~卑劣! 砂漠の国の女王陛下~

 謁見の間。

 奥には水が壁を伝うように流れ落ち、そのまま床を薄く濡らすように広がっている。それらは静かにゆっくりと流れながら最奥の空間を湿らせ、部屋の外へと出ていく。

 部屋はいくつか段差があり、俺たちは一番手前の段差まで進んだ。

 薄く塗れた床の上には玉座がある。

 玉座、というには――椅子にしては横に長く、まるで寝ころぶために作られたかのような見た目のそれが鎮座し、その両端には美少年と美青年が大きな鳥の羽根で作られた団扇を持って待機していた。


「まっ」


 プルクラがなにやら反応しているが、咎めている状況ではない。大人しくしていることを祈りつつ、俺は膝を付いて顔を伏せる。

 サティスとプリンチピッサ、そしてマルカさんも膝を付いたあとでプルクラもしっかり膝を付いたようだ。

 限界まで美少年か美青年を見つめていた気もする。

 血ではなく見た目の好みなのだろうか。

 それとも状況が好みなのだろうか。


「……」


 たぶん、両方なんじゃないかなぁ~。

 と、思った。


「マネしてみようかしら」

「良い趣味です。是非、私も」

「あ、あたしは別にいいかなぁ~」

「静かにしてろ」


 玉座の前でなんて話をしてるんだ、この三バカ娘ども!

 ぶっ殺されるぞ、マジで!

 こんなしょうもないところで女王の逆鱗になんぞ触れたくないので、勘弁してください。それでなくとも厄介な女王さまなのだから。


「はぁ~……」


 マルカさんも呆れたため息じゃなくて、不安による心労からのため息をついてる。

 姫様という存在がバレてしまっては、下手をすれば外交問題に繋がる話となる。この中で一番緊張しているのがマルカさんなのかもしれない。

 さすがに謁見の間を他所から監視することは不可能だし、窓すら無い閉鎖空間。暗殺の心配は無いのだが、逆にお姫様がやらかしても助ける方法が無いというのは、心配なのだろう。

 まぁ、しかし。

 自由を謳歌した状態での言動はさておき――

 もともと賢いお姫様だ。

 そんなバカなことをするとは――


「私でしたら師匠さまの膝を玉座とするんですけどね」

「プリン姫、あなた天才って言われない?」

「うんうん。それだったら、あたしもやりたいかも~」

「……静かにしてください、お願いします」


 いや、ほんとマジで。勘弁してください三バカ娘さま。

 なんとかしてください、マルカさん。


「……」


 無理です、という視線を向けられた。

 ちくしょう!


「レジーナ・ヴェーニット。ヴィデーテ、ヴィデーテ」


 そうこうしていると、奥の美少年が叫ぶように告げた。

 どんな意味があるのかは知らなかったが――


「旧き言葉で『女王が来る。慎め、慎め』と言っていますわね」


 姫様が翻訳してくれる。

 へぇ~。

 そういう意味だったのか。

 なんか昔からの習慣だと思ってたけど、ちゃんと意味があったんだなぁ。

 旧き言葉は断片的に残ってたり、今の言語と変わらなかったりする部分もあるのだが、さすがに文章となるとお手上げだ。

 王族ともなると教養が深くて助かる。

 冒険者パーティにひとりは旧き言葉を理解できる者がいれば。冒険の幅が広がって有利になるものだ。

 もっとも。

 貴族の末弟ならまだしも、王族の末っ子姫が仲間になる冒険者なんていないと思うが。

 ガシャン、と大げさなほどの扉が開く音がして、人が入ってきた気配がした。

 慌ててより深く顔を伏せる。

 恐らく裸足であり、靴音のようなものは聞こえない。

 視線で捉えることは許されおらず、ただ気配が移動していくのを感じ取る。

 そのまま部屋の中央まで来ると、衣擦れの音ひとつ立てず、玉座へと座った。


「顔をあげよ」


 その声に、俺は従う。

 視線をあげると――砂漠の国の女王陛下が俺たちを見下ろしていた。

 傷や日焼けのまったく無い、透き通るような白い肌。左右に控える美少年たちが日焼けした小麦色の肌に対して、女王さまの肌はそれこそ真っ白に見える。

 そんな白い肌とは対照的な黒い髪。短く鋭利に切りそろえられた髪から除くのは、化粧をほどこされた瞳。アイラインというのだったか、赤く大げさに引かれたラインだが、それはケバケバしく見えるのではなく、むしろ美しい。

