~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その1~ 2

 次のフロアは幸いなことにモンスターはいなかった。


「宝箱もありませんわね」


 残念そうにルビーが部屋の中を見渡す。

 相変わらずの丸い部屋。

 ここはすでに探索済みであり、地図には記しているのだが……地図担当者たちは、ぐぬぬ、と自分の描いた地図とフロアをにらめっこしている。


「やっぱり白くて把握しにくい」

「いまいち自信が持てないでござる」


 パルとルビーがため息をついた。

 気持ちは分からなくもない。

 白いタイルで敷き詰められ、みな同じように反射する精巧な物。むしろ、精巧過ぎて境界が曖昧になっているようにも思える。


「修行だと思って頑張ってくれ」


 ぽんぽん、とパルの背中を叩いて次のフロアへと移動する。

 もちろん罠感知と気配察知はしっかりとやった上で。

 扉の先に気配は……感じられない。

 しかし、もうそれが当たり前みたいなレベルになってきている。むしろ、扉の向こう側は並行世界だという仮定が事実ならば、気配察知しても意味が無いのではないだろうか。

 なんていう疑問がありつつも、指でカウントダウン。

 ゼロと同時に扉を蹴り開けた。

 突撃する前衛チームが部屋の中に入ると同時に報告が上がる。

 つまり――


「敵、1」


 モンスターがいた、ということだ。

 速やかに後衛役である俺たちも入る。もうすっかり投げナイフが効かなくなっているので、ほとんど中衛を担っているが、入る順番は変わらない。

 部屋の中に飛び込むと、今までは無鉄砲にも敵へ突撃しているのが恒例になっていたルビーが立ち止まっていた。

 アンブレランスを広げて、足を止めている。

 それほど強力な攻撃を仕掛けてくるモンスターなんだろうか。

 軸をズラすように、ルビーの背後から横へ移動すると――ルビーが足を止めた理由が分かった。

 モンスターは、半・人型とも言える存在。

 上半身は屈強な戦士だが……下半身はサソリだった。

 それは、どうしても彼女を思い出してしまう。

 魔王直属の四天王、知恵のサピエンチェ。

 その、どうしようもないダメな上司を支えるサピエンチェ領の実質的支配者。

 アンドロ。

 あの知的で戦闘には向いていないような姿とは、似ても似つかない。こうして、同じ種族としてモンスターという存在におとしめられている気がして。

 足を止めてしまう理由が、イヤでも分かった。


「ルビー。感情的になるな」

「――分かっております」


 その間にも、前衛のふたり――セツナとナユタが戦っている。左右から斬りかかるように武器を振るうが、モンスターは上半身だけでなく、下半身のサソリの爪をも利用してふたりの攻撃をさばいていた。

 実質、腕が四本あるような物。

 それに加えて――


「くっ!?」


 バックスタブを狙おうとしたシュユにサソリのしっぽが襲いかかる。

 明らかに毒を注入してくるであろう一撃は外れたが、毒液が巻き散らかされた。シュユはそれを大げさなほどに退いて避ける。

 背後から近づくのは、自殺行為に等しいらしい。


「いけるか」

「問題ありません」


 ガシャン、とアンブレランスを閉じる。


「この『モンスター』の名前はアンドロスコーピオンですわ。見た目通り、上半身が人間で下半身はサソリというものです。特殊攻撃はしっぽでの毒攻撃。気をつけてください、痺れますわよ」


