身を売るとは……いい女じゃあねぇか。あのハゲにゃ勿体ねぇが、現実は残酷。これなら仕事をする必要もないが、一応見ておくか)」
「……あの貴族の息子さん、優しそうだったじゃないか……頼み込んで……」
「……いいんだって。ほら、貴族の方が私達みたいな何もない人を助ける訳ないじゃない」
「(そう、貴族が一般庶民を助けるなんてことは絶対にない……それは、俺自身が良く知っている……一度、ヨードの旦那に報告しておくとするかねぇ)」
影で聞いていたヨードは煙草を捨て、宿を後にした。
◆ ◇ ◆
クリスがハゲ……もといヨードを調査する前に事が動き始めていた。
セルナにとっての最後の晩餐となってしまうのか?
そして、サイゴはどう動くのか?
次回『姿を見せないセルナ』
ご期待ください。
※次回予告の内容とサブタイトルは変更になる可能性があります。
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