 同じく口紅も同じで、女王の美しさを魅力的から蠱惑的に変貌させていた。

 衣擦れの音がしない理由は簡単だ。

 女王の着ている服は恐ろしく薄く、透けている。最高級の生地を限界まで薄くした結果、身体のラインをまったく隠すものではなくなっており、黒の下着が見えていた。

 その下着もまた豪奢な刺繍がほどこされているのか、女王の素肌を包み込む物としては相応しいものであるのは間違いなさそうだ。

 女王は玉座に座っているのではなく、横たわっている。

 一見すると横柄な姿だ。

 人の話を聞く態度ではないが、これほど女王らしい態度は他にないので仕方がない。両端の美少年と美青年が団扇であおいでいるので、尚更だ。


「ほあ~……あっ」


 女王の姿を見て、サティスは思わず声を出してしまったようだが――慌てて仮面の上から口を塞ぐ。無駄な行動だが、素でやってしまったようだ。


「ふふ、良い良い。わらわの美しさに見惚れてしまったのじゃろ? 子どもは正直でいい。綺麗なものを見て感嘆の声を漏らしてしまうのは当然のことじゃ。のう、そなたもそう思うだろ、エラントとやら。ん? それとも本名で呼んで欲しいか? 特別に選ばせてやろう」


 ……やっぱり覚えられていたか。

 貴族の対人に対する記憶力が優れているのは知っていたが――女王ともなると逆に覚えてないんじゃないか、と思ってたんだけどなぁ。

 以前、勇者パーティの一員として謁見したことをしっかりと覚えている上に、仮面をしていても看破されてしまった。

 仕方がない。

 ここで嘘をつくメリットは何もないので正直に話そう。

 できれば『勇者』という単語を出さないよう、女王陛下に祈るしかない。


「ハッ。ありがとうございます。できればエラントと呼んで頂ければ嬉しく思います」

「そうか。残念じゃの。おぬしは単独行動か」

「はい。今はこちらで仲間を集めてる最中です」

「なるほどのぅ。ふん」


 それだけで女王の興味は俺から無くなったような……気がした。

 ヤバイ。

 サティスたちに興味がうつってしまう。


「して、そちらの金髪の娘がサティスか」

「は、ははは、はい!」

「何を緊張しておる。返事はしっかりせぬと時間が無駄に流れていく。すぐに落ち着け」

「――っはい!」

「良い。賢い女は好きじゃ」


 くふふ、と女王は笑った。


「ではサティス。おぬしの好きな物はなんじゃ?」

「お肉です」


 あ。

 なんも考えずに答えたな、サティス。

 今、俺たちは『褒美』をもらうために女王に謁見しに来たわけで。好きなものを聞かれた、ということは褒美で欲しいものを聞かれた、ということだ。

 どうやら俺だけでなくサティスの分もくれるようだ。

 さすが女王陛下。

 痩せているけど太っ腹。


「気に入った。おぬしの褒美は肉じゃ。……ん? 普通の肉じゃよな?」

「え? あ、はい。普通の肉です」

「良かった。おぬしほどの年齢の女子が肉欲におぼれていたかと思ったぞ」


 ピクッとドスケベ姫が反応した。

 なに反応してんスか!?

 だからドスケベ姫なんですよ、お姫様ァ! って言いたくなった。


「処女です!」

「宣言しなくとも良い。というか、そなたのような見た目で経験豊富だったら怖いわ。相手はそこの男しかおらぬだろうし、わらわのエラントを見る目が最低を通り越して最悪になってしまうぞ。ふむ。しかし、おぬし面白いな。どうだ、わらわの話し相手にならんか? 毎日お菓子を食べながらわらわとお話するだけの簡単な仕事じゃぞ」

「い、いえ、世界を救うために頑張らないと、ですので……え~っと……」

「そうか。残念じゃ」


 特に残念ではなさそうなのだが、サティスのターンが終わったようだ。

 良かった。

 というか、ホントに全員に与える気なのか。

 だったらお姫様を連れてきたのは失敗だった。

 ぜったい話を振られるだろ、これ。単なる新しい部下として連れてきた、という形だったのだが、それでは終わらないか?