 アンドロスコーピオン。

 彼女の名前は、ここから付けられたものだったのか。

 安直だ。

 加えて、それほどまでに珍しい種族であることが分かる。

 種族名をそのまま名前にできるほど。

 滅多に見かけない種族というのが、分かってしまった。

 ルビーは歩く。

 敵を目の前にして、まるで散歩でもするようにアンドロスコーピオンの真正面へ移動した。

 そこは、必死の距離。

 ともすれば、必殺の距離。

 もちろん、『被』という言葉が付くが。

 アンドロスコーピオンは人型の両腕に武器を持っていた。

 戦斧だ。

 それを近づいてきたルビーへと振り下ろす。


「おい!」


 ナユタが警告を発するが、その意味は無かった。

 いつの間にか、ルビーの服が冒険者のそれから、闇のように深い色の黒いドレスに変わっていた。

 振り下ろされる戦斧を左手の人差し指で受け止める。

 驚いたアンドロスコーピオンはもう片方の手に持っていた戦斧をも振り下ろし、同時に下半身のサソリの爪で襲いかかってきた。

 ルビーは戦斧を右手の小指で止め、サソリの爪など意に返さぬように、もう一歩進む。挟み切り、断ち切るはずのサソリの爪が、ルビーの黒いドレスすらも切り裂けていなかった。


「わたしの前に、二度の立たないでくださらない?」

「×××××!」


 聞き取れないモンスターの言語。


「良かったですわ。もしもあなたが共通語を話しましたら、わたしはあなたを殺せなくなるところでした。それでは『サソリ男』さん。ごきげんよう、さようなら」


 ルビーの足元から影がせりあがり、それは鋭利なランスとなってアンドロスコーピオン……いや、『サソリ男』を貫く。

 その一撃で、サソリ男は絶命し、粒子となって消えていった。

 後に残された金をルビーは拾い上げる。


「大丈夫か、ルビー」

「どうということはありませんわ。この程度で心が乱されるほど、わたしは弱い女ではなくってよ」

「めっちゃ動揺してたくせに?」

「うるさいですわね、おパル!」


 わざとらしくドレスの裾を持ち上げて、きー、と唸りながらルビーはパルを追いかけた。

 いつものように、わちゃわちゃと戯れるパルとルビー。

 元気だよ、という証明をしてくれているんだろう。


「何があったんだ?」


 その間に、質問してきた倭国組に俺は説明する。

 隠すようなことでもないだろうし、話しても大丈夫だろう。


「なるほど。心中察するに余りある。ルビー殿にやらせてしまって、申し訳なかった」

「いいんですのよ、サムライ。むしろわたしの手で葬りたいです。だって、わたしの大切な友達のイメージをあんな筋骨隆々の不愛想なモンスターにしているんですのよ? わたしの大好きなアンドロちゃんは、もっと美人ですの。ねぇ、師匠さん?」


 まぁ、確かに。

 と、答えておく。

 大人の女性、という感じで俺の好みにはまったく合わなかったので、ぜんぜん興味ないです、と答えるわけにもいかないし。


「さて、次に進みますわよ。ほら、パルパル。罠感知わかなんち」

「ワカナンチって何?」

「失礼、噛みました」

「わかちんな」

「若チンな」


 うへへへへ、と美少女ふたりが笑う。

 ごめん。

 ぜんぜん分かんない。

 とりあえず、ルビーは大丈夫そうなので次へ進もう。


「というか、おまえさんずっとこの調子でやってくれりゃいいんだが」


 ナユタの言葉にルビーは、肩をすくめる。


「イヤですわ。つまんないでしょ、これじゃぁ」

「むぅ」


 ルビーが本気出したら、まだまだ大丈夫ってことが証明されたので、安全だと思っておこう。

 さてさて。

 パルとシュユといっしょに罠感知をして、気配察知。

 やっぱり何も感じられなかったので、カウントダウン。

 ゼロと同時に突撃していく前衛に続いて中へ入ると――敵の姿は無かった。それでも、一応は警戒しつつフロアの中を見渡すと。


「宝箱だ」


 パルが部屋の隅にある宝箱を指差した。

 今回は箱というよりも棺のように思える。それも石で作られた長方形の物で、真っ白なタイルの部屋の中で、違和感が物凄い。


「むしろミミックじゃないのか、これ」


 ナユタの言葉に賛成したい程度には、石棺が似合わない空間ではあった。

 薄暗い墓場みたいな遺跡にあるイメージだよな、石棺って。


「とりあえず、罠感知からだな」


 盗賊の出番が多くて助かる。役立たずや単なる荷物持ちより、よっぽど嬉しい。

 とは、思うが。

 こういう場合に真っ先に危険が及ぶのが盗賊職でもあるので、考え物。


「周囲問題なし」

「振動問題なし」

「フタの隙間にクナイが入らないでござる」


 あらら。

 試しに俺も自分の投げナイフで隙間に刺し込もうとするが……ぴったりと閉じられているように隙間に刃が入らなかった。


「ふむ?」


 安全を確かめたあと、横からフタの隙間を覗き込む。しかし、そこに隙間はなく、何も見えなかった。


「これ、どうなってるんですか師匠」

「恐らくだが、フタが凸型になっているんじゃないか」

「とつがた?」


 パルに紙と鉛筆をかしてもらって、説明しながら書いてみる。


「下の入れ物が凹型。おうがた。で、上から凸型になっているフタをハメ込んでいる。こんな感じの絵で分かるか?」

「なるほど、分かりやすいでござる」


 シュユちゃんに褒められた。

 嬉しい。


「じゃぁ、持ち上げればいいってことだよね」


 しかし、石棺に突起などは無く、指が引っかかる場所といえばわずかなフタの隙間のみ。爪の先がわずかに入る程度だ。

 かなりの大きさである石棺は、どう考えても相当な重さ。

 そのまま持ち上げようとすれば、爪が剥がれてもおかしくはない。いや、絶対に爪が剥がれるよなぁ。


「相当なスキルが必要だな。むしろ、これはいい」


 にやり、と笑ってパルを見る。


「な、なんですか師匠」

「魔力糸のテストだ。この細いスキマに入る細さ、かつ、石棺のフタを持ち上げられる丈夫な糸を顕現してみせろ。時間は無制限。よーい、どん」

「は、はいっ!」


 ぐぬぬぬぬぬ、とパルは唸りつつも細く細く、且つ丈夫な魔力糸を顕現していく。

 その間に、俺はコツンコツンと石棺を叩いて罠の有無を確かめていった。

 音の具合から判断するに、石棺の中には空洞があるのは分かる。加えて、フタの分厚さはかなりの物のようで、どちらかというと、フタが重いことが罠になっている気がしないでもない。


「開けた後、フタに押し潰されないようにしないとな」


 フタは『てこの原理』で引っかけるようにして開けるしかない。

 ので。

 勢いあまって、自分に向かって倒れてくるフタの下敷きにならないように気をつける必要がある。


「できました!」


 そうこうしているウチにパルの魔力糸ができあがる。フタの隙間に魔力糸を引っかけるように通して、捩じるようにして持ち手を作った。

 ふむ。細くて丈夫な魔力糸だ。


「上出来じょうでき。よくやった」

「えへへ~」

「だが、次は持ち手部分は太くして引っ張りやすくしような」

「あう」


 というわけで、補強のようにパルの魔力糸の上から巻き付けるようにして俺の魔力糸を顕現していく。

 ロープのように太くなったところで、全員でそれを掴んだ。


「ルビーは手伝ってくれないの?」

「わたしがやればすぐに終わってしまいそうなので」


 じゃ、尚更手伝ってくれよ。

 と、思うが……別のことをお願いしよう。


「じゃぁルビーは一番先頭に立って、こっちに向かってフタが倒れてこないか、見張っててくれ」

「その役目でしたら承りました。どんと来いっ」


 ガニ股で両腕をあげる吸血鬼のお姫様。

 頼もしい。


「せーのっ」


 と、俺たちはみんなで魔力糸を引っ張る。ガッという手応えを感じて、そのままフタの片側が持ち上がった。

 予想通り、かなり重い。加えて、勢い余ってこちらに倒れてきそうだが――俺たちにはルビーがいる。

 というわけで、遠慮なく引っ張った。


「どっせーい!」


 こちらに向かって倒れてくる石棺のフタを見事に受け止める吸血鬼。

 美少女があげちゃいけない声が聞こえた気がするけど、聞こえなかったことにしておきます。


「やったー!」


 無事に石棺は開いた。

 どうやら罠の類は仕掛けられてなかったので、重さ自体の罠、だったのだろう。

 さてさて。


「宝箱の中身はなんだっろっな~」


 ご機嫌なパルといっしょに。

 石棺の中身を覗き込むのだった。

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