「黒髪のおぬしがプルクラか。おぬしの好きな物はなんだ?」

「珍しい物が好きです。本でも物でも人間種でも」

「ほほう。珍しい物が好き、と。おぬしとは話が合いそうじゃ。特に人をあえて『人間種』という変わり者は好きぞ」

「うふふ。わたしも変わり者ゆえ」


 いや、それ下手をすれば自分は魔物種だと告白しているようなものなのですが?


「プルクラよ。最近あった一番面白かった出来事はなんじゃ?」

「そうですわね……今が一番面白いといえば面白いのですが」

「わらわとの謁見が面白い、と?」

「初めての経験というものは、楽しいものですわ女王陛下」


 またしても、ピクッとドスケベ姫が反応してる。

 思春期の少年か、おまえは! って言いたかったです。


「そんなものか。確かにわらわも初めて会う者との会話は楽しい。特にサティス。おぬしは良かったぞ」

「ほへ!? あ、は、はい!」

「落ち着けと言うとろうに」


 くふふ、と女王は笑う。


「ではプルクラ。おぬしには何か珍しい物をやろう。本でも物でも良いのじゃな?」

「はい。ありがとうございます女王陛下」


 プルクラのターンが無事に済んだ。

 問題は――ここからだ。


「次。そこの鎧」

「はい、なんでしょうか女王さま」

「名を名乗ることを許す」

「ありがとうございます。このたび、エラントさまのギルド『ディスペクトゥス』に新しく加入させて頂いたプリンチピッサと申します。こちらは配下のマルカです」

「ほう。おぬしは何ができるのじゃ、『姫様』とやら」


 そ、そりゃそうだよな。

 王族は教養があるなぁ、と思ったところだ。女王が旧き言葉に詳しくてもなんら不思議はない。エラントは『彼らはさまよう』という意味不明な名前でもあるが、さすがにプリンチピッサと名乗るのは、その、おこがましい、か?

 実際にはマジでお姫様なので、おこがましくもなんとも無いんだけど。


「残念ながら女王さま。私は何にもできない若輩者です。ただ見聞を広めるためだけにここにいます」

「ふむ。ではおぬしの好きな物はなんじゃ?」

「肉です」

「くふっ……あははははははは!」


 女王陛下が爆笑した。

 横にいた美少年がちょっとびっくりしてるじゃないか。


「そうかそうか、おぬし『は』肉が好きなのか。ではそれっぽいものをやろう」

「私は褒美がもらえる立場ではないのですが?」

「良い。わらわが気に入った。受け取れ。なんならこのどちらかを持っていくか?」


 またしても美少年がびっくりしてる。


「いえ、女王さまの私物を頂くわけにはいきません」

「こっちは新品じゃぞ」


 またまた美少年が童貞を暴露されて驚いてる。ちょっと赤くなってる。かわいい。

 だが安心しろ、少年。

 俺もだ!

 何も恥ずかしがることはない!

 何も!

 何も、だ!


「いえいえ、私は好きな物が決まっていますので」

「ふふ、そうか。肉好きにしては珍しいタイプなのじゃな。ではおぬしの好きそうな良い物を譲ってやろう。もちろん新品じゃぞ」

「ありがとうございます、女王さま」


 ふぅ。

 良かった。

 ドスケベ姫で助かった、とも言える。

 下ネタは万国共通で通じる笑いのタネ、ということか。

 魔王サマにも通じればいいんだけど。

 いや、この吸血鬼もなんだかんだ言って下ネタ大好きな感じなので、魔王サマに話を振ってみてもいいかもな。

 ゲラゲラ笑いながら仲良くなれば、大人しく世界を――いや、無理か。

 その程度で終わる話ならば、苦労はしない。

 下ネタで世界が救われたなんて、勇者物語としては最悪の結末だ。


「では、最後だ。エラントよ」

「はい」

「褒美をさずける。おぬしは何を求める?」

「では――」


 せっかくだ。

 いや、せっかくのチャンスだ。

 俺は『欲しい物』をハッキリと女王陛下に告げるのだった。

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